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経営学グッドフェローズ①:採用学が切り開く、経営管理論の新たなフロンティア


神戸大学大学院 経営学研究科 経営学専攻
服部泰宏 准教授

1. 神戸大学の次世代を背負う研究者
 経営学研究の西日本の拠点の一つが、神戸大学です。東が一橋大学。この世界の隅っこでなんとか生きている僕であっても、両大学出身の先生の研究を意識しないで過ごすことは出来ません。

 その神戸大学大学院経営学研究科は、この10年の間に転換期を迎えています。加護野忠男先生、坂下昭宣先生、金井壽宏先生、石井淳蔵先生と書店でビジネス書のコーナーに通う習慣がある人なら、一度は目にしたことがある先生方が次々に定年を迎え、神戸大学をさられました。

 今、まさに神戸大学の経営学は世代交代の時期を迎えています。
 その中で、いま注目の研究者といえば、服部泰宏先生でしょう。

 2010年に第26回組織学会高宮賞を受賞したことを皮切りに、人材育成学会、日本労務学会で学会賞を受賞された確かな学識とともに、日本の人事部HRアワードで書籍部門最優秀賞を獲得し、ビジネスの世界に確かなつながりを持つ、注目の研究者です。

2. 心理的契約からの雇用関係を統合する
 服部先生が経営学者として確かな学識を有しているのは確かですが、特に凄いのがこの若さで「採用学」という新たな研究領域を、学術と実業界との間をつなぐあらたな回路として生み出していったことです。

 服部先生の研究者としてのスタートは、心理的契約研究にあります。

 なぜ、人々は会社で雇用されて働くのか? 
 提供する労働力に相当する給料が支払われているから?
 職場で仲間と一緒に働くことそのものが楽しいから?
 その仕事をやることで、自分のスキルが伸びるから?
 

 おそらく、そのどれもが正解であり、どれかに要因を還元して説明することはできない。統計的手法で調べてみても、おそらくすべて「会社に雇用されて働く」ことに影響する要因として、結果が出てしまうでしょう。

 そこに、会社に対して従業員が心理的に交わす契約、という考え方から切り込んでいくのが、服部先生のアプローチです。

 人々にはいろいろな「働く動機」のもとで、会社に雇用され働いている。その一部か全部かは分かりませんが、会社側が従業員の「働く動機」に対してちゃぶ台返しのようなことをすると、「契約不履行=裏切られた」と感じ、生産性の低下や離職に繫がる。

 そう考えれば、心理的契約という視点から会社の従業員の関係を、良い職場でも悪い職場でも、動機の質的内容の違いに関係なく分析できる。そういうアイディアで、モチベーション論や組織コミットメントを統合していくような研究が、服部先生がアカデミズムとして取り組まれている一連の仕事だと思います。

3. 採用学の切り開く未来
 この心理的契約研究でも十分に研究者として高い評価を得ているにも関わらず、経営学者としての歩みを止めていないのが、服部先生のすごいところです。

 我が国では、大卒での新卒採用者のうち半分が離職すると言われています。これを心理的契約という視点から見れば、大半の新入社員は「裏切られた!」と思ったことになります。
 

 従来の経営管理論では、この問題について「リアリティショック」という考え方から、説明することが多いです。要は、入社してみたら、当初に描いていた希望と、職場の現実が違ってショックを受けるというものです。同時に、リアリティショックは「これじゃ駄目だ」と自分を見直して学習していく機会でもあるので、入社後に会社に適応を促す、組織社会化が重要である、という議論がなされていたりします。

 しかし、よく考えたらその議論、おかしくありません?
 夢を抱かせるだけ抱かせて、入社した後は「現実を受け入れて慣れろ!」って契約違反ですよね。結婚したらいきなりDV亭主に変貌するようなものです。どういう職種で、どういうスキルを持っている人をきっちり決めて採用手続きをすすめる米国を始めとした外資系企業で、そんなことをやったらパワハラで裁判沙汰になりかねません。

 じゃあ、外資系企業のような欧米流の人事制度と採用プロセスをとれば、解決するのか?


 「総合職」みたいな日本企業の採用の仕方にも、それなりにメリットがあり、それが日本企業の独特な強さになっているのも事実です。それこそ、各部署を数年おきにローテーションしていくことで、経営全般の知識と組織内の人脈を持つ人材が育てば、新製品開発や組織変革のプロジェクトでリーダーとなりうる人が育ちやすい。なにかトラブルが生じたときも、現場の連携で素早く上手く対処することもできる。そういう強みが、総合職の採用でもある。

 でも、「総合職」という何をやるかわからない鵺みたいな職種で採用していくわけですから、採用企業側も「頭が良さそう」とか「根性がありそう」という漠然とした基準で採用し、学生側は基準がわからないから画一的なリクルートスーツで、マニュアル本を忠実に演技するようになる。で、なんで取られた学生は、いくつかの内定先から「ここが良さそう」という期待をもって入社し、入った後に不幸なことに会社がDV亭主に変貌したりする。

 じゃあ、どうしたらよいか。「総合職」のような日本の雇用慣行の強みを活かしつつ、心理的契約のちゃぶ台返しが起こらないような、採用の方法を考えるべきだ。おそらく、服部先生が採用学という学問を提唱した理論的な背景と実務的な問題意識が、このようなものであると思います。

 服部先生は独創的な採用プロセスを実施する、日本の企業の事例を分析し論文として発表しつつ、一般の方にも面白く読める書籍をマシンガンのように連発されている、いま注目すべき経営学者の一人です。

 話題となった書籍『採用学』を読まれるのも良いですが、気鋭の経営学者、服部先生の真の凄さを知る意味で、僕が読んで一番面白かった論文を一つご紹介いたしますので、ぜひお読み下さい(ちなみに、共著者の矢寺先生も、人材派遣業に関する研究でイカした研究を発表されている、超優秀な若手研究者です)。


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