「同人誌1部しか売れなかった」トラウマを克服 デジタルネイティブ作家が語る、ファンに応援されるものづくり
Twitterで1ページ漫画を発信し、約8万人にフォローされている福田ナオさん。
主にゆとり世代に向けたあるあるネタが人気を集め、今年5月には初の著書も出版されました。
そんな福田さんはもともと絵の仕事をされていたわけではなく、去年の3月に会社員を辞めたことがきっかけで今のような活動を始めたそうです。
去年12月にインタビューした際は、活動を始めたきっかけや作品づくりで気をつけていること、クリエイターが支援を受けられるサービス「pixivFANBOX」でファンに支えてもらって活動を維持できていることなどについてお話しいただきました。
しかし当時はまだ、主にお金の面の不安から、「クリエイターとしての活動を続けられるか不安」だともおっしゃっていました。
それから半年以上経ち、より活動の場を広げてコンテンツを発信し続けている福田さんに、クリエイターとしての生活のリアルを聞きました。
前後編でお届けするインタビュー、今回は後編となります。
前編はこちらから。後編からでもお読みいただける内容となっていますが、合わせてどうぞ。
コミケ100でトラウマを乗り越えられた
ーー福田さんは先日のコミケ100(第100回目のコミックマーケット)にも参加されていましたね。過去には同人誌即売会に参加し、1部しか売れなかったトラウマを漫画にして公開されていましたが……。
福田:コミティアでのことがきっかけで、漫画や絵を描くこと自体が嫌になっちゃった時期もあって。
それ以降、二次創作の同人誌を描いて出したこともありましたが、刷ったのは数十部くらいという感じでした。なので今回、コミケでオリジナルの本を出すことは自分にとって怖い挑戦でした。
普段ネットで活動していて、「福田ナオ」でエゴサしても、本当に引っ掛からなくて。
だから、フォロワー数はそれなりの数だったとしても、自分の作品を熱心に読んでくれている人ってどれくらいいるのかがまったく見えないんですよね。
商業で本を出版した経験もあるわけですが、知らない人が自分の本をレジに持って行って購入している様子を生で目撃したことはないので、「私の本を買ってくださった人って本当にこの世に存在しているのか……?実はすべて幻なんじゃないのか……?」という気持ちもありました。
そういった背景から、コミケで本を出しても売れるイメージが湧かなくて、後から知人に言ったらびっくりされるくらい少ない部数しか刷らなかったんですよ。
福田:内容としては、KADOKAWAさんから出した本とは被りがないようにTwitter漫画をより抜きで収録したものなんですが、会場分・委託(編注:店舗やECサイトで作者の代わりに同人誌を販売してもらうこと)分ともにお陰様で完売できました。
そこで初めて、ちゃんと私のコンテンツを見てくださる方って本当にいたんだという実感が得られました。
ーートラウマの克服につながったというか。
福田:会場ではすごくたくさんの方が、いつも読んでますとか、Twitterでよく見かけるから買いますとか、商業の本も買いましたというふうに言ってくださって、その後もTwitterで感想ツイートを見かけることもあって。
初めて生で読者の方を確認できたので、自分のコンテンツを売ることへの不安が解消されたし、これは商業本を出すだけでは得られなかった感覚ですね。
自分としては、今回のコミケはそこに価値がありました。
ーーネットネイティブのクリエイターである福田さんにとって、リアルで本を売る今回のコミケはどのような位置付けだったのでしょう?
福田:コミケで本を出すことに関しては、以前FANBOXを開設したときのような葛藤はありませんでした。
FANBOXはどうしても、「これでお金を取るのか」みたいに言われるのが怖かったんですが、Twitterで日常的に漫画を描いて、それを本にしてコミケで出すというのは、慣習としてよくあることだと思うので。
自分の場合は、商業で出した方の単行本にはいろいろな制約で収めきれなかったものがかなり多く、そこを補うための一冊をコミケで出したいとはずっと思っていました。
ですから今回の本は、当たり前にそこにあるものという感じです。
ーーなるほど。
福田:一方で思うこととして、自分がコミティアで1部しか売れなかったときのことを思い出してみると、昨今の即売会は、現地に着く前のネットでの活動の段階で、既に勝負がついちゃっている面はあるなとも思います。
だからこそ、ある種の腕試しというか、これまでの活動の成果を可視化するための場所みたいな認識でもありました。
商業本を出す前は、コミケに本を出すことへの不安もかなり強かったですが、やっぱり普段のインターネットでの活動を経て、「爆売れとはいかなくとも、流石に誰一人も来ないことはないだろう」と思えたことで、勢いづけたのだと思います。
「部数をかなり絞ったけど、もっと刷ってもよかったのかな」など、実際に出てみないと分からないことがあったし、びびっていてもしょうがなかったなというのが今時点での感想です。
ーーお客さんの生の声を聞いたことで、今後の活動にも還元されそうですか?
