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【放課後センシティブ】



放課後ほど、繊細で幻想的なものは無い。

放課後そのものと言うよりは、放課後の教室に残る埃っぽい空気や木漏れ日、換気扇の止まる音。

風は街の音を乗せて、窓をすり抜ける。
川の流れが小石を洗うように、風が私の心にすっと吹いた。



………そこまで書いて浦川さつきは走らせていたシャーペンを止め手帳を閉じた。


「もうすぐ閉めるぞー」という日直の声が聞こえたからである。


「おい、帰るぞー」
「もう、6時なの!?」
「ねえ帰りカフェ寄ろうよ」
「待ってそういや今日塾だわ」
「えー!サボっちゃいなよー」
「明日の小テスト範囲どこ?」
明るいような疲れたような顔が口々に現実味を帯びたことを言う。
ざわざわした空気感の中でさつきは名残惜しく時計を見た。

――ひとりなら、完璧なのに。

さつきは高二になっても未だ夢見がちな少女のようだった。そうありたかった。

今の目標、それは『一人きりの教室で詩を書いている時にどこからともなく女の子がやってきて知らないところに連れていってくれる』というありえない展開が放課後に起こること。

静かじゃないとはじまらないよなぁ。


…と、それを毎日繰り返していた。






「今日はいるかなぁー」
相変わらず独り言の激しいさつきは、今日も見慣れた帰り道を、喧騒に包まれ排気ガスに塗れた歩道橋を、歩いていた。

さつきには習慣がある。

歩道橋から大きな公園を見る。
公園のベンチは幾つかあるが、そのうち一番公衆トイレに近いベンチに夕方佇んでいるおじいさんを観察するのだ。

歩道橋は危ないからね、不審者に挟み撃ちされるかもしれないし。
注意深い母親のいいつけはもう既に完全になかったことにされている。


なぜ、赤の他人で話したこともない老人一人のために歩道橋を渡るのか。


「…ひっ」

私がこんな声を出した理由。
なんだか今日はいつもと違ったのだ。






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