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平坂のカフェ 第四部 冬は雪(8)

「綺麗な色合いですね」
 昼食を取り終えた後、私はストレッチするようにスケッチブックに絵を描く。
 書くのはその日の空の景色。
 8歳の頃から1ミリも変わることのないつまらない空の絵だ。
 それなのに・・・・。
「綺麗?」
 私は、彼の言葉の意味が分からなかった。
 そんなこと今まで言われたことがない。
「だって凄い綺麗な配色ですよ!水色と青と白をこんなに綺麗に分けて使うことが出来るなんて天才です」
 彼は、私の近寄って絵を覗き込む。
 彼の頬が私の頬に近寄る。
 肌が泡立つ。
 恐怖が心の奥を掻く。
 私は、思わず身体を反らす。
 彼は、その私の様子に少し驚いた顔をして・・・直ぐに恥ずかしそうに笑って頬を掻く。
「ごめんなさい。近すぎました」
「ううんっそんなことない。こっちこそごめん」
 私は、破裂しそうな心臓を押さえつけながら言う。
「でも、本当に綺麗です。初めて会った時は水墨画ばっかだったから」
 そこまで言われて私はようやく気づいた。

 黒以外の色を自分が使っていることに・・・。

 黒しか長さの変わらなかった色鉛筆が均等に減っていることに。

 私は、自分の手を見た。
 青色の色鉛筆を握っている自分の手を。
「先輩・・・美術部入ってみたら?」
「えっ?」
「だって空だけでこんなにオレに感動を与えるんですよ!きっと才能があります!」

 才能・・・私に?・・こんな私に?

「オレさ。料理人になっていつか自分の店を持つのが夢なんです」
 彼は、私の書いた空の絵にそっと指を走らせる。
「もし店を持つことが出来たら先輩の絵を飾らせて欲しいです!」
 彼は、にっこりと微笑む。
 その笑顔は、まだ私の絵に描かれたことの出来ない、とても熱くて、とても綺麗で、とても輝いている、太陽そのものだった。
 私は、暑くなる胸を抑えるように胸元を握りしめ、小さく頷いた。

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