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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜 第9話 汚泥(2)

「てっ言うのが男と女の営みだよ」
 ウグイスは、掛けてもいない眼鏡がさもあるように右耳の脇をくいっと動かす真似をして少し偉そうに言う。
 ウグイス、アケ、そして青猿は、ツキの屋敷から少し離れた森の中にあるハーピー 兄妹の家にいた。家と言っても家具がある訳ではない。食事も日中を過ごすのもほとんどがツキの屋敷なのでこの家にはほとんど寝に帰るだけだ。それならもう一緒に暮らしてしまえば良いと思うかもしれないが兄妹は兄妹で夫婦に気を使っていたのだが、そんな気遣いが必要なかったことをつい先程知り、少し怒り混じりの勉強解説となった。
「おーっすげえなウグイス!」
 ほとんど床に寝そべり、陶器の杯で飲み物を煽りながら長く青い髪に豊満な身体、そして深緑の双眸を携えた美しい女性、青猿は喝采する。
 陶器の杯からは、つんっと甘く、芳しく、そして強い匂いが漂う。
 酒だ。
 とろりっとした卵のような濃い液体が器の中を満たしている。
 その他にも青猿が自国から持ち込んだ柑橘系の果物やアケが作り置いたお菓子類が床を埋め尽くしている。
 青猿からの賛辞にウグイスは、ほぼ平らな胸を自慢げに張る。
 しかし、次の瞬間、その胸が粘土細工のようにくにゃっと曲がる。
「てことは結構経験あるのか?」
 褐色の肌を赤らめて嬉々として聞いてくる青猿の言葉にウグイスの表情が固まる。
 そして左に視線を反らして黄緑色の羽に覆われた両手の人差し指をツンツン合わせる。
「えっと・・・私と兄様、ずっと旅ばかりだったからあんま異性と触れ合うことなくて・・その・・あの・・」
 天真爛漫が翼を付けて飛んでいるようなウグイスが恥ずかしそうに身を縮こませる。
「なんだよ。耳年増かよ」
 悪態を吐きながらも青猿は、可笑しそうに形の良い唇を釣り上げる。
「まあ、お前も充分に器量良しだし性格も楽しい。その内、良い相手が見つかるだろうよ」
 そう言って青猿は、陶磁の杯の中身を飲み干し、綺麗に皮を剥いた果物を落とし、手を翳す。小さな深緑の魔法陣が展開し、淡い光が果物を飲み込む。
 果物は、長い時間放置されたように形が歪み、液を吹き出しながら溶けていき、杯を満たしていく。完全に溶けると甘く、ツンッと強い酒の匂いが鼻腔を擽る。
 しかし、ウグイスは、さらに身と翼を縮こませてモジモジし出す。
「いや、でも、別にそう言う相手が欲しい訳じゃないんですけど・・・旅は楽しいし、兄様やみんながいるだけで満足だし・・」
 あれだけ男と女の営みを豪語しながら説明した癖に自分の方に話しが行くと途端に初心ウブな娘へと変化してしまう。その面白いぐらいの変わりように青猿は苦笑する。
「何だよ。これじゃお前のこと言えないじゃないか。なあ、アケ」
 青猿は、隣で背筋を綺麗すぎるほどに直角にピンっと伸ばして正座するアケに声を掛ける。
 しかし、アケからの返答はない。
 アケの膝の上で寝ていたアズキが顔を上げて首を傾げる。
「おい、アケ・・?」
 青猿は、眉を顰めて身体を起こす。
「アケ?」
 ウグイスも思わずアケの顔を覗き込む。
 そして絶句する。
 アケの額の蛇の目、それが肉体のありとあらゆる法則に逆らい、狂った時計のように回転していた。白い肌が燃やされたように赤くなり、頭からは湯気が上がるのではないかと言うほど熱気が発せられていた。
 そして形の良い唇は小さく震えながら呪文のように単語を紡ぐ。
「お相撲・・・お相撲・・・」
 ウグイスは、青猿と顔を見合わせ、頬を掻く。
「これは・・・」
「あまりの刺激に脳が爆発オーバヒートしやがったな」
 青猿は、ふうっと息を吐いて酒を煽った。
 アズキは、心配そうに主を見つめる。
「お相撲・・お相撲・・」

