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従業員の内なるクリエイティビティを発露する。そのための体験づくりとは。

クリエイティビティはクリエイターだけのものではなく、誰しもがもっているもの。きっかけさえつくれば、誰もがアイデアや発想を大きく広げることができます。

今回は、「クラシエ(Kracie)」の企業風土改革プロジェクトへの取り組みについて紹介します。「夢中になれる明日」をスローガンにするクラシエですが、生活者の夢中を後押しする前に、従業員自身が夢中になれる瞬間の体験と共感が必要でした。何かに夢中になるCRAZY文化の醸成のために、クリエイティブがどう活かされたのか、CXクリエーティブ・センター 並河進が、プロジェクトを担当したアートディレクターの石田沙綾子に話を聞きました。企業風土改革のプロセスで発揮されたCXクリエイティブの効果とは?

「普通」の企業風土を変えたい!「CRAZY文化醸成」プロジェクトはこうして始まった

- 石田さんが担当しているクラシエ「CRAZY文化醸成」プロジェクトは、どのようなプロジェクトですか?

石田:一言で言えば風土改革です。クラシエは、2007年カネボウの経営破綻の後に生まれた会社で、産業再生機構やファンドの支援が入って経営の立て直しが行われました。いわばマイナスからのスタートでしたが、その後10年をかけて再生を達成しました。これからは付加価値を作っていかなければならない。2018年に岩倉昌弘さんが新社長に就任し、そこで掲げたのが新行動規範「CRAZY KRACIE」です。風土改革のお手伝いから始まりプロジェクト開始から足掛け5年。その間にさまざまなことを共創しました。まずチームで取り組んだのが岩倉社長の直轄部隊として「CRAZY創造部」を立ち上げたことです。

- 「CRAZY創造部」はバーチャルな組織ですか?

石田:いいえ、実際に存在する部門で専属の3名が配属されています。名刺の所属も「CRAZY創造部」なので、名刺をもらった方が「!?」と二度見される良い会話の発端になっています。CRAZYというからには今までとは違う楽しいやり方で風土改革をしていこうということで、長野合宿からスタートしました。

フィンランドの暮らしを現地で体験したことも! クリエイティビティを刺激する5年間の活動

石田:「CRAZY創造部」さんと実施したことを紹介していきますと、一つは部長さんたちを集めてクレイジーなポートレートを撮影したことです。自分が夢中になっているものを持ってきてもらって、ノリノリで電通のフォトグラファー小柴さんに撮影していただきました。打合せ時とは違うとっても良い表情が撮れました。

プロの演出が入ることで一皮剥け自分の魅力や表現力に気がつきますし、それを見た周りもぱっと明るくなります。この小柴さんの「フォトリューション(「写真」の本質力を広告原稿以外にもソリューション活用する)」はとてもおすすめです。

議事録をグラフィックレコーディングで作成したこともあります。その当時のボスに「石田は会議をゆるくすることを考えてみたらいい」と提案されたこともあり、会議での自分の役割をよく考え、いろんなチャレンジをさせてもらいました。文字ばかりの資料や言葉での議論に一点でも絵が入ってくるだけで気分が変わります。

2019年には、幸せな国の暮らしのフィールドワークとしてフィンランドを訪問しました。お勉強的な視察にはしたくなかったので、ホームステイをしたり、フィンランドで暮らす人と会って話をしたりと心身ともにフィンランドの日常に入り込みました。みんなでサウナに入ったり湖に飛び込んだりハイキングしたりすると、会議室からは生まれない発想が生まれます。私は育休で行けず日本でハンカチを噛んでいたのですけども。

これがミーティング風景!

2019年からは「くらしの夢中観測所」をスタートしました。クラシエという社名は「くらし」に由来し、「夢中になれる明日」をスローガンにしています。それだったら「くらしの夢中」に世界一詳しくなくてはいけない、そういう想いから始まりました。

「くらしの夢中観測所」の設立ミーティングは一度行ってみたかった「喫茶ランドリー」さんで行いました。「そこでやろう!」と即決してくださったクラシエさん。やはり会議室の外に出ると目線が外に向く感じがします。ホワイトボードには、地域の方が作ったとってもクリエイティブな紙粘土の磁石が付いていたりして、くらしや夢中を考えるのに素晴らしい環境でした。

「くらしの夢中観測所」は夢中を研究する場所で、データではなく人を観察することに主眼をおいています。研究サポートとして、電通からクリエイティビティを発揮する気づきを提供したり、アウトプット支援をしたりしています。オンラインであっても、トークセッションをこんなスライドにしたりして会議を楽しくするアイデアをたくさん盛り込みました。

