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「働くひとの芸術祭」はじめます⑦-誰のものでもない“造形”と“語り”が「作品」になる-

  「人は『働く』『生きる』を自分の作品として価値生成できるのか」という問いを立てて書いた大学院の修士論文をかみ砕いてお伝えしている本連載。前回は、働くことについての日本の推移や世界的潮流、あるいはアート/アーティストの価値生成という、これまでの考察を踏まえた“実験・実践”としての「働くひとの芸術祭」の構想案をご紹介した。今回は、その構想を試す実験(2回のワークショップ)について綴って行きたい。

パイロット・ワークショップの実施
 

    第1回のワークショップは、大学院の同期や私を含む6名が参加し、昨年8月末に根津で開催した。会場となったのは、2022年3月に文京区根津の裏通りにある古民家を改装したコミュニティスペース「ねずづくりや」。最初の大学院の同期が開店した。そのホームページには、このように紹介されている。
 
「ねづくりや」では、朝昼晩、時間帯に合わせた美味しいご飯とカフェメニューで、ゆったりとしたひと時を過ごすことができます。また、日本各地から厳選した食品や雑貨の販売、ギャラリースペースの運営、トークショーやワークショップなどのイベントも日々行っていきます。街の「根っこ」を学ぶ、人と人の繋がりを築くよろず屋として、根津の街で皆さんのお越しをお待ちしています。

「ねずづくりや」ホームページより

 ワークショップは、以下の要領で進行した。冒頭、私から進行説明を行った上で各自1時間程度の制作に入り、その後、各自が制作の意図と「つくりながら感じた『働くとは』」ついての紹介を行った。全員の説明が終わったところで、ねずくりや自慢のランチを食しながら「雑談」を楽しんだ。
 
 ワークショップ後は参加者に以下のようなアンケートを実施すると共に
簡易アーカイブ化を行った。
 
①  ワークショップについての評価
②  制作とワークショップを通じて感じたこと
③  芸術祭をより良くするためのアイデア
 
 
①(ワークショップについての評価)については
「短時間ながら、皆で制作できる時間がありとても大切だと思った。また、作品を媒介に伝え合うことで、より深く皆さんのことを知ることができた」「一人で『働く』について考えるとマジメになり過ぎてしまうが、作品や感想に触れることで違う捉え方があることを知り、よりリラックスして参加することができた」
 
「『働く』という大きなテーマで自由に作品を作ることで、お互いの思考やこれまでの経験、未来への想いなどが様々なカタチで表現されたことが興味深かった」
 
という回答を得た。
 
②  (制作とワークショップを通じて感じたこと)については
「言葉によるディスカッションだと『こうあるべき』という思考になってしまうが、とてもやんわりと、かつ深いところまで理解ができた」
 
「年齢・世代や職業、働く環境などが作品に反映され体感できて興味深かった」
 
という回答を得た。
 
③  (芸術祭をより良くするアイデア)については
 
「展示してみるのも面白い。メタバース上でも!」
「日常、多くのことが起き、沢山の情報が溢れている中で、その場限りのこととして流してしまう習慣があるように思う。働くということをカタチにしようとした行為を通じての気づきや思考は、今後それぞれが咀嚼し自身の働くことに活かせて、はじめて社会の活性化という目的が果たせるのではないか」

といった回答を得た。
 
 ワークショップの開催とフィードバックを踏まえ最も興味をおぼえたのは、同じ「働く」というテーマでも、その捉え方がひとによって「ありたい働き方」「現在の職場の姿」「これまでや現在の自分の投影」とそれぞれ異なり、それに伴って異なる制作手法(デジタルツール、紙による制作、書道の技法、模型を使ったミニ・インスタレーション)を選択したことだ。加えて「対話」を通じて各人に多角的な思考や気づきが生まれた。
 
 アートは「問い」だと言われる。制作プロセスの共有と作品化を通じた「外在化」によって、働くことへの意味のある「問い」が生成された。一方、多様な制作手法に適した場所や時間などの環境設定や、その場での気づきを定着化し行動を促す工夫や、多様な領域で働く参加者による集いを継続的なコミュニケーションに発展させるなど、今後の課題も明らかになった。
 
 続いて、11月末に第2回のワークショップを、私を含む6名が参加し前回同様「ねずくりや」で開催した。
 
 テーマを「働く私たちのルールをつくる」と設定し、参加者には予め「自分が働く上で大事にしている5つのルール」と「3つの得意技」をA3ペーパーに好みの表現方法で制作し当日、持参してもらい、以下の要領で進行した。
 
 まず各自、自分の「5つのルールと3つの得意技」及びその表現方法について説明する。次いで、全30個のルールの中から各自、自分以外の2つを選び、好きな色の色紙に1枚1つのルールを表現する。並んだ12の色とりどりのルールを前に「私たちが選択したルールがある社会とはどのようなものか」「その中でどのような働き方をしたいのか」について感じたことをディスカッションする。最後に、ランチを食べながら「雑談」をする。

