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クリスマスのベルの音が意味すること

(・・・うーん、困ったなぁ。。。なんか雰囲気の悪い会議になってしまったぞ。これは計画を実行に移さない方がいいかも・・)

僕はそう思いながら、右手のすぐそばにチラッと目をやった。そこには布の下にベルを隠して置いている。このベルは何ヶ月か前にアンティーク市で手に入れたものだった。

時は10年近く前のクリスマス時期。場所は僕が働いていたドイツの会社の会議室。

その会社では、毎週月曜日の朝に定例の会議を開催していた。名付けてマンデーミーティング、つまり月曜会議。

その会議にはヨーロッパ中から同僚たちが電話会議で参加する。僕は他のドイツ人同僚たちと一緒に主催者としてドイツから参加していて、その他にもフランス、イタリア、スペイン、イギリスの拠点から電話会議で参加する人たちも。そうそう、あとロシアもいたな。

その定例会議の司会は、僕の役割だった。

アンティークのベル

時を何ヶ月か巻き戻す。その年はドイツで働き始めた最初の年で、秋に奥さんとアンティークの市へ行った。アンティーク市では日本ではなかなか目にかからないものが売られていた。たとえばヨーロッパの古い食器類や、アクセサリー、銀製品、古道具、昔のポストカードなどなど。

そんな中で僕が惹かれたのは、年季の入ったベル。いかにも昔のお屋敷で使用人を呼ぶために使っていたのかな、と思わせるような、古いけれども厚みとともに威厳を備えたものだった。手に取ると、明らかにずっしりと重い。

「よし、これを会社で使ってみよう。会議の集合の合図で鳴らしたりしたら、みんな笑ってくれるんじゃないかなー」

とかニヤニヤと想像しながら買った、真鍮製と思われるベル。

でも、なかなか使う機会がないままに、時が過ぎていった。

そして、クリスマス前の今年最後の月曜会議で、締めのタイミングでこのベルを鳴らしてみようというアイデアが浮かんだ。まあ、ベルの音ってなんとなくクリスマスっぽい雰囲気でよさそうな気がする、という程度の軽い思いつき。

よし、決めた。月曜会議の席にコッソリとベルを隠して持ち込んで、最後の締めとしてならしてやろう。

険悪な会議

でも、そんな年内最後の会議は・・、ありがちではあったけれど、険悪な雰囲気だった。

理由は思い出せない。が、原因になりそうな要素はいくらでも転がっていた。部門間のいざこざが会議に持ち込まれたりだとか、ドイツ人が高圧的だといってイタリア人がケンカを吹っ掛けるとか。火種はいくらでもあった。

そんな中で僕は司会として議論の収集に難儀しながらも、なんとかアジェンダを進めていく。

いよいよ最後の議題が終わりそう。僕の中で緊張が高まった。

そこで、冒頭の僕の逡巡につながる。

こんな雰囲気の中で、ベルをチリンチリ~ンって鳴らすのってどうなんだろう?ナンダコイツハ、って思われないかな・・・。

でも、せっかく仕込んだネタ。この機会を逃したら、次はいつ使う機会があるか分からない。そして次の月曜会議はクリスマスを経てしばらく先だから、みんな忘れているだろう。

よし、やるぞ!と意を決したら、勢いがついた。


「はい、何か質問やコメントは。・・特になければ、これで全部の議題が終了しました。・・ハイ、ところでみなさーん!今日は今年最後の月曜会議。もうクリスマスは目の前に迫ってますね。ではみなさんとご家族の健康を祈って、メリ~、クリスマ~ス!!

といいながら、右手の横の布をサッと取り去って、ベルを手に取って。

ちりんちり~ん!

反応はどうだろう。恐る恐る、みんなの顔を見回す。

少し時が止まったような間があって。

すると、それまでは険しい顔をしながらダミ声で言い争っていた人たちの顔が、まるで顔に光が射したようにパアっと明るくなって、口角が上がっていった。

メリー、クリスマス!!

みんなが口々に言う。それから、

ゴンゴンゴンゴン!

グーのこぶしでみんな机をたたく。これは、ドイツの会議では拍手と同じ意味。電話会議の先からも、メリー、クリスマース!の声が次々に聞こえてくる。

みんな笑顔と弾んだ声。そうやって今年最後の月曜会議を終えることができた。僕はなんとか狙っていたネタを披露することができて安堵した。

クリスマスのベルの音の意味するところ

当時の僕は、このベルの意味を知らなかった。でも、いま思い返すと、たぶん誰かが言っていたんじゃないかな。

クリスト・キントがやってきた!

って。

このベルの意味を知ることになるのは、それから何年もドイツで生活した後のことだった。

さて、なんのことかお分かりでしょうか。

では、それを探るために、ドイツのクリスマス文化に関わるスケジュールをざっとみてみよう。結論だけ見たい人は、12月24日までスクロールしてください。

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クリスマスまでのスケジュール

*ドイツの中であっても、地方や世代によって過ごし方はかなり違うという前提でご覧ください。

<11月下旬頃の日曜日>

アドベント期間がはじまる。この日から4週間はクリスマスまでの日を指折り数えて過ごす期間。

例えば、アドベントカレンダーを飾ったり、週末にはアドベントクランツの飾りにローソクを灯したりして、クリスマスを待ちわびる。

アドベントの4週間の間に、シナモンなどスパイスがたっぷり入ったクッキーを焼いて食べたり、それを会社に持ってきてみんなに振舞ったり。また、ドレスデン地方ではシュトレンを食べたりする。食べ物や飲み物の味やにおいは、人々に季節感を感じさせて、気分を高める良いツール。

