上京①~大学受験よりも怖かったもの~

キャリーケースを引きずりエスカレーターを降りた。カードキーを差し込み、やっとのことで宿泊部屋に入れたのでホッとしたと記憶している。
ダラダラとしたいところだが、加湿器と暖房のスイッチをONにし、キャリーケースからノートと‘‘赤本‘‘を取り出し、やる気スイッチにも灯がついた。

高校3年生、大学受験のための東京駅のホテル滞在が『単身』上京デビュー。

2月の東京は、ビル風もあって極寒の地。

受験に対する緊張感がいちばんのホッカイロとして身を暖めたのも皮肉と言うべきか。ホテルの室内での悪あがきは思いのほかはかどった。悪あがきがなにかって?
言うまでもなく、受験本番まで24時間を切ったなかでの赤本とのにらめっこや英単語帳のボイストレーニングのことだ。

困ったのは夜めし、ディナーだ。

せっかく東京に来たのだからディナーを嗜もうというテンションでいたが、机の上に広げられていたのは‘‘朱色のケースにMの黄色い文字‘‘が刻まれた例のアレとテリヤキマックバーガーだった。
「受験に勝つ」に掛けて「かつ丼」を食らうような平和ボケではないので、普段と変わらぬ、あたかもゲームセンター終わりに食うようなモノをクチの運んだ。
ノドを通り過ぎて食道、そして胃に到達するそのスピードは、回転寿司で流れている「極上三貫盛り」くらいのものか。
まさに‘‘The ジャンクフード‘‘というにおいを放っているそれを小さなゴミ箱に捨て、シャワーを浴びてからは再びノートやプリントをめくることはなかった。
いや、目を通していたかもしれないが、それは商品のバーコードを読み取る機械に負けてしまうくらいの眼力だったであろう。

どこからがシーツでどこからが毛布かわからない、ホテル独特の寝床に支配されながら脳内に浮かんだ不安というかクエスチョン。

「あしたの試験に出るのは鎌倉時代なのかそれとも室町時代なのか」といういまさら考えても仕方がない平凡受験生にありがちな悩みではなく、
「あれっ、渋谷駅までどうやって行くんだっけ。」
両目を閉じればすぐに寝落ちできたであろう目をこすりながら、スマホの電源を入れて使い慣れていないアプリを起動した。

    〔出発〕 東京

    〔到着〕 渋谷

    〔日時指定〕 9時10分

「けんさーく!!!」
と、遊戯王のデュエル中にいちばんのエースのドラゴンを召喚する小学3年生くらいのテンションでスマホをフリックした。

2~3秒後くらいか。

    08:50➡09:08(18分)

    片道195円 乗換1回 赤坂見附

    08:44➡09:09(25分)

    片道194円 乗換0回

この2つの選択肢がスマホを覆った。

2択問題、大学受験では4択または5択問題が主なので簡単な問題に思えるかもしれないが、どちらの選択肢も引っ掛けに見えた。
朝に弱く、寝ていられる限り寝ていたい、たとえ受験当日でも。
という哲学を額に飾っていた私にとっては、

 乗換1回 18分

の電車が最適解だったのであろう。
というか、今となっては最適解に違いない。
「‘‘赤坂見附‘‘で乗換するくらいには成長したよ、母さん。」
というセリフが心に再生されていた。
『女子アナの園』、TBSが構える赤坂に足を踏み入れるという意味でも、2択のうちどちらを選ぶのかはピッカピッカにわかっていた。

しかし、逆転勝ちしたのだ。

 乗換0回 25分

そう、25分もかかり赤坂を無視する電車、山手線が。それまで18年間、電車に乗ったことがなかった(新幹線を除く)という前科をジャッジメントの材料から外すことはできなかった。
それに、
「なんなんだ、丸の内線って。」

「なんで丸の内線は赤いんだ。」

「乗り換えって電車が分離するってこと?

 それとも降りなきゃいけないってこと?」

「っっってか地下鉄やんけ。

 どこまで下に歩けばいいの。

 デパ地下くらい?」

赤本の現代文を読み解く際の8倍くらい脳内メモリを使ったので、ここはおとなしく『山手線』というものに乗ろうとしよう。

スマホのアラーム時計で目を覚ますところまでは、合格だった。

右手で握ったその液晶画面の右上に見えたのは、08:44だった。


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