エガオが笑う時 間話 とある男の視点(1)
「相変わらずの癖っ毛だね」
妹は、鳥の巣と揶揄される俺の髪を触りながら楽しそうに言う。
「何で兄妹なのにこうも違うんだろう?」
「血が繋がってないからだろう」
俺は、少しうんざりしたように言う。
もう何十回、何百回、何千回と繰り返してきたこの問答。もう何をきっかけに話したのかさえ覚えておらず、数ヶ月しか年の違わない妹との会話の常套句と化している。
「本当に繋がってないのかな?目元とかは似てたと思うんだけどな」
そう言って妹は、自分の両の目を指差す。
大きくて丸みのある黒曜石のような瞳を。
妹はとても美しい。
兄と言う贔屓目がなくても美人と呼ぶのに相応しい容姿をしている。
乱れのない絹のような黒髪、艶のある陶器のような白い肌、丸みのある整った輪郭、緩やかなドレスの上から見ても女性的な魅力のある身体つきをしていることが分かる。
対する俺は、いつの頃からか妹の身長を軽く頭2つ分超え、身体にも固い筋肉が鎧のように発達し、細身だが少し威圧的な印象を与えてしまう。
髪は生まれた時からの癖っ毛で2歳くらいの時には鳥の巣のように膨らんでいた。
そしてその下に隠れた目はもう変わってしまった。
俺は、前髪越しに自分の目を触る。
「もう覚えてないよ。目の形なんて」
「・・・そうだね。私も忘れた」
妹は、寂しそうに黒曜の目を下に向ける。
「もうあの頃とは違うんだよね」
両手をお腹の下に落としてぎゅっと握る。
「来月、彼と婚姻を結ぶわ」
その言葉に俺は、唇の端を噛む。
驚くことじゃない。
その話しはずっと前から知ってたことだ。
忘れもしない1年前。
妹の口から直接聞かされた。
その想いも。
その計画も。
でも・・・。
「本当にいいのか?」
「いいも何もないでしょ」
妹は、小さく笑う。
「そうしないとこの国に未来はないのだから。私達にもね」
俺は、血が出るくらいに唇を噛んだ。
「彼は、しっかりと理解してくれたわ。少しウジウジしたところもあるけどお父様達にはない強さと決意を感じたわ」
妹は、ぎゅっと両手に力を込める。
「彼とならこの国を、世界を変えられるはず!」
その言葉には妹の強い決意が刻まれていた。
「セツカ・・」
俺は、妹の名を口に出すもその続きを紡ぐことが出来なかった。
「お兄ちゃんは・・・これからどうするの?」
「・・・旅に出ようと思う。もうここにはいられないからな」
俺がここにいられたのは妹を守ると言う名目があったからだ。
それが失われた今、ここにいる理由はもうない。
「そう・・・」
妹は、少し寂しそうに目を細める。
そして細い手を伸ばして俺の手を握る。
「お兄ちゃんのご飯、もう一度食べたかったな」
「また、作るさ」
俺は、笑う。
そんな機会、もう2度と来ないと分かっているのに。
「お兄ちゃん・・」
妹は、ぎゅっと俺の手を握る。
「幸せになってね」
妹は、じっと俺の顔を見る。
黒曜石のような瞳に鳥の巣に覆われた俺の顔が映る。
「もう縛られないで。自分の為に生きて。もう私は大丈夫だから」
「・・・ああっ」
俺は、顔を下す。
俺の手を握って震える妹の手を見る。
「お前も・・セツカも幸せにな」
俺がそう言うと妹は小さく微笑んだ。
「大丈夫。彼は私のことを愛してくれてる。幸せよ」
それじゃあお前の想いはどうなんだ?
しかし、俺にはどうすることもできない。
無精髭の生えた唇の端を釣り上げることしか。
「お兄ちゃんもいい人と出会えるといいわね」
妹は、悪戯っぽく笑う。
「ねえよ」
俺は、ぶっきらぼうに答える。
妹は、小さく笑った。
場面が変わる。
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