<12月6日>

聖ニコラウスの日。12月5日の夜または6日の夜には、子どもは靴を玄関の外に置いておく。すると夜の間に密かに聖ニコラウスがやってきて、その靴の中にチョコレートなどの甘いおやつ、みかんなどの果物、ナッツ類などを入れておいてくれる。

でも、聖ニコラウスの日の前には、子どもは親から脅される。「あんたがこの1年悪い子だったなら、ニコラウスさんの代わりに、クランプス(なまはげに似た化け物)がやってくるんやでー、そうなってもお母ちゃん知らんでー」と。

<12月のいつでも>

子どもは、クリスマスにどんなプレゼントが欲しいのかを紙に書いて窓の外に張り付けておく。するとクリスト・キント(=幼児のイエス・キリスト)が天から降りてきて夜の間にその紙を読みに来てくれる

もちろん親は、紙に何が書かれているかをチェック。

この中央の幼子のイエス・キリストが、クリスト・キントと呼ばれる

また、アドベント期間が始まるとともにクリスマスマーケットもスタート。親はデパートでクリスマスプレゼントを買った帰りに、クリスマスマーケットで友達とグリューワインを飲みながらおしゃべりをしたり。

この時期には、家の中にクリスマスの雰囲気を高めるデコレーションを飾る人が多い。例えばくるみ割り人形を出してみたり、家のリースをクリスマスバージョンに変えてみたり。

また、友達・ご近所さんまたは親戚などへチョコレートなど贈り物を贈って交流したり、人を家に招いたり。

<12月24日>

さて、いよいよメインイベント。12月24日には家族や親せきが一つの家に集まって過ごす。

24日当日は、リビングルームの中で家の家長(おじいさんやお父さん)がツリーに飾り付けをする。その間は部屋に鍵を掛けて家族が入ってこられないようにして、リビングの中は見せない。そして飾り付けが終わったら家長が出ていくけれど、リビングは鍵を掛けてそのまま誰も入れない「秘密の状態」にしておく。

そして例えば16時あたりから、家族全員で教会に行ってミサに参加して、みんなでイエス・キリストの誕生を祝う。

終わったら家に帰ってきて、みんなはダイニングで特別なごちそうをゆっくり食べる。それが終わったらそのままみんなお話をしたりゲームをしたり。または讃美歌やクリスマスの歌を歌ったり、聖書を読んだり。こうやって家族や親せきのみんなで、ゆっくり団らんする。

適当な時間を見計らって、親は子ども達を子ども部屋に入らせる。または、みんな団らんしている間に、食器の片づけなどをしているお母さんが、少しの間こっそりと消息を絶つ。

・・・そのうちに、リビングの方から鐘の音がチリンチリーンと聞こえたら、それはクリスト・キントがリビングにプレゼントを置いて、こっそりと出ていった時に聞こえる羽の音

その音を聞くと、子どもたちが一斉にワーッとリビングに飛び込んでいく。

リビングでは、薄暗い照明の中でクリスマスツリーのライトが灯されていて、ツリーの下にはみんなのプレゼントが置かれている。子どもたちは、その美しさに圧倒されるとともに、喜びに溢れる。

なお、プレゼントをもらうのは子どもだけではなく、大人ももらう。基本的には家族みんなが、家族全員に対して何らかのプレゼントを用意するから。

子どもたちはプレゼントを開けて遊び始めるが、でももう夜なので、間もなく「さあ寝なさい」と言われる。でも子どもたちは興奮して寝つけず・・・寝床に行っても、プレゼントが消えてないかな?と確かめに起き出したりする。

でも、少々夜更かしして寝不足になっても問題ない。なぜなら、翌25日と26日は祝日でお休みだから。こうやって家族でクリスマス期間の数日を楽しく過ごす。

このようにドイツでのクリスマスとは、家族や親せきが集まって静かにお祝いをする「家族の大切な思い出の日」。

*スケジュールの部分は2年前の僕の記事を要約して再掲しました。

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さて、如何だったでしょうか。

僕が意味も知らずに月曜会議で鳴らしたアンティークのベル。そう、それはクリスト・キントがやってきたことを示す羽の音。

いま考えてみると、このアンティークのベルは、どこかのおうちで何代にもわたってクリスト・キントがプレゼントを置いていったことを告げてきたのかも知れない。

この音はクリスマス時期の幸福の象徴。だから、険悪な会議の後でも、同僚たちはみんなあんなに顔が明るくなったのだろう。

あの時の同僚たちはみんな、子ども時代のクリスマスの楽しい記憶がよみがえったのかな?

ということで、今回は僕にとってのクリスマスの懐かしい記憶でした。

さて、みなさんも良い子にしていたら、12月24日にはクリスト・キントの羽の音が聞こえてくるかも!?

by 世界の人に聞いてみた

追伸)いつも質の高い記事を書かれているイタリアのようこさんが、イタリアのクリスマス文化についての作品を投稿されています。ドイツと違う部分もあれば、似ているもの、似ているけど少し違うところが感じられ、拙記事と併せて読むと、これぞヨーロッパ文化の楽しみ方が味わえます。豊富な知識と経験に裏打ちされたようこさんの記事もぜひお楽しみを。

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