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「働くひとの芸術祭」はじめます③(あなたには「創造性」がありますか?)

 前回は、2030年のありたい姿を“妄想”するとともに、当事者研究として自分のキャリアを振り返った。今回は、揺らいでいる「日本的雇用システム」の推移と、日本人の働くことやキャリアが直面する現在地について考えてみたい。
 
 日本が第二次世界大戦の敗戦から立ち直り高度経済成長期に入ったのは1955年だと言われ、その翌年の1956年に経済白書が「もはや戦後ではない」という有名な言葉を記した。2年後、日本的雇用システムの代名詞ともなった「3種の神器」という言葉が登場する。これは終身雇用、年功序列、企業別労働組合を指すが、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)の設立にも参画したアメリカのコンサルタント、ジェームズ・C・アベグレン(James Christian Abegglen,1926-2007) がその著書『日本の経営』(1958年)の中で提唱した。しかし、1991年3月にバブルが崩壊して以降、日本経済は安定成長期に入り1997年11月には山一證券が自主廃業、1999年3月に日産自動車が経営危機によってルノーとのアライアンス、いわゆるカルロス・ゴーン体制への移行に象徴されるグローバル化に突入して行った。それに伴い目標管理制度、役割等級制度そして成果主義などの、いわゆる「グローバル標準」の制度が導入される。2016年には安倍政権による「働き方改革」が多くの企業で導入された。
 
 だが、それらが功を奏したとは言い難い。それを証明するかのように、1998年度時点で日本企業32社がランクインした時価総額ランキングTop50は、2022年度は39位にトヨタ自動車がランクインしたのみである。また、日本企業に勤める従業員のエンゲージメントや人材投資は世界全体でも最低水準にあり、自己啓発を行っていない人の割合もダントツに高い。正に日本の企業は異常事態に陥っていると言って過言ではない。
 
 そして2020年、新型コロナという未曽有の事態が発生した。これによって、それまで一部に導入されて来たテレワークが一気に浸透するなど、企業はようやく本腰でアクションを始めたと言える。現在、一部上場企業を中心として、合言葉は
             「一挙に変革する」
 
である。事業環境の変化に伴う事業構造の変革、経営戦略の改革やそれに伴う人事制度の再編が一挙に行われている。
 
 この「一挙の変革」を象徴する企業経営や人事制度のキーワードが「ジョブ型」と「人的資本経営」だ。かつての終身雇用・年功序列という日本的経営における雇用制度を、その企業にふさわしいジェネラリストを育て人に報酬を与える「メンバーシップ型」と称し、それに対して職務に報酬を与える欧米型の制度を「ジョブ型」と呼称する。グローバル化に伴い海外特に欧米での売り上げ比率が高まるに従って、理解されにくい日本的なジェネラリスト型の働き方の見直しや、事業転換が行われ、それにふさわしい専門技術者を調達する「Employee on demand」型の採用の必要性が増し、企業の雇用・人材マネジメントの在り方も急速に、このジョブ型に転換しつつある。
 
 一方の「人的資本経営」は、企業価値評価をめぐるグローバル潮流が背景にある。事業環境の複雑化や多様化が加速する中で、改めてこれまで企業価値としての評価指標が定まっていなかった知的財産や人的資本という無形資産を重視し、評価者を株主から多様なステークホルダーへと広げるシフトが生まれている。いわゆる「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への転換である。
 
 2018年12月に国際標準化機構が人的資本のためのガイドラインであるISO30414を発表。2020年8月には米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して、人的資本の開示を義務化した。この流れを受け、日本では経済産業省が一橋大学・伊藤邦雄教授を座長とする研究会を組成し、いわゆる「人材版伊藤レポート」を発表すると共に、金融庁と証券取引所が「コーポ―レートガバナンス・コード」を改定し、日本企業導入の道筋を整えた。
 
 2022年1月の施政方針演説において、岸田総理は「新しい資本主義」の柱のひとつとして「人への投資の抜本強化」を掲げ、「人的投資が、企業の持続的な価値創造の基盤であるという点について、株主と共通の理解を作っていくため、今年中に非財務情報の開示ルールを策定します。」と宣言した。これを受け、内閣官房は人的資本投資の開示方針の策定を開始した。標準規格となるISO30414には19の開示項目があり、特に人材育成・能力開発、多様性などの活動内容が重視される。
 
