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海外ドラマ「THIS IS US /36歳これから」にみる家族とメンタルヘルス 

(※ドラマのネタバレも含まれる記事です)

3世代にわたる家族のヒューマンドラマ

近年、毒親や親ガチャ、機能不全家族という言葉で表されるように、アメリカのみならず、日本でも様々な家族の問題があります。小さくても「家族」というのは、一つのコミュニティ。そのコミュニティには家族メンバーがいて、一人一人を見れば、そこには様々な人生があります。

人の人生には、幸せな時もあれば、もちろん傷つきや悲しみという不幸せな時もあります。良くも悪くも、そのような様々な過去を抱えた個人と個人が出会って、またそこから次の世代を生み出し、家族というコミュニティは存続し続けるのだと思います。

よく家族療法では、3世代を見れば、その家族の傾向が見えてくると言われています。そのため、その家族全体を理解する上で、3世代の家族構成や関係性を表す「ジェノグラム」という家系図を書くことがよくあります。そんな3世代にわたる家族から、どんなことが見えてくるのでしょうか?その答えは、2016年に始まりアメリカでは数々の賞を獲得し話題となった「THIS IS US /36歳これから」というドラマに見ることができます。

ジェノグラムの例

「家族」というタペストリー
このドラマは、アメリカ東部に住むジャックとレベッカというカップルから始まった家族3世代の物語。この家族を通して「愛」「繋がり」「縁」「人生」を深く感じることのできる、3世代にわたる壮大なドラマです。このドラマは2022年にシーズン6で完結しました。シーズン6と長いドラマですが、だからこそ見応えがあります。

このドラマは、進み方に少し特徴があります。ジャックとレベッカの二人の出会い、そして二人が結婚してからの家族の、過去・現在・少し先の未来といった時間軸が、入れ替わりながら進んでゆく構成になっています。観ているときに、すぐにピンっとこない部分もたまにあったのですが、それが最後で、「あの時の・・・」というように、必ずどこかに繋がってゆくのです。ジャック、レベッカ、そして二人の子供であるビック・スリー(ケヴィン、ケイト、ランドル)の人生を通して、自然な流れや形、紡がれる縁がよく写しだされていて、それらはまるで、それぞれの人生が重なり合いながら織りなす、「家族」というタペストリーを作り上げてゆく感じでもあるのです。最後は、レベッカの一生を通して、この家族が何を築き上げてきたのかという、家族の全容を深く感じることができるものとなっています。

色彩豊かな糸が織りなすもの

血の繋がりを超えて
このドラマで描かれる「家族」とは、血の繋がりや既存の型にハマるような「家族」ではありません。それぞれが自分の心に向いあい、自分の心に従って選んだ延長線上にある関係性が、自然とこの形作って「家族」となっています。自分の子供だけではなく、養子として家族に迎え入れられた子どもいますし、また結婚はせず、生まれた子どもを育てている二人もいます。そのほか、離婚したカップルが、それぞれ新しいパートナーがいながらも、共同子育てをしている様子も描かれていて、全員ひっくるめて、ジャックとレベッカから始まった家族として描かれています。(実際アメリカは日本に比べると、実に多様な家族の形があります)

またこのドラマの見どころは、家族の歩みだけではなく、ジャックやレベッカが生きた時代、そしてその子どもたちと孫達それぞれの時代の社会的背景とそこに伴うメンタルヘルスに関わる事柄が、このドラマや登場人物を通して垣間見ることができるところです。

その時代やその時の社会が様々な形で個人に影響を与え、それが一人の人生を、良くも悪くも彩るものとなっており、個人の目の前にある壁や降りかかる問題が、その個人や全体の家族の物語に深みを与えているのです。

彩りどりのテーマ

ドラマに映し出されている人々の人生に起こる出来事や、アメリカ社会から見えてくるテーマには、数多くメンタルヘルスに関わることが浮かび上がってきます。出来事としては、結婚、離婚、死別、喪失体験、DV・虐待、ベトナム戦争、政治への進出、人種問題(差別)、黒人と韓国人コミュニティ、解雇、障がい児の子育て、経済格差、養子縁組、介護、LGBTQのカミングアウト、アルツハイマー、コロナパンデミックと、実にいろんなことが出てきます。

