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エガオが笑う時 第4話 無敵(8)

 私は、驚愕に目を見開く。
 マナが黒い獣事件の重要参考人?
 私は、動揺しながらもどう言うことなのか問いただそうとした、その時だ。
「マーちゃん!」
 子どもの1人が声を上げる。
 全員の視線が子どもが叫んだ方を向く。
 柵の間にマナは、立っていた。
 大きな目をさらに大きく開き、顔に恐怖を張り付かせてこちらを見ている。
「マ・・」
「マナちゃんだね」
 私を遮って上官が前に出てマナに近寄る。
 マナは、ビクッと身体を震わせ、怯えた目で上官を見上げる。
 上官は、仮面のような張り付いた笑顔を浮かべてマナに近寄っていく。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」
 上官は、ゆっくりと手を伸ばして確保しようとする。
 しかし、上官の手がマナに触れることはなかった。
 上官の身体が突然、宙に浮き上がり、地面に倒れ込む。
 マナの周りに屈強な身体付きをした2人の男が壁のように立ちはだかる。
 その身体、動き、間違いなく騎士崩れだ。
 何故、騎士崩れがマナを⁉︎
 そんな疑問を口にする間もなく、男達がマナを俵のように担ぎ上げて逃げていく。
 上官は、上半身を起こし、顔を溶岩のように赤く染めて部下と警察達に追うように叫ぶ。
「スーちゃん!」
 私は、スーちゃんの名を呼ぶ。
 スーちゃんは、赤い目を光らせ、音も砂埃も立てずに瞬時に移動し、メドレーと警察の前に立ちはだかる。
 突然の伝説の軍馬、スレイプニルの登場にメドレーも警察も動揺に足を止める。
 私は、その隙を付いて騎士崩れとマナを追いかける。
 騎士崩れ達の足は流石に速い。
 鎧と大鉈を持った私では直線では流石に負ける。
 私は、大鉈を引き抜き、柄を伸ばす。
 そして柄の先端を両手で握ると走りながら旋風をイメージしながら身体を思い切り回転させる。
 遠心力が乗り、大鉈の刃が空気を切り、音を鳴らす。
 私は、遠心力を味方に大鉈を思い切り投げ飛ばす。
 大鉈は、矢さながらに空気と音を割きながら宙を飛び、男達の頭上を飛び越え、男達の前に落ちて地面に突き刺さる。
 男達は、驚愕に顔を歪め、足を止める。
 そして化け物を見るような目で私を見る。
「マナを離しなさい」
 私は、底冷えするような冷たい声で男達に言う。
 男達の顔に恐怖が走る。
 今の私の顔はきっと"笑顔のないエガオ"に戻っていることだろう。
 今はそれでいい。マナにそんな顔を見られたくないけどそんなことは言っていられない。
 今はマナを救うことが先決だ。
 私は、男達に近寄る。
 男達は、にじるように後ろに下がる。
 首筋に焼けるようにちりつく。
 殺意。
 私は、地面を蹴り上げて右に飛ぶ。
 私が立っていた場所に紫の雷が落ちる。
 紫電!
 私は、地面に膝を付いて体制を整える。
 黒いフードを被った長衣を纏った男が立っていた。
 その立ち姿からして普通の人間ではない。
 鍛え上げられた戦士のものだ。
 そして巡り上がった長衣から見えるのは複雑な紋様の描かれた黒い刺青。
「魔印!」
 私は、体制を整え、構える。
 何でこんなところに帝国の魔法騎士が?
 騎士崩れと手を組んでる?
 マナに何をしたの?
 様々な考えが脳を逡巡する。
 私は、投げた大鉈を目を向ける。
 距離にして10歩。
 私は、地面を蹴り上げ、瞬時に大鉈を引き抜き、男が術を発動する前に攻撃し、そのまま騎士崩れを薙ぎ払ってマナを助ける、戦略を立てる。
 私は、すぐに実行するべく、足に力を込める。
「娘を下ろせ」
 フードの男は、私など見もせずに騎士崩れに命令する。
 騎士崩れは、言われるままマナを下す。
 マナは、恐怖に震えた目でフードの男を見る。
「や・・・めて」
 マナは、言葉と身体を震わせてフードの男に言う。
 そして目線を私に向ける。
「エガオ様・・・逃げて」
 マナは、震える声で私に訴える。
「契約を果たせ」
 フードの男は、左手の袖を捲る。
 手首に描かれた腕輪のような魔印が青く光る。
 その瞬間、口から呻き声が漏れる。
「マナ!」
 私は、叫び、駆けつけようとするが、騎士崩れ達が壁となって立ちはだかる。
 マナの首に男の手首と同じ魔印が浮かぶ。
 なんでマナに魔印が⁉︎
 マナは、苦しみ呻きながらその姿を変貌ぶりさせていく。衣服が破れ、体毛が伸び、それに比例して身体が膨れ上がっていく。可愛らしい顔が前に伸び、鋭い牙が伸び、大きな手が獰猛な光を放つ。
 小さいマナの身体が巨大な獣の姿へと変貌した。
 発達した巨大な体躯、鍛え上げられたナイフのような鋭い牙と爪、狂気に飢えた双眸。垂れ下がった耳と白と黒の水玉の模様が体毛に描かれていなかったらとてもマナだったとは信じられない。
 それは巨大な犬、いや狼であった。
 私は、呆然だ変わり果てたマナを見る。
 太陽が翳り、マナの姿が黒く染まる。
「黒い・・獣?」
 影に覆われたマナの姿はまさに黒い獣と呼ぶに相応しいものだった。
 いつの間にか騎士崩れたちが散っている。
「やれ」
 フードの男が呟く。
 マナの首が青く光る。
 マナの口が大きく開かれ、青い炎が溢れる。
 私は、意識を戻し、後ろに飛び跳ねる。
 マナの口から放たれた熱線が私のいた地面を砕き、黒く燃やす。
 私は、地面を転がりながら大鉈に近寄り、地面から引き抜いて構える。
 マナは、獰猛な目を私に向ける。
 切先が震える。
 可愛らしいマナの姿が頭に浮かび、戦略が立てられない。
 いつの間にかフードの男がマナに近寄っていた。
「今日はここまてだ」
 フードの男は、マナの首筋に触れるとそのままマナの背中に飛び乗る。
「行くぞ」
 フードの男がマナの腹を蹴る。
 マナは、悲鳴のような唸り声をあげて後方へと飛び上がり、住居の屋根の上に飛び乗るとそのまま家々を飛び跳ねて去っていく。
 私は、その場を動くことが出来なかった。
 マナの笑顔と、恐怖に怯えた顔が頭から離れなかった。

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