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散文 夏色に乞う

進行方向に向かって座ったまま何キロで進んでいるかも分からないで、目的地に行こうとする。そんな私と同じようにスマホをいじるだけの乗客もみな、いつの間にか半袖に衣替えをしていた。

世界には黒と白しかないのかと思うぐらい彼らの服装は無彩色であった。色があるのは私だけなのか。多数に流される方がきっと楽だ。でも、私は色が好きだ。夏の毒々しいほどの名前の知らない赤い花とか、遊びに行くからと玄関に投げ捨てられたランドセルとか、青いよりももっと強い形容を欲しがる14時の夏空とかそういう生命を感じるものが好きだった。

停車駅で入ってくる熱風に自分の歳の重ねを感じた。クーラーの効いた場所は快適で、でもすこし寒くてカーディガンを手放せない。けれど、手放せない理由はそれだけじゃなかった。肩や脇を見せたくなかった。ノンスリーブの服は可愛くて女の子らしくて好きだったんだけど、自分の体が嫌いだったから出来るだけ隠さないと落ち着かないんだ。自分は醜いといつから思い込まされてきたのだろう。小学生の時に男の子から足太いって言われてから、私はずっと足を隠して生きてきた。自分は足が太いのだと思い、足を隠さない女子を「なんでそんなに太いのに隠さないの」と嫌悪した。その嫌悪には何より自己嫌悪が詰まっていることに気付かぬふりをして生活を過ごす。足をマッサージして、鍛えてやっと細くしてもなお、「努力もしてないくせに」と太い足を出す人に思う。

私の醜さはどこまでも消えることは無い。強すぎる太陽は、全てを照らしてそれでもなお笑っている。夏になると全てのものが活発になり、水を求め、水を浴び、光り輝き、自己の存在を主張する。そんな空間でなら、私みたいなものだって少しぐらい明るくなったっていいかなと思えるんだ。人々はまだ白と黒の中で、自然は色素を高らかに叫ぶ。白くはない自分の皮膚はきっと自然側のものなんだろう。

そんなことを車窓から見える真っ暗になった街に思う。最終的には何も無くなるんですね。なら、もうしばらくだけ色に染っていたいんです。

誰かに乞うように私は呟く。その言葉はイヤホンをしている乗客の耳には届かない。それでいいので、私の言葉だけは消さないでください。無かったことにはしません。

私は明日、自分の動脈を流れる血よりも赤いワンピースを買うことにした。

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