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エガオが笑う時 第7話 ミセス・グリフィン(3)

 マダムは、私をソファに座らせると固く結んだ三つ編みを解いていく。
「こんなやり方教えたかしら?」
 マダムは、むっと頬を膨らませて言うとどこからかブラシを取り出して私の髪を梳かしていく。
「髪もちゃんと乾かさなかったでしょう?」
「・・・ごめんなさい」
 私は、身を小さくして謝る。
 なんでだろう?
 怒られているのに嬉しい。
 マダムもそれが分かってか嬉しそうに笑う。
「みんな・・心配してるわよ」
 その言葉に私は、首を後ろに向ける。
「ほら、動かさない!」
 マダムに叱られ、私は再び身体を小さくして首を前に向ける。
 部下や従者たちがこんな私の姿を見たらどう思うのだろう?
「あの後大変だったのよ。急に貴方がいなくなったもんだからサヤちゃんは泣き出すし、イリーナちゃんは部活で予選落ちしちゃうし、チャコちゃんはやけ食いするし、ディナちゃんなんていつ帰って来てもいいようにってたくさん小物作ってたわよ」
 マダムは、ブラシの手を止める。
「貴方に会いにいくと言ったらみんなついて来たがったけど流石にここに連れてくる訳には行かないからね。メッセージだけ預かってきたわ」
 そう言ってマダムは、私に正方形の白い紙の板を渡してくる。
 白い板には色鮮やかで煌びやかな文字や絵が賑やかに、踊るように走ってる。
「色紙よ」
 マダムは、嬉しそうに言って再びブラシを動かし出す。
「あの子達、授業そっちのけで書いてたみたいよ」
 呆れたように言うが楽しそうだ。
 私は、色紙の文字を読む。
 私でも読めるように簡単な字で書かれていた。
"どこ遊びに行ってるのよ!早く帰ってきなさい!"
 これはディナだ。
"もう!エガオちゃんが急にいなくなっちゃうから負けちゃたじゃん!責任とって早く帰ってきて!"
 これはイリーナだ。
"エガオちゃんがいないと面白くないにゃ。戻ってきてよー"
 チャコだ。
"たくさん漫画描いたよ。読んでくれる人いないと張り合いないよー"
 サヤだ。
 みんなの気持ちが文字の波に乗って私の心を泳いでいく。
「裏も見てみて」
 マダムが言う。
 裏?
 私は、色紙をひっくり返して、大きく目を見開く。
 そこには色紙の隅から隅までを利用して大きく描かれた金色の髪の少女の顔が描かれていた。
 とても綺麗な女の子で、可愛らしく笑っている。
「貴方よ」
 えっ?
 私は、思わず振り返る。
 マダムは、口元を綻ばせる。
「貴方、一度だけあの子達の前で笑ったことがあるんでしょう?サヤちゃんが思い出して描いてくれたのよ。早く戻ってきてって願いを込めて」
 笑ったって・・・。
 たった一度だけ。
 しかも、自分でも笑ったかなんて分かってないのに。
 私は、もう一度絵を見る。
 私と言われた描かれた少女は、本当に綺麗に笑ってる。
 嬉しそうに。
 楽しそうに。
 そして幸せそうに。
 私は、手を震わせてその絵を見た。
「カゲロウ君は無事よ」
 心臓が大きく跳ねる。
「なんかカゲロウ君のお友達にね、腕の良いお医者さんがいたのよ」
 カゲロウの友達?
 お医者さん?
「まだ、意識は戻ってないけど命の別条はないからその内、意識が戻るだろうって。良かったわね」
 マダムは、そっとわたしの肩に手を置く。
 カゲロウが生きてる・・・。
 私は、喉の奥から、目の奥から、心の奥からあらゆる感情が溢れそうになる。
 でも、その感情はすぐに奥の奥へと引っ込んでいく。
 色紙を握る私の手が赤く染まっていく。
 どろっとした血に染まって色紙を侵食していく。
 私は、色紙を膝の上に落とす。
 唇が、目が、身体が震える。
「エガオちゃん?」
 マダムは、大きな目を瞬きさせる。
「帰ってください」
 私は、感情なく低い声で告げる。
「私は、もう戻りません。メドレーの戦士としての責務を果たす為にここにいます。もう皆さんにお会いすることもありません。なのでお帰りください」
 私は、淡々と告げる。
 任務の結果を報告するように。
 他者を寄ってくるのを拒むように。
 笑顔のないエガオとなって冷たく言葉を紡いだ。
 なのに声が震える。
 喉が詰まる。
 マダムは、ブラシで梳かす手を止めてじっと私を見ていた。
 恐らく呆れるか失望したはずだ。
 それでいい。
 マダムは、明るい世界の住人。
 私となんかいちゃいけない。
 すとんっ。
 マダムは、私の隣に座った。
 そして私を見て小さく笑った。
「エガオちゃん、ちょっとこっちいらっしゃい」
「えっ?」
「いいからいらっしゃい」
 こう言う時は逆らっちゃいけない。
 私は、おずおずとマダムに身体を寄せる。
 しかし、マダムは不満そうに形の良い眉を顰める。
「そこじゃなくてここ!」
 そう言って自分の膝を叩く。
 えっ?
 私は、マダムが何を言ってるか分からず戸惑っているとマダムは、むっと口を固く結んで私の手を取り、強引に私を膝の上に乗せて抱き抱えたのだ。
 まるで赤ん坊のように。
 私は、頬が熱くなるのを感じた。
「マ・・マダム⁉︎」
 戸惑う私をマダムはぎゅっと抱きしめると唐突に歌い始めた。
「お花畑の妖精さんは〜ゆらりらゆらりと揺らめいて〜小さな子どもにキスをして〜花弁に身体を包みます〜」
 これは・・・子守唄?
 なんだろう?
 子守唄なんて聞いたことないはずなのに懐かしい。
 それにこの感じ・・この温もり・・・。
 どこかで感じたことがある気がする。
「エガオちゃん」
 マダムの声が耳に入る。
 その声は小さく震えていた。
「ごめんなさい」
 ・・・えっ?
 私は、マダムの顔を見る。
 マダムの大きな目が涙で潤んでいた。
 気品があって、美しく、洗練された淑女であるマダムが泣いてる?
「マダム?」
「エガオちゃんごめんなさい」
 マダムは、もう1度、小さな声で謝る。
 訳が分からなかった。
 なんでマダムが私に謝るの?
 マダムは、潤んだ目を擦る。
「エガオちゃん、ちょっとだけ聞いてくれる。私の昔話」
 マダムは語り出す。
「エガオちゃんから笑顔を奪ったのは私なの」

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