ワークショップ参加者による「5つのルールと3つの得意技」

6人が選択したのは以下の12個のルールだった。
 
「見ること」「きくこと」「ある素材で何とかする」「消失(失うものを考える)」「自分の引き出しを過信しない」「信頼関係を大切にする」「楽しむ」「離れること」「そなえること」「あいさつは自分から」「日頃インプットをたくさんしておく」「変容(変化させる)」。
 
 そして第1回同様、事後にアンケートを行うと共にアーカイブ化を
行った。

アンケートの質問項目は以下の通り。
①  ワークショップに対する評価
②  全員でつくったルールのある社会とは、どのようなものだと思うか?
③  その社会の中で、どのような働き方をしたいと思うか?
④  その社会の中で、自分の得意技を活かしてどのような貢献が
 できそうか?
⑤  その他、ワークショップを通じて感じたこと、気づいたこと

 
②(全員でつくったルールのある社会とは)については「個の尊重、他
者の尊重、重なりを知る、違いを知る、対話、実践」「自分も相手も思いやり、大切にできる社会」「お互いを気をつけあい、気を遣いすぎず思いやることのできる前向きな社会」「そのルール・信条があることで、プロフェショナルなものはより先鋭化され、より品質の高いモノや環境が生まれていく推進力になる」といった回答を得られた。
 
②  (どのような働き方をしたいか)については以下のような回答を得た。
 
「自由だけど成長しながら、社会に貢献できている実感を持てる
 働き方をしたい」

「多くの異なる価値観を持った人たちが集まり働く場合、それぞれが
 自律的であり、それぞれがリスペクトされたネットワークの中で
 働きたい」

「自分自身もゆとりを持って、色々な場所に赴き、面白そうなコトとコト、 
 ヒトとヒトをつなぐ役割で働きたい」

「誰かがいて、その人にとってどこかで役立っているはず、と思いながら
 仕事ができれば、それは幸福なことかもしれない」

 
といった回答を得た。
 

造形物を通じて「語り(ナラティブ)」という作品が生まれる

 
 2回に渡って開催したワークショップ後の対話を録音し文字起こしして改めて気づいたことは、働く一人ひとりの「オーラル・ヒストリー(語り)」が生まれていることだった。以下、作品と「語り」を対照して紹介する。
 
 第1回のワークショップでは以下のような語りが生まれた。

 

50代男性の作品

自分にとって、働くことは「チームでやること」なんですよ。自分だけでやるよりリレーみたいなもの。だけど、コロナでオンライン勤務になると、他の部署と話すのは会議とか業務しかなくなって・・・隙間が無くなると、そもそも同じ部署としか話さなくなる。自分の部署のことしか考えなくなるんじゃないか、とつくりながら凄く思っていて。「サイロ化」。自分の願望として「つながって欲しいな」と。仕事は「リレー」。バトンをちゃんと渡すという事は相手のことも考えなければならないし自分のことも考えなければいけない、というのが制作の意図です。(50代・男性)
 

40代女性の作品

今年の誕生日で50歳になるんです。最近、友達との誕生会では「この50年何をやっていたんだろうね」という話ばかりしています。人生100年で見た時に、ちょうど半分。「働く」は、今は労働だけれど「自分の時間を一番使っていること」が働くだと思った時、生まれてから親に守られて好きなことだけして、だんだん受験勉強とかをし出して、自分の時間が出来て来て・・。30代の頃はめちゃめちゃ働いて。これからは「余白」が増えて、もう少し楽しみとかの方に人生の時間が使えたら良いな、と思って。(40代・女性) 
 

20代男性の作品

働いている時に「引力」を感じるんです。仕事やクライアントに応じて、絶対こうしなければいけない、というものに引かれるのと、それに抗おうとしている自分がいる。そうした引力に抗いながら、飲み会とかで愚痴を言ったりミーティングしたりしながら、つながったりつながらなかったりとか繰り返しているのは、すごく「水」みたいだと思って・・・。(20代・男性)

60台女性の作品

呼吸で動くものをつくろうと思いました。「働く」を削ぎ落として削ぎ落して行った時に、体が動く呼吸で動く、体が動くことでエネルギーを作り出すことの大切さに気づきました。動いた結果生み出されたものであったりエネルギーであったり・・自分が動いて働いていることを愛おしく思えるように。この作品は「自分の体」。(つくりながら考えたことは)社会ができる前は自分が食べて生きるためにしか人間は動いていないし働いていない。社会や働くということは、結局「概念」なんだな、と。

 
 このような語りが生み出される背景は様々だ。50代男性の語りには、経済が右肩上がりに成長して行く現場で体験した「チームで働くこと」の成功体験や充実感が反映されている。40歳女性の語りは、男女雇用均等法が施行される中、男性に伍して働いて来た経験に裏打ちされている。20代男性の語りからは、自己と仕事を一体化して来た年長世代とは異なり、一歩引いて職場を客観視する視点が見て取れる。そして、アーティストである60代女性の語りは、自分の身体性に問いかけ、働くことの本質を問い直すものである。「語り」もまた、その人の内側から生み出されたその人にしかつくれない「作品」なのである。
 
