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2020年9月の記事一覧

詩09『またいつか』

十年くらい前
もっと子どもだったころのぼくには

近くて近くて大好きな人がいた。
会いたい人が。

周りの大人たちは、

「またいつか、会えるやろうからな」
「大きくなったら、いつか事情のわかる時が来るわ」

それは、三十年、四十年、いやもっともっと生きてきた、
過去を持っている大人たちの

「いつか」になった後の大人たちの、
善意と逃げの、温かくて冷たい、言葉だった。

いつかっていつなん?

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詩08『その後ろ姿に問う』

きみのキャンバスの隅に咲く
鉛の花の名前はなに
きみが寂しさの奥底で
それでも花を描いたのはなぜ

ぼくのこころに種を落として
花びらは消しかすとなって飛んだ
ぼくが泣けば水やりになるか
笑みは肥やしになるだろか

きみの指がもがいた末に
色鮮やかなモノクロが咲いた
きみが虚しさの瀬戸際で
それでも花を描いたのはなぜ

[今日のおはなし]

こころを土だとしたら、涙は土を柔らかくほぐす雨。
こころ

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詩07『はぐれ蝉』

泣かないでくれ、

そんなに明るく泣かないでくれ
悲しいふりなんかやめてくれよ

たった七日間泣くために、
きみは十年も土に埋まっていたの

ああ、そう、信じていたの

でもね、やっぱり遅かった。もう、九月なんだよ。
メスだって残っちゃいない、きみの遺伝子は作れない。

そりゃあ、ぼくだっていろいろある、寂しい
ぼくだって寂しいさ、だからきみだけ泣くなよ

姿も見せないまま、ぼくより大きく泣いてみ

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詩06『夜の陽』

おわかりですか
あなたは、ご自分が最後の一人なんだと
本当にわかっておられるのですか。
そんなに柔らかく首を傾げていないで。

一人、また一人と
あなたのお知り合いのいのちが
わたしの手によって尽きていくのが、見えていますか
次はあなたなのです。

月もないから、明かりがほしかった
毛布もないから、温もりがほしかった
するとちょうど、押し入れの隅っこで
あなたがわたしを見るもんだから。

だから、

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詩05『答えてよいか』

風は、風だと言っています
通りすがり、わたしは風なんだと

雨は、雨だと言っています
土を叩いて、わたしは雨なんだと

誰もいないのに
ただ、わかったわかったと、花がうなずくだけなのに

そろそろぼくも、答えてよいか
耳のひらく限りすべて聞いておりますと

[今日のおはなし]
ぼくの街は、もうこの頃、17時には寒いです。風も雨もいない日も。

詩04『話したかった、もしものはなし』

「もしもの話をしても、意味がないじゃないですか」
と、先生は言ったんだ。

背の高い、耳の大きな、理科の先生
白衣の目立つ、生物の先生

「今、存在するものだけに意味があるんですから」
と、先生は言ったんだ。

日本でいちばん頭のいい大学を出た、
哲学とか文学を、よく知っていた先生

高校二年生のとき、ぼくの小説を読んでくれた、
ぼくがそれまで大好きだった先生

ねえ先生、意味って何?誰が決めたん

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詩03『ばあちゃんの詩』

詩03『ばあちゃんの詩』

ぼくが、誰かの寂しさに寄り添えるようになったのは
寂しさとは何かを知ったからです。

ぼくが、誰かに優しさをかけたいと思えるようになったのは
あなたから優しさを教えてもらったからです。

ぼくを、ぼくの荷物ごとおんぶしてくれたから
「怖がらんでええ」と、寝かしつけてくれたから

今、あなたがぼくに「強ぅなったで」と言ってくれるのは
むかしむかし、あなたがぼくを強くしてく

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詩02『ぼくのものじゃないから』

詩02『ぼくのものじゃないから』

この土も水も空も、ぼくのものじゃないよ
始めから、誰のものでもなかったもの

思い出だけで十分だから、きみに名前はつけないの
欲しがるのなら、いのちと呼ぼうか

ねえ恋しい人よ、ぼくのものにならないで
部屋の椅子や布団みたいに、ぼくの帰りを待たないで

今日のぼくらしかいないから
いつまでも変わらないものはないんだから

目の前の美しいもの、一緒によく見よう

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詩01『幸せだと言う』

・はじめまして。人文学部(文学方面)の女子大生、ひとり 杏と申します。文筆家を目指しています。今日から、どうぞよろしくお願いします。

・毎週火曜日と土曜日には、文芸作品を投稿します。

詩01『幸せだと言う』

いつかこの世から退去するとしても、また生まれてきたいと思うこと

生まれかわって、たとえ木になろうが魚になろうが
もう一度出会いたい人がいること

その人と目を合わせるために、生まれてき

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