「くらしの夢中観測所」はnoteもやっています。こちらは主にnote制作メンバーの社員さんが書かれています。彼ら彼女ら向けにプロライターさんの書き方スクールを開催したのですが、プロの知識に触れその後自分の文章のライティングを添削してもらう体験にとても好評をいただきました。プロに触れるのって楽しいんですよね。社員さんたちのモチベーションは高く、もっと良くしようとお互いの原稿に何度も推敲を重ねて表現を磨いてらっしゃいます。私も稚拙ながら文章サポートとして漫画などを描かせてもらっておりまして、グラフィックでサポートすることで文章づくりのクリエイティビティが発揮しやすくなっています。

2022年6月には夢中観測の集大成として、年間レポートを発表しました!!ぜひご覧くださいませ。
https://www.kracie.co.jp/muchu/kansoku/

長くなりましたが、あとはチームとして「KracieX」という新規事業創造プログラム、様々なスクール開催や従業員調査、社長対談ムービーなどたくさんのことをお手伝いしてきました。

こちらは従業員調査のワークショップに参加された方に贈った、自分の部署をレペゼンするシール名刺です。Crazyの浸透にも使えればと思って作りました。

まずは自分たちが夢中になる!自分たちが一番のブランドのファンになろう!

- 5年間でさまざまな活動をされていることがわかりました。CRAZYの意味は、新しい発想をワクワクしながら出していくようなことを意味しているんですね。

石田:Crazy=狂気ではなくて、ワクワクしながら新しい発想でモノを作ろう、そのために人を観察しようということにつながります。誤解されやすくて、クラシエの社員の方にも「私は普通なので……」。と言われてしまうことがありますが、全くそんなことはなく、聞けば聞くほどその人の面白い側面が現れてきます。

- 文化が変わってきた実感はありますか?

石田:「前向きになった」「モノの見方がかわった」「意識が外に向いた」というフィードバックをもらっています。従業員調査の数値も上がっています。しかしながら、ピンポイントの変化は見えても会社全体の文化が変わったと言い切るにはまだまだ時間が必要だなと感じます。

私たちのやっていることは、「社員の方をわくわくする瞬間に誘い、もともと持っていたクリエイティビティを発露してもらうこと」とまとめられるもしれません。お客さんのくらしの夢中を支えるのであれば、まずは社員自らが夢中になる体験をしていないといけない。それが企業風土にも顧客体験にもつながると思います。

- 最近、一番のお客さんは社員だと考えているのですが、そこにもつながりますね。顧客をファンにする前に、社員がファンじゃないと始まらないですよね。とはいっても社員が一人の生活者として話す場がなければ、お客さんと地続きにならないとも思います。

石田:同意です。最近はパーパスをもとにファンコミュニティーを作ることが多いですが、コミュニティーを作れば生活者と社員が対等に話すことになるので、熱量の交換といいますか、「その企業やブランドのファンの社員」がいないと魅力的に成り立ちません。しかしながらクラシエさんには、生薬が好きすぎて富山県の森づくり活動で山桜を植えてしまう方や、作れないって言いたくなくて理系出身じゃないのに工場のラインのロボットを自作してしまうなんて方がいらっしゃいますので、そこは問題なさそうではあります(笑)。

アウトプットに至るまでのプロセスが本当は面白い

- こういうプロジェクトは理屈っぽくなりがちですが、クリエイティビティが活かせていると感じることはありますか?

石田:私のようなアートディレクター、クリエイターが経営・戦略フェーズに存在することが重要だと思っています。文字ではなく絵で表現する、具体的に発想する、シンプルにまとめたがるような存在です。生活者目線の意見だったり、勇気を持って「それって本当にやりたいですか?」と本心に聞いたりして発想の飛躍を加えることで、最終アウトプット前の議論にクリエイティビティが活かせています。あえて金髪にしてオンライン会議画面の彩度を上げたりもしていました(笑)。しかし何よりもクラシエさんとチームのみんなが存在を受け入れてくれているのがありがたいです。逆に私も全力でリスペクトを持って皆さんと対面します。対面するには話せないといけないので、一念発起してグロービス経営大学院に通って経営を学んだりもしました。辛かったのですが、この経験は本当にひと回り成長した実感があります。

―アウトプットの前のプロセスが重要ですね。

石田:本編もいいけどメイキングも面白かったりするように、途中の議論は即興力が問われ魅力的ですし、私自身がそこに介入できる楽しさがあります。そのプロセスで転がり出たつぶやきや表情、ふるまいなどを注意深くかけらとして拾い集めておき、最後のアウトプットに統合すると、生活者に届ける体験の本質になります。そこに至ったプロセスに価値を置くプロセスエコノミーという言葉もありますね。

- CXはアウトプットだけでなくプロセスが重要で、過程で好きになったり、熱量が上がったりということがありますね。社内メンバーだけでは組織理論という枠で考えてしまうところを、外部のアートディレクター、クリエイターがプロセスに加わることで、枠を外していけるのが良いと話を聞いていて思いました。

目指すのは、ブランドが引力になり、ファンがまわっていくような世界

- 企業風土を作るというのは、中長期的な活動ですよね。プロジェクトは始まったものの、短期的な指標では測れないので途中で終わってしまうことも多いですが、クラシエさんが長く続いているコツはありますか?

