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平坂のカフェ 第4部 冬は雪(25)

 スミの手が震えている。
 それは雪のせいで震えているのではない。
 日に焼けたような赤みがかった目が大きく開き、唇が、わななく。
「どうしたの?」
 カナが訊く。
 しかし、スミは、反応しない。
 カナがもう一度、呼びかける。
「・・・どうした?」
「こっちが言ったのよ」
 カナは、可笑しそうに笑う。
「いや・・・オレもよくわからないのだが・・・」
 スミは、空いた手でシェフコートの胸元を握る。
「胸が痛くなった」
「心臓?」
「違う」
 スミは、無表情に返す。
「お前の話しを聞いていたら・・・頭の中にこの雪のような白い闇が浮かんだ」
「闇?」
 カナは、首を傾げる。
 スミは、頷く。
「とっても分厚い闇で何も言えないのだが、時折掠れて何かの映像が見えた」
 カナの左目と、白い右目が大きく開く。
「どんな映像だった?」
 カナは、顔をスミに近づける。
 スミは、首を横に振る。
「分からない。分からないが・・・その映像が見える度に胸が痛くなった」
 シェフコートから手を話す。
 カナは、左目と白い右目でスミを見る。
 微かな光を灯して。
「続きは?」
 スミが言う。
「続きを話してくれないか?」
 カナは、表情を輝かせる。
 しかし、それは一瞬のこと、表情はすぐに曇る。
「この後、私は人生で味わったことのない幸福に包まれた。そして人生で味わったことのない絶望を受けるの」

 それはつまりあの事件の序章プロローグの始まりだった。

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