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クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(1)

 それは幼い頃の記憶だ。
 それが何歳だったのか?いつ頃のことだったのかは覚えていない。
 だだ、ものすごく寒かったことだけは覚えている。
 グリフィン卿による訓練の後、身体中が痛みと疲れで悲鳴を上げ、ご飯も喉に通らないままにお風呂にも入らないで自室で眠ろうとした。
 しかし、寒さと痛みと疲れでどうしても眠れない。
 その変わりに何とも言えない心細さで不安になっていく。
 この頃にはほとんど笑わなくなり、周りからも気味の悪い子どもと陰口を叩かれていたのに、まだ少女としての弱さが残っていたのだ。
 私は、頭まで毛布を被り、いつのまにかベッドの中で啜り泣いていた。
 その時だ。
 毛布の上から誰かが私の頭を撫でたのだ。
 毛布越しに伝わる大きくて優しく、そして温かい手。
「泣かなくていいよ」
 その声は何かの旋律メロディのように心の中に染み込んできた。
「その涙はいつか笑顔に変わるから」
 私は、毛布をそっと捲る。
 僅かに開いた毛布の隙間から見えたのは絨毯のような分厚い赤いコートに三角の帽子を被り、顔中を白い髪と髭で覆われた大きなお爺さんだった。
 お爺さんは、暖かな目で私を見下ろして何度も何度も優しく頭を撫でる。
 私は、あまりにも気持ち良くていつの間にか眠ってしまった。
 翌朝、目を覚ますとお爺さんは消えていた。
 ただ、その優しい温もりと気配だけが部屋の中に残っていた。

「クリシュマシュ」
 私が舌足らずにそう言葉に出すと4人組は一斉にお腹を抱えて笑い出す。
 私は、頬を真っ赤に染めて恨みがましく4人を睨む。
「ごめんごめん」
 イリーナが口をゆるゆるに紡いで笑いを堪えながら旅程を合わせる。
「エガオちゃんがあんまりにも可愛いから・・」
 サヤは、眼鏡が埋まるのではないかという程目に涙を溜めている。
「もう可愛すぎてこっちが照れるにゃあ」
 チャコがじゃれつくように両手の爪を出して白いダイニングテーブルの表面を削る。
「馬鹿にしてないからね。褒めてるんだからね」
 三白眼を細めてディナは、吹き出す。
 馬鹿にしてないことは分かってる。
 まだ、出会って1年にも満たないが4人組のことは心から信頼しているし、私に初めて出来た大切な友達だ。
 しかし、馬鹿にはしてないが面白がっていることは間違いない。
「別に気にしてません」
 言葉とは裏腹に私は頬を膨らませてそっぽ向く。
 それを見て4人組も揶揄い過ぎたと思ったのか、互いに顔を見合わせる。
「ごめんエガオちゃん」
 イリーナが今度はちゃんと手を合わせて謝る。
「ちょっとやり過ぎたにゃ」
 チャコも耳を垂れて頭を下げる。
「エガオちゃんの為になればと思ったんだけど・・」
 サヤは、後頭部を掻きながら謝る。
「ほら、今日はその言葉がちゃんと言えなきゃ駄目じゃん」
 そう言ってディナが沈みかけた夕日に照らされたキッチン馬車の横に並ぶように生えた大きなもみの木を指差した。
 天を願うように伸びた大きなもみの木には金、銀に彩られた水晶のような玉、オーナメントと呼ばれるものが数えきれないほど飾られ、白い上品な絹を細雪のように彩るように羽織っている。そしてその頭上には近くに寄れば私と同じくらいの大きさであろう星が飾られている。
 ディナは、ハーフエルフの名に相応しい可愛らしい笑みを浮かべて楽しそうに言う、
「何てったってクリスマスなんだから」