石田:クラシエさんと電通チームの距離が近いからでしょうか。全員がオープンでフラットで人間味にあふれた人たちなので、本音で良い悪いが言い合えるところで続いているように思います。先述の長野合宿もですが、リアルで焚き火を囲んだトークを開催したり、くらしの夢中観測所では社員メンバーの一人ひとりと話をして活動についてどう思っているか面談したりという密着度です。ある部門向けにスクールを開催したりもしたのですが、その時も一人ひとりに誠実にフィードバックをしました。

- パーッと作ったものはすぐに消えてしまいますが、長い時間をかけて組織や人を変えていけば、長く残っていきますよね。私が今考えていることとも近いのですが。同心円状に広がる顧客というもので、たくさんの惑星が同心円状にまわるように、顧客が他のお客さんを連れて来るような考えです。企業がコントロールすることはできなくて、生活者が勝手に回っている、しかしその真ん中にあるものはブランドなのではないかと思います。

石田:生活者をコントロールするという発想は過去に置いていきたいです。私たちには意思がありますし、生活者が勝手に動くというのは一人の人間としてあたりまえの実感しかありません。

- 最初のファンは社員で、社員から重力場を作っていくのがCXのやり方として正しいのかなとも思います。抽象的ですが、お客さんとファンが混ざっていくと引力が生まれて、引力を作るのがブランドなのではないかと。

石田:魅力ある社員の方と話していると変な引っ掛かりで引き込まれますし、コアファンの方の独自の経験からくる偏愛もとても愛おしいです。社員と顧客は地続きですし、まずは社員のファンをもっと探し当てるところから引力を誘発したいです。

- 生活者も、開発した社員と話をしたい、一緒に作りたいという人がいます。顧客の中にもいろいろな方がいて、消極的な理由で選んでいる人もいれば、積極的な理由で選んでいる人も。消極的な人は何かのきっかけで離れてしまいますが、積極的に選ぶ理由の中には「社員が素敵だから」、「あの人が作ったものが欲しいから」ということもあると思います。

石田:どうしても広告の目的は新規顧客獲得に行きがちです。まだ見ぬ自分を好きになってくれる人は魅力的ですから。でも、実はすでにすごく思ってくれている人が身近にいると気づいて深い関係を作っていくことは、CXの発想でもあります。

好きになるきっかけは、簡単にはデザインできないですし、目に見えず感じるものだったりしますね。さまざまな部署の社員さんと長い間一緒に過ごすことで、簡単には言語化できない空気感や価値観が見えるようになりました。社員とファンでブランドの引力を作っていくというのはこれからのクリエイションの新しいチャレンジ領域になると思います。

- 真ん中のブランドの引力を高めるための広告もあり得ると思います。しかし、今までのファネルのような企業目線の発想は時代遅れになっているかもしれません。

石田:クライアントさんも変わっていっていますし、私達自身のOSも変えないといけないですね。引力から考えるようにしていきたいと思います。私もまだまだやりたいことがたくさんあって、賃貸でも怒られない程度のDIY工房を家に作りまして、家族で創作をしています。その空間を使い、クリエイティビティをテーマに配信を始めようかと準備しています。新しい生活者の一人として発信をすることで、広告を含めたコミュニケーションの可能性を探っていきたいです。

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今回はクラシエの企業風土改革のプロジェクトにCXクリエイティブがどのように効果を発揮しているかを伺いました。

従業員の夢中になれる瞬間を引き出すために、アートディレクターが社内に入り込み、さまざまなアプローチで刺激をすることで、新しいものが生まれています。また、従業員自身がブランドのファンとして、生活者と関わることで人を引きつける引力が生まれるという話は、これからのファンコミュニティーを考える上でのポイントとなりそうです。

プロフィール

電通デジタル:石田 沙綾子(いしだ・さやこ)

アドバンストクリエイティブセンター
アートディレクター
電通入社後広告アートディレクションに従事したのち休職し、ロンドンに留学。語学とデザインとアートを学ぶ。帰国後はクリエイティブの力をビジネスに応用する「ビジネスデザイン・ラボ」に異動。ワークショップデザインやブランドデザインに領域を拡張。
その後「電通ビジネスデザインスクエア」のメンバーとして、ビジネスにクリエイティブの視点を入れながらクライアントとの共創をベースに社内風土改革などに従事。
2020年から電通デジタルに出向し、デジタルを掛け合わせながらクライアントの様々な問題解決のサポートを行っている。

※所属・役職は取材当時のものです。

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