福田:そうですね、自分の作品を見てくれているのがどんな人たちなのかが、より明瞭になったのが良かったです。
私が描いているのって、主に自分と同世代の人たちに「あるある」と思ってもらえるようなネタなので、大体20代後半〜30代半ばくらいの人たち、どちらかというと男性の読者さんが多いだろうなと思っていたんですけど。
実際にコミケで私のスペースに足を運んでくれた人たちは、もともと想定していた客層にかなり近かったんですよね。もちろんコミケの性質上、来る人自体に偏りはあるかもしれないんですけど。
自分が戦おうとしている市場というか、「こういった方々に読んでもらいたい」と考えてコンテンツを出していく上で、実際どうなのかを確かめられたのは、生でやるイベントならではの意義だったと思います。
優しいコンテンツだけで食べていきたい
ーーでは、今後出していくコンテンツのヒントにもなりましたか?
福田:まあ、コミケがというか、もともとコンテンツを出していく上で大切にしていることはあって。
何かと言うと、負の感情を煽ったりせず、とにかくポジティブで優しい気持ちになれるような漫画を描くことです。
例えば、レポート漫画を描くにしても、「こんな人がいてすごく嫌だったんだよね」とか、「こういうことがあると落ち込むよね」みたいなものを描こうとは思いません。
自分のなかで活動の方向性が定まっていないときに、そういったネガティブな投稿をしてしまって、反響をもらったことがあったんですが、引用リツイートやリプライにすごく負の感情が渦巻いていて。
「そういうコンテンツは良くない」と言いたいわけではなくて、それを見て「よくぞ言ってくれた」と溜飲が下がる人がいたり、「こういうマイナスな感情を持つのって私だけじゃないんだ」と安心する人がいたりするわけですから、意義深いものだとは思います。
ただTwitterだと、そういう話はほかの人がたくさんやっているから、自分がやらなくてもいいなと。
ーー確かにTwitterは、どうしてもネガティブだったり刺激が強かったりする話題が目立ちますよね。
福田:自分はそういったネタをやらないで、例えるなら「道端の花が綺麗だった」みたいな話をずっと発信していきたいんです。
仮にネガティブな話題を出すとしても、「むかし同人誌が一冊しか売れなかったけど、今は前向きに描けている」みたいに、前向きな終わり方にしたいなと。
それは、読んだ人にどういう感想をもらいたいのかということだと思います。「なんか楽しかったね」と言ってもらえるようなものを作りたいんです。
一方で、「道端の花が綺麗だった」みたいな話って弱火というか、大バズしてすごくフォロワーが増えて、みたいなことにはなりにくいので、大変だなとは思っています。
ーー数字を伸ばすという意味では、負の感情を刺激するようなコンテンツってやっぱり強いですよね。
福田:それが悪いとは思わないし、人間ってそういうものだから、そういったコンテンツが増えていくのも自然な流れですよね。
ただ、ポジティブな話でもときどき成功することもあって、例えば最近だと7月に投稿したぬいぐるみを作ってみた話なんかは、ツイートもブログもたくさん見ていただけて、フォローしてくださる方も増えたんですよ。
とても幸せな形でコンテンツを届けられたかなと思います。
福田:私はどちらかというと、世の中に転がっている既存のネガティブの穴を深掘りしていくよりは、自分自身で穴(解消したい欠点など)や山(乗り越えたい課題など)を用意してそれを勝手に攻略していく、みたいなことをしたくて……。
普通の人はやらないようなことをやって、それを読んだ人が追体験できるような形でレポートできれば、それって付加価値と言えると思うんですよね。
インターネットのメディアって、「よくこんなアホらしいことを本気でやったな」みたいな企画がたくさんあるじゃないですか。
そういった、普通ではなかなかできないような体験をレポートして届けるのって、負の感情を刺激せずに面白くできるやり方の一つだと思うし、そういう方向性で厚みを持たせていきたいなと。
とは思いつつ、それを実際にやるのは簡単なことではないので、試行錯誤しているのが今の状況です。
ーー面白い企画を考えるのは、一筋縄ではいかないですよね。
