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デザインの寿命

「デザインの寿命とは?」

デザインにも寿命が存在する。

かの有名なクリエイティブディレクター「佐藤可士和」さんの言葉をお借りするならば、「デザインの耐久性」だろうか。

その時に美しいと感じるデザインであっても、数か月、数年後に古くさく感じてしまうことが多々ある。

デザインが寿命を迎える理由として、「時代相違」「物理的な寿命」「人々の愛着」「文化的価値」「造形的なバランス」など様々な理由が存在するが、如何にして寿命を長く保つかが難しい。

世の中には、レトロさで再評価されて、日の目を見るモノも存在するが。

自分が関わったものは、数年後、何十年後も残っているのだろうか?
独りよがりにモノやコトを考えていないだろうか?

デザインをしていて「恐怖」に駆られることが多々ある。
私は、過去に公共建築の設計に関わってきた経験が多いため、建築のように規模が大きく、一度完成したら取返しのつかないモノは特に考えてしまう。

フラッシュアイデアのように、自他ともに面白いと思ったことであっても、
冷静に長い射程で見て作って良いものなのか判断するよう心掛けている。

決して感覚的にデザインされたモノや流行モノを否定しているのではない。
産業や商業、アートなどの社会的な背景設計者・デザイナーのスタンス違いも影響するからである。

「建築デザインの寿命の話」

建築デザインの寿命で、面白い話がある。

紙管を構造とした仮設の「紙の教会」と鉄骨造の「赤坂プリンスホテル」の話だ。

前者は、建築家 板茂が阪神淡路大震災の時に建てた仮設の教会。
後者は、建築家 丹下健三が東京・赤坂に建てたホテルである。

この二つの建築の末路は、どのようになったのか?

「紙の教会」は、1995年の震災後から約27年の歳月が経った今でも、台湾で人々に親しまれた教会として使用されている。
その一方、「赤坂プリンスホテル」は1982年に竣工し、約30年解体されてしまった。

莫大な総工費で建てられた「赤坂プリンスホテル」に対して、紙管で作られた「紙の教会」では、どちらが仮設建築だかわからない。

もちろん用途も時代背景も違うが、このことから有名な建築家が設計したとしても、後世に残る建築ができるとは限らない。

「後世に残るデザインとは?」

後世に残るデザインとは何か?
答えは何十年後、何百年後にわかるはずだ。

私は、「背景と普遍的な美しさ」を意識するようにしている。
フランク・L・ライトの「落水荘」、ハンス・J・ウェグナーの「Yチェア(CH24)」など、何十年の時を経ても愛されている美しい作品が世の中にたくさんありふれているから。
時代、社会、機能、人々の想いや意志などの背景に裏付けされたデザインになっているか。
また、設計者が語らなくとも、そのモノに力強い普遍的な美しさが存在しているか。

自身に問いかけながら腑に落ちるデザインを日々、模索している。

この話をきっかけに、デザインに興味がなかった人も、身の回りのモノやこれから購入するモノのデザインに意識を向けてくれれば嬉しい。

そうすれば、数十年後のあなたは、愛おしく想えるモノに囲まれているはずだから。。




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