 この「ジョブ型制度」と「人的資本経営」の導入については、それぞれ以下のようなチャンスとリスクが考えられる。「ジョブ型制度」については、経験に関わらずその人の持つスキルに正当な報酬が支払われるフェアで透明性の高い処遇が実現することがメリットとして挙げられる。一方、これまでの経験値の高い層が不利益を被ったり、日本企業ならではの愛社精神(ロイヤリテイ)が失われ企業文化が損なわれたりするリスクを有する。「人的資本経営」については、これまで「人こそが財産」であることを掲げて来た日本の企業の本質的な価値がグローバルで再評価されるチャンスがある一方で、開示のための数値管理が優先されることで、本質を見失った運用が行われるリスクをはらむ。また日本は、欧米の制度を日本固有の企業文化に即して咀嚼(そしゃく)しないままに導入する失敗を繰り返して来た。「ジョブ型制度」「人的資本経営」のいずれも欧米発の制度であり、本質を見失って流行に流されることを防止する必要がある。
 
 しかし、ジョブ型制度や人的資本経営の導入に伴って、好むと好まざるとに関わらず、キャリアと人材開発には変化が生じ始めている。これまで別個に行われて来た、キャリア施策と能力開発施策の連携が生まれている。まずキャリア形成意識を持ち見通しを立てた上で、望ましいキャリアに必要なスキルのアップデートを行い、それによってキャリアチェンジをして行くというサイクルである。これによって、これまでその会社にふさわしい一律の教育を集団で受けていたものが、これからは一人ひとりが自分の意思でアップデートする「パーソナライゼーション」にシフトしつつある。
 
 上記の潮流によって、これまでは会社にふさわしい人材としての「自立なき自律」だったものが
            「自立のための自律」

へとシフトしつつある。つまり一人ひとりの「価値生成・創造力」が、いよいよ求められる時代に入ったのである。この場合、考慮しなければならないのはテクノロジーの進展だ。既に人事領域では、AIを活用した「HRテック」が急速に浸透しつつあるが、能力開発の分野で注目したいのは「オープンバッジ」という仕組みである。これはブロックチェーン技術をベースとした技術標準規格にそって発行されるデジタル証明・認証である。これによって自らのキャリアデザインに沿って必要とされるスキルが見える化し、自分の市場価値の自己認識にもつながっている。アート領域では、ブロックチェーン技術をベースとした「NFTアート」の伸長も注目されている。人の能力開発とアートの価値生成を比較検証する上で、こうしたテクノロジーの影響も考慮する必要がある。
 
 だが、日本の社会人が抱える本質的な2つの問題点がある。その第一は

           「自分には創造性が無い」

という思い込みを持っていることだ。その原因のひとつとして、これまでの企業の人材育成体系が社の方針にいかに従順に沿うかを目的としたものだったために、人が本来持ち合わせているはずの創造性を育む能力開発をまったく行って来なかったことが挙げられる。加えて、企業に閉じた訓練を受けて来たために、多様な人々と協働して何かを生み出すマインドとスキルを欠いていることである。社会の複雑さが増し、より多様な業界や人々との協業を求められるこれからの時代において、この「自分には創造性がない」という思い込みは個人としても企業としても大きなリスクとなる。
 
そして第二は
           「正解のあるものを求める」

意識が強いことである。主たる要因は、小学校から大学に至る「正解を与えようとする」教育の在り方に根差している。「正解のない時代」に正解を求めようとすることもまた、今後の個人と企業双方にとって大きなリスク要因となる。
 
 いま日本は、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と言われた大きな環境変化が新型コロナによって加速し、企業等が変革のスピードを上げる中、更にグローバルに追随するのか、あるいは人間本来の能力を開発し日本が本来持つ企業風土を活かしてあるべき働き方や生き方を再生することができるかの分岐点に立っている。改めて、日本本来の強みを活かしながらグローバル時代に生き残る「第3の道」をめざす必要がある。だからこそ、これまでのような欧米の仕組みを無自覚に受け容れるのではなく、より俯瞰的で文脈をたどる視点が必要となる。こうした問題意識から、次回は世界の動向に目を移したい。

第1回 「働くひとの芸術祭」はじめます①(旅のおわり、旅のはじまり)|sakai_creativejourney|note
第2回 「働くひとの芸術祭」はじめます②(妄想と当事者研究)|sakai_creativejourney|note

#キャリア   #働き方 #アート #創造性 #ジョブ型雇用 #人的資本経営

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