ここから浮かび上がるメンタルヘルスに関わるテーマとして大きなくくりで「トラウマ」があります。その中に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、発達性トラウマ(幼児期逆境体験)、アイデンティティの危機(もしくは文化的アイデンティティの課題や帰属感)、アルコール依存症、摂食障害、うつ、不安障害(パニック障害含む)などがあります。また、世代から世代へ受け継がれている点と点もあり、家族に存在する世代間トラウマも見えてきます。そのトラウマ伝播を、どこの世代で、どのように止めることができるのか?そんなところも、ドラマを見進めて行けば、自然と見えてくるのではないでしょうか。

このように、たとえ、ジャックとレベッカの二人が深く愛し合っていたとしても、いつもいつも幸せいっぱいだったのかというと、そういう訳ではありません。そして36歳なった3人の子ども達にも、それぞれに抱える問題があり、時に前へ進めないこともあります。家族それぞれが苦しんだり、時には逃げたりしながらも、それぞれのペースで自分の問題に向き合いながら、様々な時代背景とともに織りなす心模様や、葛藤を抱えながらも、前に進んでゆく姿もドラマでは描かれていて、それもこの物語に深みを与えているところだと思います。

人生には、楽しく幸せな時もありますが、その逆に、悲しかったり、怖かったり、そして苦しい時もあります。また過去の出来事によって心の時間は止まり、足踏みしてしまう状況もあるのです。朝があれば夜もあり、明るければ、闇もある。むしろそれが自然で、「人生」というものなのかもしれません。

このドラマを観ていると、人生に起こる良いことも悪いことも、なんらかの流れや、誰かとの縁にも繋がっているという点と点がむずばれる時があります。それが見えた時、その人生の全体は、そのままでも良いのだという視点が生まれ、そうすると、あるがままの自分、そして他者をも受け入れたくなるような、とても優しい気持ちにもさせてくれるのです。このドラマは、観ている側にも優しい気持ちや愛を運んできてくれます。

繋がりの意味

良い時も悪い時も、そんな自分の人生を、またあるがままの自分を受け入れられるかもしれない、そんな気持ちになれるのは、やっぱりドラマのジャックとレベッカ、二人の愛があったからなのかもしれません。

そのままの自分を受け入れることができるようになる時、人は誰かとの深いつながりを、きっと持ち始めた時なのだと思います。ドラマの中で、誰にも相談せず、誰の助けを求めずに、自分で解決しようとする様子もあります。そんなドラマの登場人物達が、それでも前に進めたのは、そこにはやっぱり誰かがいたからなのです。あたたく見守る人がいる。心配してくれる人がいる。声をかけてくれる人がいる。本気でぶつかって来てくれる人がいる。時には厳しい本音をいってくれる人がいる。こんなふうに、その人と真っ直ぐに繋がろうとした周囲の人たちがいたからこそ、一歩踏み出す勇気が心のの中に生まれるのではないでしょうか。

ドラマでは、人との繋がり、そして自分を取り戻してゆくための自分との繋がりも描かれていて、その過程には、心理療法やサポートグループなどもドラマの中ではよく出てきます。それを見ると、アメリカ社会で、どれくらい心理療法が認知されているのかも見えてきます。

北米のメンタルヘルス事情

このドラマには、心理カウンセリング/心理療法、グループセラピー、サポートグループ、AAミーティング(アルコール依存症のミーティング)など、メンタルヘルスに関わる支援の場が出てきます。北米には、このドラマで描かれているように、それらの支援が実際に様々なところで行われていて、個人やカップルカウンセリングは、実に多くの方が利用しています。

海外ドラマを見ていると、メンタルヘルスがとても身近に感じられます。そんなアメリカですが、果たして日本に比べてメンタルヘルスの問題を抱えている人は多いのでしょうか?実際の数字は分からないので、何とも言えないのですが、ただ言えることは、北米におけるメンタルヘルスの問題は、日本に比べてより可視化されていて、比較的オープンに多くの人が話したり、また支援の場が開かれている印象があります。

ドラマの中でもジャックやジャックの弟のニッキー、そして息子のケヴィンはアルコール依存症を患っていて、AAミーティングやカウンセリングに行ったりしています。摂食障害を持っている娘のケイトもサポートグループに行ったり、夫と一緒にカップルカウンセリングを受けている様子も出てきます。また養子として迎えられた息子のランドルは、完璧主義でパニック障害もありますが、自分がどこから来たのか?という自分探しの旅のキッカケは、やっぱり心理療法/心理カウンセリングを受けたことから始まりました。ランドルが、自分探しのきっかけを得るまでに行ったセラピスト、そして自分のアイデンティティに向き合い始めた後に選んだセラピストに、彼自身が自分を取り戻す過程そのものがよくあらわれているなと思いました。

問題とは何か、そして回復とは?