 今日がクリスマスという日だと知ったのはつい2週間前のことだ。
 その日は、キッチン馬車で使うチョコレートが切れたのでマダムと一緒にお店に顔を出してくれたマナと一緒に商店街に買い物に来ていた。
 私は、1人で行くつもりだったのだがカゲロウとマダムが仕切りに「マナちゃん付いていてってあげてくれる?」とお願いし、しかもグースカと寝ていたスーちゃんまでもが起き出して心配そうに見てくるものだから私は、むっと頬を膨らませた。
 季節が移ろい、雪こそ降らないものの寒くなっていたので私とマナは、マダムの用意してくれたコートに手袋をして商店街に出た。
 私のコートはブラウン、マナのコートは白色と色合いこそ違うがデザインは一緒なのでちょっと前にサヤの創作漫画で読んだ姉妹コーデみたいで嬉しかった。
 商店街に入ると昨日までと装いが変わっていた。
 街の至るところに柊を模した飾りが付けられ、赤と緑が鮮やかなポインセチアと言う植物の鉢植えが所々に飾られ、窓には白い砂糖のようなもので雪だるまや鹿が描かれている。
 商店街の中央には大きなもみの木が設置され、プレゼントの箱や人クッキーの人形やリボンで可愛らしく飾られていた。
 もみの木を見るとマナが嬉しそうに表情を輝かせて私を見る。
「大きなクリスマスツリーですね!」
 マナの言葉に私は、眉を顰める。
「クリ・・シュマシュ?」
 私が辿々しく言葉に出した時のマナの衝撃を受けた顔は今でも忘れられない。
 その後、マナから事の顛末を聞いたマダムが「クリスマスを知らないだなんて・,」と大袈裟なまでに嘆き、それを聞いてた4人組がカゲロウに「クリスマスはどうすんの?」と噛み付くように問い詰めた。
「いや、普通に仕事だけど」
 カゲロウが鳥の巣のような頭を掻きながら何を当たり前なことをと言わんばかりに口にすると4人組と何故かマナまでもが冷め切った視線でカゲロウを貫いた。
「無能・・・」
「使えない・・・」
「萌えない」
「ニャンニャンしないにゃんて」
「この〇〇無し」
 最後にマナが小声でとんでもない事を言った気がするがみんなスルーしていた。
「よし、パーティーしましょう!」
 マダムは、両手をパンっと打ってみんなに言う。
「エガオちゃんにクリスマスがどう言うものか教えて上げましょう!」
 マダムの言葉に4人組とマナが万歳と歓声で賛成する。
 カゲロウは、少し困ったように左頬を掻き、私は何が起きているのか分からずに戸惑った。
 そうと決まってからのマダムの動きは早かった。
 カゲロウと打ち合わせをし、普段、夜は閉めてしまうキッチン馬車だけど、マダムの屋敷の中庭で開催すると言う事で初めての夜の出張営業、さらにモーニングやランチではなく、ディナーということでメニューの考案、食材調達にスーちゃんと四方八方を走り回り、そして営業後の試食作りとてんやわんやで、鳥の巣のような髪のせいで目元こそ見えないが疲労困憊してるのがよく分かった。
 マダムに仕えるマナもパーティーの準備の為に奔走していた。
 商店街の雑貨屋さん言ってパーティー専用の食器を買いに走ったり、庭師に依頼して選定や飾り付けをお願いしたり、そして教えてくれなかったがそれ以外にも何かをしていたらしく、マダムと一緒にキッチン馬車に来る度に模擬試合を無差別、無制限に取り組んだ後のように疲れ果てていた。
 そして私も人ごとではなかった。
 マダムは、キッチン馬車に顔を出すと仕事中であるにも関わらず私を引っ張り出して服屋に直行するとパーティーで着るドレスの試着を強制的にさせられた。
 一体、何十着着たのだろう?
 もう色が目に焼き付き、生地が肌に触れるだけで説明がなくてもどんなものか分かるようになっていた。
 しかも、今回のドレス選びは私だけでなく4人組とマナにも行われた。
 ドレスが着れると言う事でスカート嫌いのイリーナ以外はウキウキしていたが流石に私と同じだけ試着させられた時は「エガオちゃんの気持ちが分かった」「もう2度とドレスなんて見たくない」と泣きながら訴えていた。
 それでもお気に入りをしっかりと選んでいたのは流石と思う。
 そんなてんやわんやな日々を送っていたが、気がつけばクリスマスは当日を迎えた。
 そこで私は、気がついた。
 こんなにバタバタと動き回っていたにも関わらず結局クリスマスが何なのか分かっていないという事実に。

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