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冷たい男 第8話 冷たい少年(9)

 冷たい少年が目を開けると涙を流す少女の顔が飛び込んできた。
「良かった・・・目が覚めて」
 涙に濡れた目を擦って笑みを浮かべる。
 冷たい少年は、病院の救急外来のベッドに寝かされていた。
 どこの病院かは聞くまでもない。
 町で救急外来対応している病院は一箇所だけだし、冷たい少年の身体を看ることが出来るのも昔から看てくれている町の病院だけだ。
「カチンコチンに凍ってたのよ」
 あの黒く、暗い沼が副会長に襲いかかった時、咄嗟に手袋を捨てて沼の中に手を突っ込んだ。沼は一瞬で霜が張って凍りつき、副会長を飲み込んだ盛り上がった沼のうねりはモニュメントのように固まった。そこまでは良かったのだが、沼の抵抗する力が強かったのか、それとも冷たい少年の身体がさらに冷たくなったからなのか、自分の身体まで凍てついてしまったのだ。
「お医者さんに感謝だよ。溶かすの大変だったんだから」
 何せ、溶かした先から凍っていくのだ。元に戻すだけでも相当な時間と苦労をかけた。冷たい少年の身体をよく知る病院でなかったら対応出来なかったろう。
 そう思うと気が重くなる。
 結局、自分はこの町から出ることが出来ないのだと知らしめられる。
「?どうしたの?」
 少女が心配げに眉を顰める。
 それに気づいて冷たい少年は、安心させるように小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ」
 冷たい少年の笑みを見て、少女も小さく笑う。
 なんとなく冷たい少年の考えていることは分かったから。
「ところであの娘は?それに副会長は・・・?」
「あの娘は無事よ。今、せんせ・・お母さんに会いに行ってるわ」
 少女は、微笑を浮かべて言う。
「そうか。良かった」
 冷たい少年は、ようやく心から安堵する。
 それだけでこの苦労も報われる。
「それで・・副会長あいつは?」
 その名を出した瞬間、少女は不機嫌そうな眉を顰める。
「あいつはね・・・」
 少女が言いかけた時、病室の扉が開く。
 2人の視線が扉に向く。
 副会長がそこに立っていた。
 着替えなかったのか、服は冷たい少年と沼に向かった時のままで眼鏡も掛けておらず、姉である担任と女の子と同じ一重の目が良く目立っている。そしてその左の頬が赤く腫れ上がっていた。
 副会長を見た瞬間に少女の顔が不機嫌になる。
 その顔を見るだけで副会長の頬の腫れの原因が分かった。
 副会長がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
 少女は、目を細めて、副会長を睨む。
 副会長は、冷たい少年の前に立つ。一重の目でじっと見つめ、深く頭を下げる。
「申し訳なかった」
 その声からは痛いほどの謝罪が込められていた。
 冷たい少年は、身体を起こす。
「オレが勝手にやったんだ。気にしないでくれ」
 冷たい少年は、小さな笑みを浮かべる。
「無事で良かった」
 副会長は、顔を上げる。その目が驚愕に震える。
「お前・・・いい奴だな」
「今さら?」
 少女が呆れて肩を竦める。
「あんた友達の何を見ていたの?」
 少女が大きくため息を吐く。
 冷たい少年は、ははっと頬を掻く。
 副会長は、少し恥ずかしがるように左頬を上げる。
 しかし、次の瞬間、真顔に戻る。
「こんな目に合わせて言えることではないんだが・・もう一つ頼みたいことがあるんだ」
 副会長の言葉に冷たい少年の顔も硬くなる。
「姉の願いを叶えてほしい」

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