福田:そうですね。このまま、ただ「あるある」を発射していくだけのマシーンでいいのかという焦りはあるので、もちろんそれを描くのをやめるわけではないですが、もう少しカロリーがかかるけどより価値あるものを作っていけたらと。
それを続けていくことで、より自分のカラーが出るし、応援してくださるファンの方も増えていくし、クリーンな方向性で活動していればお仕事の話にもつながりやすいんじゃないかという期待もありますし。
その一環として、家で画面に向かってネタを考えるだけではなく、Adoさんのライブに行ったり、利きビールをやってみたりというレポート漫画を出しているんです。
ーー以前よりも一手間かけた作品を描くようになったと。
福田:こういう話をすると、よく「誰も傷つけない表現なんてない」みたいに言われるんです。それはその通りだなと思いつつ、「自分は明るい話をやろうとしているぞ」という自分なりの納得感というか、線引きが大事だと思うんです。
例えばこの前、「朝に映画を予約しておくと、それを見るために早起きできて休日のクオリティが上がる」という話を描いたんですが……。
自分なりにポジティブな内容を出したんですけど、やっぱり「自分は寝坊癖があるから起きられない」とか「予約の時間に間に合わなくてお金を無駄にしたことある」とか、どうしても暗い引用やリプライを目にするんですよね。
福田:自分が描いたもので、読んだ人全員を楽しい気持ちにさせることはなかなか難しいのかもしれませんが、それでも「一人でも多くの方に明るい話を届けるぞ」と自分が納得感を持ってやれているかどうかが大切だと思うんですよ。
また、逆に「生きているだけでえらい!」みたいな全肯定型のポジティブもあると思うのですが、私自身が「いや〜……私という個体は……生きてるだけだとあんまり偉くないかもしれない…」と納得感を持てずなかなかやれなかったりします。
という感じで、ポジティブで楽しい方向性で自分なりの納得感を持ちながら福田ナオとしての活動を続けたいと思っているんですが、そんな考え方で食べていけるのかしらというのが、やはり不安なところですね。
ーーそれが、クリエイターとして次のステップに進むための課題という感じでしょうか。
福田:課題であり、成し遂げたい目標ですね。こういう方針で発信して食べていけたら、なんて幸せなことだろうと思うので、それを達成できるような活動を続けていきたいです。
◆
というわけで、クリエイターとしての活動を始められて1年半が経過する福田ナオさんに、改めてインタビューいたしました。
前回のインタビューに引き続き、福田さんは、「まだ全然イケイケというわけではないですが……」と慎ましやかに、またとても真摯にご自身の実情について語ってくださいました。
クリエイターエコノミーラボは、クリエイターのお金やキャリアについての事例を紹介していく媒体であり、今はプラットフォームを利用して直接課金でファンから支えてもらっているような、個人のクリエイターさんに重点的に話を伺っています。
業界の方に話を伺っていると、福田さんと同じようにファンから支援を受けられるサービスを利用しているクリエイターの中には、毎月かなりの金額を得ているという方のお話も耳にします。
そういった方の語るノウハウは、多くのクリエイターさんに取って価値があるでしょう。
一方で、活動を始めて比較的まだ日が浅い福田さんのような方が、いかにクリエイターとしての道のりを歩んでいくのか、その様子をリアルタイムに追いかけていくのは、すでに大成功したクリエイターに話を聞くこととはまた違った意義があると考えています。
今回の記事を楽しんでいただけたという方は、今後ともさまざまなクリエイターの事例を紹介していきますので、ぜひTwitterとnoteをフォローして更新をお待ちいただけますとありがたいです。
https://twitter.com/creatorecolab
https://note.com/creatorecolab/
◆
福田ナオさんが漫画を公開しているTwitterアカウントはこちら
https://twitter.com/fukku7010gmail1
『楽しいことしか起きない!福田ナオのわくわくインターネット生活』のご購入はこちら
https://www.amazon.co.jp/dp/B0B13WFPDW/
運営:アル株式会社
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?