【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第31話-春、修学旅行1日目〜理美③
「瑞穂ちゃんたち、なんかトレンド入りしてるっぽいよ」
理美が横浜中華街で検索をかけると、見慣れた制服の後ろ姿が引っかかった。どうやらゲームセンターでとんでもない快進撃を展開しているらしい。
あの二人がガンシューティングなんかしたら、そうなるだろうな。一心不乱にゲームをしている二人を想像したら、自然と笑みがこぼれてくる。
「油断しすぎだよ、貴志くん。
今、普通に笑ってる」
理美の指摘で初めて気がついたのか、貴志が口元を隠す。どうもこの連中の前では、心も緩んでしまうらしい。
「悪いことじゃないんだけどね。少なくとも私は嬉しいよ」
理美の言葉に隼人も勢いよく頷いている。赤い髪で何度も頷くものだから、パンクロッカーに見えてしまう。瑞穂がいたら指をさして笑っただろう。でも今はいない。
「あの二人、どうなるかな〜。ひょっとしたら、これからはこの三人グループになっちゃうかも知れないね」
いや、修学旅行から帰ったらきっと私もこのグループにはいられない。後ろめたさが理美の心をよぎる。この後ろめたい気持ちを、ちゃんと貴志にぶつけないといけない。
だから今は、その前に言っておくべきことがある。
「貴志くんの運命の人、近くにいるんだってね。
二人目って誰のこと?」
理美がわざとらしく貴志に顔を近づける。こういう時、貴志は凄く嫌そうな顔をする。
それがたまらなく寂しく感じた時もあった。しかし今は、なんとなくその理由もわかる気がした。
「二人目については、俺も本当にわからん」
貴志はそっけない態度だが、同時に心当たりもない様子だった。
だとすると近くにいるというのは…。
たかが占いを、なぜここまで気にしてしまうのか。それはきっと、理美にとっても大事なことだから。
あの占いがまったくの的外れだと言うなら、それは今までと同じこと。
でも、もし…。もしもあの占いが当たっていたとしたら。坂木さんがこの中華街にいるのかも知れない。好きだった人の、好きな人が。この街に。だったら…。
「一人目はちゃんと心当たりがあるんだね。そりゃそうだよね。中学の間ずっと、好きなんだもんね」
唇の端を釣り上げて、挑発するように言葉を紡ぐ。挑発的な態度とは裏腹に、理美はとても慎重に言葉を選んでいた。
「貴志くんと坂木さんって、いつ別れたの?」
その言葉に貴志の顔が、苦痛に歪んだ。返す言葉が出てこない。
「そうだよね。答えられないよね。
だって…別れてないんだから」
理美がどれだけ嘲るように振る舞っても、貴志はただ唇を強く噛みしめるだけだった。
そう、二人は別れの言葉を交わしていない。二人の恋は、別れを交わすことなく終わってしまったのだ。自然消滅…。そう呼ぶには、それはあまりにもひどい幕引きだったのだけれど。
「何が半年間連絡を取り続けて、繋がらなかったよ…。
何が忘れられるなら、その方が良いよ。
自分が忘れてないくせにカッコつけて、馬鹿じゃないの?」
理美は声に軽蔑の色を滲ませた。不穏な空気に隼人が二人の間に割って入ろうとする。それを貴志は黙って手で制した。
どんなに悪く取り繕っていても、理美が本当は何を言いたいのか。それが強く伝わってくる。
バスの中での会話を拾って、貴志を焚きつけようとしている。理美の声は、貴志の傷口を深く深くえぐっている。しかし、なぜか腹は立たなかった。
だって、口元の嘲笑とは裏腹に彼女の目は、泣いていたから。
「会えない人を想い続けるような不幸はあっちゃいけないんでしょ?
貴志くんは坂木さんに対して、そう想ってるんだよね?
だったら…!坂木さんだって貴志くんには同じことを想ってるんじゃないの?」
そこで一旦言葉を区切る。一気にまくし立てた言葉はどれだけ貴志を傷つけただろう。
これは私にしかできない。なぜなら私は今日か明日には、貴志くんの前からいなくならなくてはいけないから。
まさか「あの」告白の前に、こんなやり取りをすることになるとは思わなかったけれど。
「たかが占いでも、ひょっとしたら…万が一って事もあるじゃない。
会いたいんでしょ?
