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エガオが笑う時 最終話 エガオが笑う時(2)

「エガオ!」
 全ての円卓を準備い終えるとカゲロウがキッチン馬車の中から声を掛けてくる。
「はいっ」
 私は、小走りでキッチン馬車まで駆け寄る。
 しばらく運動してなかったのと、身体の軽さに何度かバランスを崩しそうになる。
 料理を運ぶ時、気をつけないとな。
 キッチン馬車の前に立つと口の中いっぱいに広がるような甘い香りが漂ってきて三度みたび、お腹が鳴りそうになるのを私はぐっと押さえる。
 そんな私の仕草を見てカゲロウは愉快そうに笑う。
 私は、顔を真っ赤にしてカゲロウを恨みがましく睨む。
「あと1時間もしたらお客さん達が来るからな。飯にしようぜ」
 いつもはお昼時くらいから少しずつ来るのだが今日は祭日なので開店と同時に来ることが多い。
 スーちゃんも既にカゲロウが用意した干し草を食んでいた。
「分かりました」
「賄い運ぶから好きなところに座って待っててくれ」
 私は、小さく頷くと桃色の傘を差した円卓に座る。
 風が気持ちいい。
 近くの噴水から流れる音が心地よい。
 スーちゃんの草を喰む音もとてもリズミカルだ。
 それなのに私の心はどこか晴れない。
 心の奥で小さな不安が蝋燭の炎のように揺れる。
「やっぱりここを選んだか」
 カゲロウが大きめのトレイを持ってやってくる。
 無精髭の生えた口元に小さな笑みを浮かべる。
「やっぱり?」
 私は、眉を顰める。
 カゲロウは、器用に顎で桃色の傘を指す。
「マダムとディナの教育の賜物だな」
 私も傘を「あっ」と呟く。
 普段からマダムやディナが桃色系の服や小物を用意するから無意識に私も選んでしまっていた。
 こんな鮮やかで綺麗な色を。
 昔の私なら絶対に選ばなかった色を。
 カゲロウは、トレイに載せた料理をそっと円卓に置く。
 蕩けるような甘い香りと眩しいくらいの黄白クリーム色が鼻と目に飛び込んでくる。
 綺麗な焼き色に赤茶色のシロップの掛かった台形の形をした4切れの黄白クリーム色のパン。
 フレンチトースト。
 初めて食べた甘い食べ物。
 そして私が初めて口にしたカゲロウの料理。
「何でもいいって言うからさ」
 お皿の前にフォークとナイフを並べるとカゲロウは向かいの席に座った。
 カゲロウの皿にも同じ形のフレンチトーストが乗っていた。
「これしか思いつかなかった」
 私は、フレンチトーストから目を離すことが出来なかった。
 カゲロウは、顎に皺を寄せる。
「嫌だったか?」
 私は、大きく何度も首を横に振る。
「嬉しいです・・・」
 私は、両手を合わせて「いただきます」と頭を下げる。
 フォークとナイフを手に取り、小さく丁寧に切り分ける。
 何年か前にマナに習った作法。
 それはもう私の身体に染み込んでいた。
 私は、そっと口の中にフレンチトーストを入れる。
 柔らかい・・甘い・・・美味しい。
 口の中が震えるくらいに喜んでいる。
 私の目から一筋涙が溢れる。
「泣くほど美味いか?」
「あの時も言ったと思います」
 私は、涙に濡れた目でカゲロウを見る。
「こんな美味しいもの食べたことないって」
「・・・ありがとう」
 カゲロウは、優しく微笑んだ。
 私は、ゆっくりとゆっくりとフレンチトーストを味わった。

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