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口説きのテクニック Part 1

この日は長い一日でした。なので日記もとても長くなっています。


Wellingtonの港は、まだ朝の匂いがしていた。

ちょうど出勤の時間帯で、高速道路も道行く人も忙しそうだ。Wellingtonは、ニュージーランドの首都である。北島の一番南側に位置する大きな規模の都市で、坂道が多い。私はこの街の地図すら持っていない。街のビジターセンターに行って、地図をもらってこなくちゃいけない。
Wellingtonは一方通行の多い街だ。ビジターセンターを探し求めて、くるくるとハンドルを回す。何回この角を曲がったことだろう。なんとなく、大体の街並みがつかめてきてしまった。でも、やっぱり地図を持っていないと不安だ。Christchurchのように出かけるたびに迷子、などという事態はごめんこうむりたい。

ようやく見つけたビジターセンターは、大きなシティセンタービルに組み込まれていた。これじゃー、わかんないよー。歩いてたら簡単にわかるけど。
無料の地図を手にして、勇んで車に戻る。ついでに腹ごしらえもしておこう。ポールとの待ち合わせは午後の1時半から2時の間だ。それまでまだ4時間以上ある。

私は路上パーキングに車を停めて外に出ると、ふと線の細い顔をしたアジア人と目が合う。年頃は、30代後半といったところだろうか。本当は若いんだけど、苦労が重なって老けてみえてしまうタイプと見た。その人は、さりげなく私と目をそらすと、目の前の小洒落たCafeへ入っていった。なんとなくだけど、目が合ったから私もそこで朝食を取ることにして、その男性の後へ続いた。

店は小さなテーブルが4つほど置かれている、こじんまりとしたヨーロピアンスタイルのCafeであった。先ほどの男性は、その店のカウンターの中にいた。なるほど、店主だったのか。店主の妻と思われる若い女性が、May I help you?と聞いてくる。いえーす。腹が減ってるんだよー。メニューを見ると、内容はほとんど韓国料理だった。しかし、英語で書かれているので雰囲気としてはヨーロピアンだ。私はライススープとコーヒーを注文した。

しばらくすると、フランスパンの添えられた、鶏粥が出てきた。中華粥の鶏の脂のような匂いはせず、なにやらショウガの匂いがする。体が暖まっておいしい。

しばらくすると、店主が話しかけてきた。一人旅をしているの?車で?たった君一人で?すごいねぇ。おだやかな店主は、のんびりとした口調だ。私は、ポールとの待ち合わせの場所である、Wellington駅の場所を地図で確認しようと思っていたのだが、イマイチ車での行き方がわからない。店主に尋ねると、車はどこか大きな駐車場にでも置いていったほうがいい。10分くらいだったら、駅に停めることが出来るけれど、という。店主は、指で地図をなぞりながら、丁寧に丁寧に駅までの行き方を教えてくれる。その際のリアルタイムな交通事情まで教えてくれた。優しい人だ。ありがとう。

私はお礼を行って、店を去った。ポールとの待ち合わせの時間まで、まだまだ時間があるけれど、念の為に場所を確認しておこう。私はWellington駅まで車を走らせた。何度か同じ場所をくるくる回ったあと、何度も目にした、このレンガ造りの建物こそ、Wellington駅であることにようやく気がついた。私はこの建物を、ずっと政府に関連した建物だと信じていた。時計台もついていて、なんだかちょびっとだけ東京駅を思い出させる。駅の中に入ると、天井の高い様子が、すっかりヨーロッパのどこかの駅のような雰囲気を醸し出しているのだけれど。

駅の場所も確認できた。残りの時間は好きなだけ好きなことして過ごそうっと。

私はWellingtonの街並みをドライブすることにした。海沿いを軽快に走る。日差しにキラキラ光る波が美しい。Wellingtonの海沿いの道は、まっ平らで小気味いいコーナーがたくさんある。私はエンジンをふかし、ハンドルを操作しながら、美しいラインを追求する。左手に海、右手にかわいらしい住宅という景色が続く。うーん、いいねぇ。気持ちいいねぇー。ぽかぽか陽気の中、私はどんどん車を走らせる。少し遠くに来すぎたので、途中の道を旋回して元来た道をまた戻る。海沿いをランニングする人、犬の散歩をする人、ウィークデイだというのに様々である。