 アケが正気を取り戻したのはそれから5分後。そして1番最初に飛び出した言葉が、
「いや無理!絶対に無理!お相撲なんて出来ない!」
 顔どころか全身を真っ赤にしてアケは叫ぶ。
「アケ・・落ち着いて・・これはお相撲じゃないから」
 動揺するアケを何とか落ち着けようとするウグイス。
「それに、そうしないと子どもって出来ないんだよ」
「それにこれが愛の証明って奴にも繋がるんだぞ」
 流石の青猿も酒を置いてアケを落ち着けようとする。
 子ども・・・愛の証明・・。
 アケの表情が赤から青く変化していく。恐怖にも似た感情が浮き上がる。
「でも・・お相撲・・・」
「だから、お相撲じゃないから!」
 ウグイスの両手がアケの両頬をぱちんっと挟む。
 アケの蛇の目が驚きに見開く。
 アズキは、アケが暴力を振るわれたと勘違いしたのか、抗議の唸り声を上げる。
 ウグイスは、小さく嘆息する。
 正直、ウグイスも青猿もそこまで深い意味を持って"大人の階段を登る勉強会"を開催した訳ではない。どちらかと言えば年頃の女の子のお悩み会と親睦会を兼ねた、どこの国の女子でも行ういわゆる女子会を開催した程度の認識だった。
 だから、食べ物や飲み物を用意したし、アケの勉強と称して女子にしか出来ないような卑猥な話しでもしようと思っていたのだが・・・。
(まさか、こんな過剰に反応するとはな)
 これでは初心うぶを通り越して痛すぎる。
 しかし、思えば仕方ないのかもしれない。
 アケが育ってきた環境は少々なんてとても言えないような特殊な、あり得ないような環境だ。常に孤独で、誰からも興味も愛情も注がれず蔑まれ、当然、ある程度の年までに得られるようなコミュニケーションやスキンシップも得てない。知識だって本で得たものが多く、実体験が少ない。だから未知のものへの耐性も出来ておらず、恐怖しか生まれなくなってしまう。
 可哀想だ。可哀想だけど・・・。
(これじゃあアケの為にならない!)
 アケは、とても良い子だ。
 ウグイスの知るアケは、優しく、頭も良く、そして芯はとても強い。
 そして成長し、前に進んでる。
 そうでなければ自分があれだけ痛めつけられながらも青猿にあんな啖呵は切れない。
 アケは、もっと成長出来る。
 ウグイスは、決めた。
(アケの為に私は鬼になる!)
 ウグイスは、黄緑色の目でアケの蛇の目を見る。
「アケ!」
 突然、名前を呼ばれ、アケはぴたっと身体の動きを止める。
「アケは、王のこと好き?」
 アケの蛇の目が震え、頬が先程とは違うほんのり桜色に染まる。
 声を聞くまでもなく肯定だ。
「王ともっと仲良くなりたい?ずっと一緒にいたい?」
 アケの蛇の目が大きく見開く。
 そしてウグイスの両手に頬を挟まれながら、こくんっと頷く。
 ウグイスは、満足そうに微笑む。そして直ぐにその笑みを消し、戦いに挑むような鋭い目つきでアケを睨む。
「でも、このままじゃいつか王に嫌われちゃう」
「・・・・えっ?」
 それはまるで地の底にでも落ちるかのような絶望を絞り出した声だ。
 青猿は、深緑の双眸を絞る。
「営みを断るってことはそう言うことよ。自分が相手のことを愛していないって証明してるようなものなの」
 アケの表情が一瞬で青くなり、身体がカタカタ震え出す。
「そんな・・・そんな・・・私は主人のこと大好き・・」
 絞り出されるような震える声。
 ウグイスは、小さく微笑むとアケの頬を掴んでいた右の手を背中に伸ばして優しく摩る。
「うんっ知ってる」
「でも・・・お相撲怖いよ」
 これに関しては本当に反省だ。
 子どもが出来る仕組み程度で押さえておけば良かった。
 しかも何故かお相撲になってる。
 ウグイスは、アケの背中を摩りながら蛇の目の横の額と、細くて滑らかな首筋を見る。
 そして思いつく。
「アケと王ってキスはするんだよね?」
 再びアケの顔が真っ赤に染まる。
「自分からしたことある?」
 蛇の目が大きく震え、ブンブン首を横に振る。
「それじゃあさ。まずは自分からキスしにいってみよう!」
「えっ・・」
 アケは、声を上げる。
「まずはキスからいって少しづつ耐性上げていこう!アケからいったら王きっと喜ぶよ!」
 そう言ってウグイスは笑う。
 アケは、不安げに蛇の目で上目遣いにウグイスを見る。
「そうすれば・・・主人、私のこと嫌わない?」
「うんっそれどころかもっと、好きになるはず!」
 右の手の拳を大きく上げてウグイスは断言する。
「アケならきっと大丈夫!やってみよう」
 アケは、自信なげに俯き、蛇の目と身体を震わせながらも小さく頷いた。
 青猿は、そんなアケの様子を見て、酒を煽った。

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