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ショートショート『夏、蜉蝣』

夏になると、必ず会っている女の子がいた。
神社の夏祭りに必ずいる。白と薄紅色の花びらが描かれている浴衣を着ている女の子だった。色白で、鼻筋が通り、瓜実顔。誰もが認める美人だった。

今年で16回目の夏を迎える、僕にとってはささやかな楽しみでだった。
初めて出会ったのが3年前の夏祭りだった。
その日はいつも以上に、祭りが盛況していた。どうやら、30年ぶりに神社で花火大会が復活するらしい。
僕は、部活の友達と来ていたのだが、人の波に巻き込まれてはぐれてしまった。ひとりぼっちで、行くあてがなくなってしまった僕は近くにあった、射的で暇をつぶした。
運が悪いせいなのか、的に全然当たらなかった。くやしくて3回くらい挑戦した。


「全然、あたらないわね」
後ろで、笑い声がした。ムカッとして、後ろを振り向くと、白い浴衣を着た彼女が立っていた。
見かけは僕と同じなような感じだった。だけど、気品なような雰囲気を漂わせていて大人びていた。何よりも、美人であることに動揺が隠せなかった。
「貸してみて、私が当てて見せる」
彼女はそう言って、僕の銃をすっと取り上げた。すると、いとも簡単に残りの弾数をすべて命中させた。
「どう?すごいでしょ」
彼女は得意気に僕に笑いかけた。あまりにも唐突すぎて、僕は言葉にも出なかった。
「どうして、一人で3回も挑戦していたの」
「友達とはぐれてしまったんだよ。行くあてもないから近くに射的があったから時間を潰していたんだよ」
「あら、偶然ね。私も一人なの。ずっと待っている人がいて待ちぼうけしているの」
こんな綺麗な人を待たせるなんて、どういう神経をしているのだろうか。僕は、その待たせている人の気が知れなかった。

「ねえ、よかったら私と回らない?」
「えっ?」
突然の誘いに僕は戸惑った。こんなに綺麗な人と祭りを回るのはうれしいけど、友達に見つかったら、あとで絶対に冷やかされる。
「いいですよ。僕はここにずっといます」
「いいから、そう言わずに、行くわよ」
そう言って、彼女は僕の手を引いて再び人混みの中へ飛び込んだ。
それから、彼女と祭りを楽しんだ。ラッキーなことに友達とは遭遇はしなかった。
「ありがとうね、わがままに付き添っちゃって」
彼女は僕に頭を下げた、一瞬見えたうなじに少しどぎまぎしてしまった。
「それよりいいんですか、待っている人がいるんでしょう?」
「ううん、もう今日は来ないわ」
彼女は首を横に振った。そして、少し寂しそうな顔をした。
「今日は、諦めて帰るね、ありがとうね」
そう言って、彼女は踵を返して歩いていった。
「あの、すみません名前を……」
そう言いかけた途端、夜空に花火が開いた。僕は一瞬、空を見上げ目線を戻すと、彼女の姿がなくなっていた。

以降の3年間、僕は夏になると、神社の夏祭りだけ彼女に出会っていない。学校にもいないし、近くにその彼女の存在もなかった。


不思議なのは、いつも会っているのに、最後に名前だけは聞き忘れてしまうのだ。

そして、夏祭り当日。僕はいつものところで射的をしていた。さすがに3年間もやり続けているのだが、一向に的にあたらない。
「相変わらず、あたらないわね」
後ろで声がした。振り返ると、白い生地に薄紅色の花びらが描かれた彼女が立っていた。
「そうだね、何回やってもあたらない」
「不思議ね、どうしてあたらないのかが気になるわ」
「今日も待ちぼうけなの?」
「知ってるくせに、その通りよ」
彼女は頬を膨らませた。その顔がたまらなく愛しかった。
「僕は待っていたよ。君を」
「えっ?」
彼女はきょとんとした。僕は、彼女の手を引いた。
「暇なんでしょ、少し付き合ってよ」
僕は、彼女と人混みの中へ飛び込んだ。そして、いつものように夏祭りを楽しんだ。


もうすぐ、花火があがるころ、神社の境内近くで休憩した。
「今日は、ありがとうね、こっちのわがままに付き合わせて」
「ううん、楽しかったよ、こちらこそありがとう」
彼女は僕に微笑んだ。僕は、少しその笑顔に哀しさが混ざっているのが分かっていた。
「待ち人は来ないんだよね? というか、本当は来ないことを知っているよね、そして、君も同じでこの世にはいないんだよね」
彼女は驚いた顔した。そして黙って頷いた。


ずっと、引っかかっていたことがあった。この3年間彼女は歳をとっている感じがしなかった。あまりにも不思議でしょうがなかったので、僕はこの神社に関わる事件を調べてみた。
すると、今から約30年前にこの神社で事故があったらしい。一つはある男性が神社の階段から落ちてなくなったこと。二つ目は花火大会で、花火の残骸がある女性にあたり亡くなる事故があったこと。どうやら、二人は恋仲であったと神社の神主さんから訊いてきた。


そして、階段でなくなっていた男性が僕と似ていたこと。写真もあったので、見た瞬間、僕は心底びっくりした。それで納得がいった。初めて彼女と出会ったときは、ちょうど30年振りに花火が復活した年であったこと。


「ずっと、後悔しているの。あの日はたまたま彼と喧嘩していて、私一人で祭りへ行った。だけど、後から彼は私に謝りたくて急いで階段を駆け上がった矢先に足を滑らせた」
「私はそんなことは知らずに一人離れた場所で花火をみていたの、そこが危険区域だと知らずに、そしたら大きい火の玉が私のほうに向かってきて、そこからもう何も覚えていない」
 多分、その時点で即死だったんだろうな、と僕はすぐに思った
「後悔してて、幽霊になって花火が復活した年に、あなたが現れた。似ていたのよ、面影も、射的がすごく下手くそだってことも」
「あなたに、彼を重ねて私は夏祭りを愉しんだ。本当に楽しかったわ。もしも喧嘩していなければこんなことにはならずに、済んだのに。ごめんなさい」
「謝らないでください、それに神主さんが言っていました。最期まであなたの名前を呼んでいたと」
「本当ですか⁉」
「本当です、救急車に運ばれる時も薄れゆく意識の中で、『ひろこ、俺が悪かった』って何度もつぶやいていたそうです」
「そんな……」
 彼女からは涙があふれていた。白い生地に落ちる涙はまるで花火のように広がっていた。
「ありがとうございます、本当に……」
 彼女は涙を拭いて立ち上がった。
「これで、悔いなく旅立てそうです。ありがとうございました」
 僕は、もう彼女に会えないことが分かっていた。彼女は蜉蝣の様に一日で姿を消してしまう存在だった。そう思うだけで切なさがこみあげてしまった。
「僕は、本当にあなたと出会ってよかったです、ありがとうございました」
 彼女はまた、僕に微笑んだ。哀しさは全く感じられなかった。
そして、花火が上がって僕は目を離した瞬間、彼女の姿はもうなかった。

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夏の思い出

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