だったら探さなきゃ…。なんで普通に、夜食を買いに歩いてるのよ。
山村くんと、瑞穂ちゃんを二人にしたら、後は解散して、坂木さんを探してみたらいいじゃない」
貴志はうつむいたままだ。よく考えると、こんなやり取りに南原くんを巻き込んでいるのは申し訳ない。理美の一瞬の目配せ。隼人はオロオロと落ち着かない。でも…今は彼に気を使っているタイミングではない。
「つまらない修学旅行の、つまらない自由時間だよ。集合まであと1時間あるよ。
たかが占いでも、坂木さんのことが好きなら可能性にすがりついて見せてよ!
でないと、私、凄く惨めだよ。
思い出の中の坂木さんにすら敵わなかった…そんな私は、惨めなんだよ」
理美の両目から涙が溢れる。中華街を通る人たちも3人の周りを避けて歩き、周囲は二人の様子をちらちらと伺っている。
中学生が繰り広げる痴話喧嘩。そんなエンターテインメントに群がる人たち。その散らし役に回りながら、隼人は二人に声をかける。
「夜食は俺が買っておくから、店と欲しいものをメッセしといてくれ」
普段鈍いはずの彼も、すべてを察しているようだった。隼人は一人で買い出しに行くつもりでいる。
理美は頷いてスマートフォンを操作し始める。そして。
「貴志くんがこういうの嫌がるのはわかってる。でも今日だけは、GPS共有させて」
理美は手際よく三人のGPSを共有していく。そして、隼人には夜食のメニューを送りつける。
「ごめんね…嫌なこと言ったよね。
坂木さんを見つけたら連絡するから」
それだけ伝えて彼女は二人に背を向けた。その背に俯いたままの貴志が、ようやく言葉を振り絞る。
「ごめん…高島さんが俺をどう思ってくれてたか知ってるくせに…。
辛いこと言わせてしまったね。
占いなんて、当てにならないけど、俺にはそんなの言い訳だよね」
そう言って理美に背中を向ける。二人はお互いに背を向けて頷いた。
「ありがとう。裕以外でここまで言ってくれた人なんか、今までいなかった」
それだけ言い残して、振り返ることなく貴志は歩き出す。もしも紗霧が来ているとしたら。もしも紗霧が不幸にも、自分を想ってくれているままだとしたら…。その時に彼女が向かうであろう場所。その心当たりに向かって。
彼は早足で歩いて行ってしまった。
「南原くんもごめんね。パシリにしちゃった」
そんな彼女の謝罪に、背を向けたまま隼人は振り返らない。
「良いから早く行けよ。
俺が先に行ったら、この野次馬達の視線が高島に集まっちまう。
早く行っちまって、暗いところで思いっきり泣いてこいや」
そう言って背を向けたまま片手を上げて、左右に振った。
そして周りを取り巻く人達に睨みを効かせる。赤い髪、鋭い目つき。その目にたじろぎ、観客たちは散っていった。
その隙間を理美が走り去る。貴志とは逆の方向へ。スマートフォンを操作して、メッセージアプリに「坂木さん見つけた」と仮入力しておく。本当に、見つかればどれだけ気持ちは浮かばれるのだろうか。
日暮れ前の空はまだ明るい。
集合時間までにまだ中華街を一周くらいはできるだろう。
理美には確信があったのだ。あの占い師の鑑定通りに、紗霧が近くにいることに。
あの時、周囲を見回した貴志の目線が、一瞬誰かを捉えたのを、彼女は見逃していなかった。
貴志の観察力はけして裕に劣ってはいない。ただ理性で蓋をしてしまったのだろう。彼女が、ここにいるわけが無いと。
貴志が確信を持てなかったとしたら、彼女は雰囲気が大きく変わっている可能性がある。
もし、もしもそうだとしたら、きっと彼女は…。きっと貴志の言う「不幸」な今を生きているに違いない。
会わせてあげたい。二人を。そして前に進んでほしい。
理美は歩みを早くした。
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