【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第32話-春、修学旅行1日目〜紗霧③

 なんとなく。そう、なんとなくだった。占いの館にいた、中学生の集団がなんとなく気になっただけだった。
 スープチャーハンに舌鼓を打った紗霧は、店を出ると、向かいにある占いの館へと向かった。
 同じ占い師が空いている様子だったので、その前に立つ。するとなぜか占い師は、自分の顔を見るなり大きなため息を着いたのだった。

「お姉ちゃん…。もしかして、失恋とかしなかったかい?
 それも一生を左右するんじゃないかって思うくらいの」
 まだ何も言っていないし、占ってくれとも言っていない。しかしまさかの言葉に紗霧は大きく頷いて、無言で席に座るのだった。
 よくある占いの呼び込みのような、「何か悩んでない?」といったぼんやりとした言葉ではない。まるで何かが「見えて」いるかのような言葉だったからだ。
 占いが当たるのは、抽象的な鑑定に対して、本人が当たっている箇所を無意識に選択してしまう側面が否めない。
 中学生にとって、失恋は人生を揺るがす大事件だから、この占い師が言ったことも同じようなものかも知れない。
 占ってもらうことを決めたのは、占い師がなぜか言葉の後に頭を抱えて、もう一度深くため息をついたからだった。
 占い師は、紗霧が口を開く前に手で制してくる。そして紗霧の生年月日や血液型、性格などを次々に当てていく。最後に、失恋の時期までも…。
 紗霧が目を見開くと、ようやく占い師は安堵の表情を浮かべるのだった。
「良かった、一瞬私の目がくらんでしまったのかと思ったわ。ちゃんと見えてる」
 意味深な発言の後で、ようやく占い師が紗霧の言葉を促した。
「何を、見て欲しい?お姉ちゃんみたいなお客さんは本当に珍しいからね。おばちゃん全力で答えてあげるね」
 そう言いながらも、占い師は背中に冷たい汗をびっしょりとかいていた。
 まさかと思ったのだ。同じ日に、しかも続けて三人も同じオーラが視えたのだ。
 運命の人が二人いて、しかもその二人とすでに出会っている中学生。
 目の前の少女と、前に占った少年、そしてその後ろにいた彼の親友であろう少年。
 三人ともがまったく同じ鑑定結果だったため、占い師は店じまいして、早く帰りたい気分でいっぱいだったのだった。

「運命の人が近くにいる?」
 紗霧が占い師の言葉をオウム返しにした。それに占い師は慎重な面持ちで頷く。なんとかすれ違った二人を会わせる事は出来まいか。
 占い師がその方法を考える。ちょうどそれは、奇しくも理美が貴志を責め立て、紗霧を探させようとしていた頃と、ほぼ同時だったのだ。
「何か彼との間に約束があったのなら、それを果たしなさい。
 さっき占った中に、きっとその彼がいるわ」
 占い師は職業上のプライドをかなぐり捨てて、紗霧に告げた。本来他の客のことは話してはならない。それでも、目の前の少女に視えた過去は、あまりにも悲しすぎた。プライドを投げ捨ててでも、伝えてやりたかったのだ。
「私が約束を守れなかったんです。合わせる顔もありません」
 紗霧は俯いてしまう。その返事の言葉すら占い師にとって、予想していた通りの言葉だった。
「向こうも同じように感じてるかも知れないよ。
 合わせる顔なんてね、顔を合わせないと、あるかないかなんてわからないのよ。
 だって会いたい気持ちにブレーキをかける時にしか、そんな言葉使わないんだもの。
 会うのが気まずかったり、怖かったり…。だから逃げる言い訳が欲しいだけの言葉。
 運命からは逃げちゃだめよ」
 占い師はまっすぐに紗霧を見つめている。そして優しく頷いた。
 紗霧は左手をポケットに入れた。フクロウの木工細工を強く、強く握りしめた。

 貴志が近くにいるのかも知れない。彼との約束を果たす?
 二人で旅行誌を見ながら、いつか行きたいと話した店は、すでに行ってしまった。かなり満腹だけど、もう一軒くらいは入れるだろうか。
 一緒に食べたいね…。そう話した餡掛け焼きそばの店がすぐ近くにあった。
 占い師に鑑定料を支払い、紗霧は頭を深々と下げた。踵を返し、市場通の方に歩いていく。
 占い師は、大きくため息をついた。
「まるで悪徳商法に勧誘してるみたいな話し方しちゃったな…。私も焼きが回ったよ」
 そう言って帰り支度を始める。
「今日は調子が悪いから、早上がりさせてもらうよ」
 こんなにも人の人生に深入りする鑑定は珍しい。もう疲労困憊だった。今日は持てる力すべてを使い果たしてしまったのだ。
 逃げるように仕事場を後にする。一刻も早くこの場からいなくなりたかった。

 市場通に入ってすぐの所に、その店はあった。のれんをくぐり席につく。
 頼んだ餡掛け焼きそばが配膳された。それはとても不思議な一皿だった。
 餡はかかっていない。餡を焼きそばが包んでいるのだ。他の客も、その不思議な見た目に写真を撮る手が止まらない。
 手を合わせて一口目をいただく。
「おいし…」
 フクロウの木工細工を取り出して、顔を見つめる。その顔は笑顔だった。
 貴志の作ってくれた、笑顔のフクロウ。彼に似た優しい笑顔で、フクロウは紗霧を見つめている。
 彼はすでにこの一皿を食べただろうか。それとももう一軒の店で、スープチャーハンを食べたのだろうか。
 本当にこの街にいたとしたら、彼はどちらを選んだのだろう。

「すいません、何回も…」
 貴志はスープチャーハンを食べた店に、再び顔を出していた。女性スタッフが笑顔で振り返る。
「忘れ物をしたかも知れなくて」
 スタッフに声をかける。
 それは大きな忘れ物だった。探しているのは、彼の初恋の人…彼の青春そのものなのだから。
 スタッフが首を振り、貴志は店を後にする。
「あ、お兄ちゃん!後に入ってきたお客さんが、スープチャーハンとジャスミンティー頼んでたんだけど、知り合いかな?」
 貴志が静かに扉を閉める直前に、スタッフが思い出したかのように声をかける。
 人数を尋ねると、女の子一人だったと答えが返ってきた。
 それだ!忘れ物を見つけた!紗霧はやっぱりこの街に…いる!
「ありがとうございます!忘れ物を見つけました」
 貴志は静かに扉を閉めると、市場通の方に向けて駆け出した。
 向かうのは餡掛け焼きそばの店。最初の角を左に曲がってすぐにその店はあった。
 そこは市場通ではない。その店は、二軒あったのだ。

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