家族3世代を見ると、その家族の抱えている痛みや苦しみ、また家族全体の傾向が実によく見えてきます。ドラマでも、なぜジャックやニッキーがアルコール依存になってしまったのか、ケヴィンやケイト、ランドルの悩みや問題も、家族の3世代の物語を見れば、様々な点と点がむずばれ、徐々に紐解かれてゆきます。そして自分と向き合い始めたビックスリー(ケヴィン・ケイト・ランドル)の心の成熟のプロセスを見れば、メンタルヘルスの問題が、ただ単に薬だけで治すものではないということもよく見えてくると思います。薬は対処療法です。ですので、もちろん必要な時もあり、助けてくれるものです。では本当の意味で心の回復とはなにか?

回復に向かうには、自己受容を含めた自己の確立、もしくは成熟するプロセスの過程で、すでに少し前でも触れましたが、自分との繋がりを取り戻してゆくことなのです。その過程で問題は徐々に解決され、症状は自然と小さくなり、やがては消えてゆくこともよくあるのです。

自分とのつながりを取り戻すために、自分が本当はどんなことを感じ、何を望んでいるのかを問いかけることから始まります。そして、今まで語られなかった感情や気持ちが語られた時、それら忘れさられていた私達の断片は、ようやく自分のものとして、徐々に全体の自分との統合が始まるのだと思います。それが自己受容のプロセス、自分の内側との繋がりのプロセス。それが人を成熟の道へと向かわせてくれるのです。

ドラマの中でケヴィン、ケイト、ランドルのビックスリーも、様々な出来事をくぐり抜けながら、大きな変容の道をたどってゆきます。シーズン1の頃とシーズン6の最後とでは、3人ともが全然違う人生の場所に到達していることが見えてきます。そんな3人の歩みを見れば、メンタルヘルスへの見方は変化するかもしれません。実際に、心の病気は悪いものでも、怖いものでもありません。むしろ、自己の成熟へ向かう機会(チャンス)となり得るのです。

人生とは

外側に現れる症状や問題をなくすことだけに力を注いだり、また幸せになるために何かをしたり、自分を変える事に焦点を当てるのではなく、その前にまずは、先ほど書いた通り、私たちが何を感じ、本当はどうしたいのか?と、心の奥の声に耳を傾けることが真の自己との深い繋がりを作ります。そして、それが自己再生の扉を開いてくれるのです。そうすると、自ずと次のステップが見え、そのステップの延長線上を歩き始めれば、また必ず喜びも幸せもあるのだと思います。

人は完璧ではありません。上手くいく時もあれば、失敗もあります。傷ついたり、悲しい時もあるのが普通なのです。それでも人はまた笑顔に戻ることができるし、自己再生の道は、誰にとってもあるのです。

ドラマから、それぞれの回復のプロセス、成熟のプロセスを見ることもでき、また、それぞれの変化を見ると、ジャックとレベッカから始まった家族の中に息づく「愛」と「繋がり」こそが、乗り越える力となっていることが見えてきます。その二人の愛と繋がりは、世代から世代へとしっかりと紡がれているのも見えてきます。トラウマも世代から世代へ伝播するかもしれませんが、それは「愛」「繋がり」によって癒すことが可能でもあり、また世代から世代へトラウマに変わる「愛」と「繋がり」を伝播してゆくことも可能なのです。「人生って捨てたもんじゃないな」と可能性を示してくれる、そんなドラマでもあります。

人生に思いを馳せる

「THIS IS US /36歳これから」を観ながら、気がつくと私自身も、ドラマのように、自分の人生の過去に行ってみたり、今を感じたり、未来を想像していました。そんなふうに自分の人生に想いを馳せていると、心の奥では、どこか儚く、悲しい気持ちが入り混じる感覚と、胸がいっぱいで涙が出そうな感覚と、そんな絶妙な濃淡が心の中に広がってゆきました。それは、どことなくノスタルジックな雰囲気も漂わせています。もしかすると、これが私にとっての「幸せ」なのかもしれません。人生を振り返りながら、心は暖かい気持ちになりました。

このドラマを観ながら、人生の流れの中で出会う人や出来事など、様々なことに想いを馳せながら、今、本当はどう感じているのか、本当は何を求めていているのか等、自分の人生について、時にはじっくりと考えてみるのも良いかもしれません。その問いかけが、人生を作ってゆくものとなり、ゆくべき方向を示すヒントになるのではないでしょうか。

Photo by Andrew Bui on Unsplash








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