 第2回のワークショップでは、協働して制作した「私たちがつくる働き方ルールマップ」を全員でながめながら、以下のような語りが生まれた。 

作品名「働く私たちのルールマップ」

「(マップを)パッと見た時に『尊重』というキーワードが生まれまし  
 た。DAOのように、何にも縛られていなくて、自分も大切だし自分以外  
 の人たちも大切で、そういうことがルールもなく出来ている。そうイメ
 ージするものと繋がっていくのかな」

「ネットや電気的なつながりが凄く大きくなってしまって、直接的・身体的
 に関われること、コミュニケーションがすごく大切になるんだろうな、と
 感じた」

「対話のない、それぞれの個人主義だと戦争も起きてしまうし、やはり対話
 ってすごく大切だな」

「自分から言いやすい環境が生まれると、自分からアイデアを出す循環が
 自然と生まれて行くのかな、と思った」

「このルールが実現するには、世の中の人が多すぎる。その中では自分も
 “その他おおぜい”だし、何をやっても無駄だし声を上げたところで届かせ
 たい距離が遥か彼方。紛れてしまえば楽なんですけど、紛れたくない自分
 もいて・・・」

「人口減少は問題だと思いますが、より関係性は濃厚になって行くん
 だろうな。でも、コミュニケーションを濃密にしたい人とそうじゃない
 人がいる」

「多様性は綺麗な世界だと思いがちなんですけれど、確かにものすごく面倒
 くさいんですよね。ダイバーシティって、こういう面倒くささを受け容れ
 て行くことが通過点にあるな、と」。

 
 この対話では、ありたい社会や働き方から始まり、それを実現するための課題やハードルに移り、それをどう乗り越えるかという協働的な語りが生まれた。また、第1回同様、自ら手を動かした「作品」を通じて生まれた言葉は、誰かから借りて来たキレイごとではない「自分の言葉」となっている。


「働くひとの芸術祭」私の場合

 では、筆者自身はパイロットの作品と「語り」によってどのような気づきを得たのか?
 
第1回ワークショップでは、自分にとって「働くとは」の要素を列挙した上で造形化し、それを俯瞰したいと思って制作した。

筆者の第1回ワークショップ作品

お金を稼いだり、学んだり、閃いたり、飲んだり食べたり・・。赤いビー玉は、これまでの経験や出逢った人たちとの「つながり」。20代のキャリアは「ジェットコースター」、50代になると「川」のようなものだと感じていたが、今は「海」のようになっている。制作の最後に、ふと右端にベンチを置いた。もう40年も働いて来たので、妻とふたりで少し落ち着いた生活を送りたいと思っているのだろうか・・・。しかし、対話の中で「けっこう賑やかで落ち着いている感じがしない」というコメントを頂戴した。それを聞き「まだまだ働くぞ」と「そろそろ落ち着きたい」気持ちの同居が、この造形に表れていることを感じた。
 
 第2回ワークショップでは、「人として間違ったことをしない」「信頼関係を大切にする」「誰かの力を安易に借りない」「創る」「楽しむ」という5つのルールと「書く」「つなげる」「妄想する」という3つのルールを、機械的ではなくイキモノとして働きたい自分の想いを造形化し、海中の魚にたとえて描いた。


筆者の「働く5つのルールと3つの得意技」シート

 選んだ言葉は「離れること」「自分の引き出しを過信しない」である。前者は、没入し過ぎず対象から離れ俯瞰して見ること、後者は常に自分を疑うことが大切だとの思いから選択した。組織に属していた時は知らず知らずのうちに行っていたことに、組織を離れると気づかされる。機械の歯車ではなく、大海原に一匹の魚となって泳ぎ出した今だからこそ、働く・生きる上で大切な軸を持つことの意味を実感していることを、自分の造形や選択した言葉から改めて自己認識した。
 
 次回(最終回)は、「『働くひとの芸術祭』が拓く未来」への展望を述べて締めくくりたい。

第1回 「働くひとの芸術祭」はじめます①(旅のおわり、旅のはじまり)|sakai_creativejourney|note
第2回 「働くひとの芸術祭」はじめます②(妄想と当事者研究)|sakai_creativejourney|note
第3回 「働くひとの芸術祭」はじめます③(あなたには「創造性」がありますか?)|sakai_creativejourney|note
第4回  「働くひとの芸術祭」はじめます④-「虫の眼」「鳥の眼」「魚の眼」で世界を観る-|sakai_creativejourney|note
第5回 「働くひとの芸術祭」はじめます⑤-アートの力で「Horizontal」な世界をつくる-|sakai_creativejourney|note
第6回 「働くひとの芸術祭」はじめます⑥-つくる、たべる、はなす-|sakai_creativejourney|note

#働き方 #キャリア #アート #芸術祭
 


 



 


 

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