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偶然。#ショートストーリー#青春

溝の口から乗り換えの電車は、銀色の車体に赤いラインが入った電車。
6号車一番目のドアの左側がいつもの定位置で、わたしがドアを背にして話しかけると、昴くんは手すりにつかまってわたしの他愛のない話に相槌を打って応えてくれる。
間近に迫る中間テストの話や先生や同級生の話題。そして、今度行ってみたいお店に誘うついでに「昴くんの家にも行ってもいい?」と聞いてみた。
「えっ、ごめん、イヤ、って言うか、ダメっ…でも何で?」
「そりゃまあ…友達として、「友達の家に遊びに行ってみたい」なんて普通でのことでしょ?」
「友達としてなら…まぁ、そうだけど…母さんに聞いてみないと分からない…でも多分…無理。綾乃さんのことが無理とかじゃなくて、僕の家が…ごめん。」
「いいよ、いいよ、気にしないで。」
ちょっと興味があっただけ。彼は家で、どんな風にくつろいで、どんな雑誌や本を読んで、どんな音楽を聞いているのか気になって。彼の家に遊びに行ったら、今まで過ごした幼い時の記憶も刻まれて、柱のキズや壁の落書きもあったりするのかな?お家の人と仲良くなってアルバムも見せてもらえたら最高なんだけど〜なんて妄想にふけっている間に、わたしは彼を困らせてしまった様で、昴くんの目がソワソワと泳いでいる。
「ごめん、ごめん。今度、わたしの家に遊びに来てね。」
電車は、滑るように駅に入って行く。
「また来週。」
「うん。」
電車は混雑していて、扉が開くと、わたしは、押し出されるように降りる。それでも窓際をキープしている彼は『また来週』と語る目をわたしに向けて静かに行ってしまう。長い10両編成の6号車一番窓の彼を見送ると、弾む足取りで改札に向かう。「バイト代も出たから、ママにケーキでも買って帰ろうかなぁ。」



土曜日はバイト。ディーサービスのパワーリハビリのスタッフとして雑用をしている。福祉の仕事にも興味があったので、土曜日の午前中の空いた時間の求人に飛びついた。パワーリハビリは、まだまだお元気な70・80・90歳のおじいちゃんおばあちゃんが、体操をしたり、マシンを使ってリハビリをして過ごしている「本当に要介護の皆様なんですか?」とお元気なお姿と声を張り上げておしゃべりする姿に、毎回感心してしまう。わたしのことも孫のように可愛がってくれて、この日も、雑用作業をしているわたしに、少し若目のおじいさんが、「綾乃ちゃんは大学生?高校生?」と声を掛けてくれた。「高校生です」と答えると、おじいさんは「僕の息子も高校生なんだよ、学校は川崎の市立校だけどね」と教えてくれた。「えっ、お祖父さん?高校生のお孫さんの話?」お祖父ちゃんにしては若いので、わたしは疑問に思って年齢を聞くと49歳。名札を見ると夏川と書いてある。「わたしも同じ高校です。夏川昴くんって知っていますか?」と声をかけると「知ってる、知ってる、僕の息子だよ」と教えてくれました。わたしは思いがけず、昴くんの家族に会ってしまった。だけど何だろう?昴くんのお父さんは、49歳というには随分お年寄りに見える。麻痺して動かない右側の身体を支える様にバランスを取って杖を着いて歩く姿は、おおよそ高校生の息子さんがいる働き盛りのお父さんのイメージからは遠く離れていました。






最後までお読みいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。

タイトルのイラストは
カタカナ様 のイラストを使わせていただきました。
カタカナ様  ありがとうございました。

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