海沿いの路上駐車上に車を停める。
正面にWellingtonの海がキラキラしている。海の向こうには、穏やかな丘がぼんやりと霞んで見える。隣のクリーム色のクラッシックカーには、おばあさんが二人、窓を開けてのんびりと海を眺めてる。私は、雨漏りをしていて湿気が溜まりがちな私の車の室内を換気しようと、車の窓を全開にした。ついでにサンルーフも開けてしまおう。冷えた空気が暖かい日差しをさえぎるかのように、室内に流れ込んでくる。窓を開けると、隣の車からラジオの音が聞こえてきた。おばあさんたちは、海を見ながらラジオを聞いて日向ぼっこをしているわけだ。いいなぁ、こういう老後。この二人は半世紀を共にした大親友なのかな、それとも仲のいい姉妹かな。おばあさんたちは、柔らかい微笑みを浮かべて、海を眺めている。私は彼女達の邪魔にならないように、静かに車のドアを開けて、車の室内を片付けることにした。別に物が散らかっているわけではない。助手席の足元に敷いてある犬用のおむつシートを交換して、濡れきったタオルを絞って乾かそうと思ったのだ。まず犬用のおむつシート。これはこの車の水漏れにたいへん役に立っている。ちょうどダッシュボードの後ろ側からボタボタと激しく水が漏れてくるのだが、そこへこのおむつシートを敷いておくと、水は完全にシートに吸い込まれて行くのである。大活躍のシートから外れて漏れてくる水は、この車の前オーナーから受け継いだ青いタオルが救ってくれる(買うときに既に敷いてあった)。タオルは既に水が滴る状態で、おむつシートはまるで、厚揚げのように景気良く膨らみきっていた。お、重たい。

トランクから新しいシートを敷いて、青いタオルもちょっと窓にかけて干す。少し臭いけど、これで私の車がすっかりきちんとなった気がする。愛してなくても、愛車は愛車よ。ね、ハニー二世。

私はシートを少しリクライニングして、読書をすることにした。あー、気持ちいーなー。こういう時間って、心のゆとりを生むよね。なんとなく、昔のメールなんか引っ張り出して読み直しちゃったりもして、うーん、心の余裕だね。

そうこうしているうちに、時間は1時を過ぎてしまった。そろそろWellington駅まで行くかー。

Wellington駅周辺の路上駐車上は、既に満杯だった。しかし、ここで諦めるような私ではない。一体、何度都会の銀座で駐車場を求めて徘徊したことか。こういう時はぐるぐる回るに限る。ぐるぐる回っているうちに、ぽこっとどこかが空くのである。

私はそういいった状況に焦燥感を感じない。ついでに言えば、渋滞だって河童かっぱである。なーんにも感じない。しかし一人旅で培ったものなのか、車内での独り言は半端ではない。ウィンカーを出さずに斜線変更する車を発見すれば、「ぴぴぴー。脇に寄りなさい」と言うことにしているし、無作法な割り込みをした人には「逮捕です」と言って追いかける。前後に誰もいない山道では、自分のシフトとは関係のない、エンジン効果音を自分で作り出す。例え自分の車が5速で走っていたとしても、私の心は違うのである。

プィーーーーーーーンプィーーーーーーーーーーン(一速、二速を引っ張って..)プィーーーン(三速)ブィンブィンブィン..(シフトダウンの音)と、こんな具合だ。

一体何速の車なんだっつの。

運良く駅の目の前の路上パークをゲットすることが出来た。
あとはポールを待つのみだ。私はしばらく駅を見学した後、駅のまん前でポールを待った。ポールは来ない。でも、絶対行くからね、と念を押していたから、待っていればいつかは来るのだ。私は、渋滞が平気なら人を待つのも平気だ。待っていれば必ず来るものだし、遅れるのにはそれなりに理由があるのだ。その理由を推測すると、だいたいどれくらい遅れてくるのかがわかるから大丈夫。予想を超えて遅れてくると心配になるけど。

ポールは予想の範疇を超えずに現れた。フェリーのクルーの格好をしている。両手を広げて、軽く私を抱きしめた。ポールのでっぱったお腹がポヨンとする。

「久しぶりだねぇー。南島の旅はどうだったかい?」

太ったポールはニコニコしている。でも、私は彼のテンションがいくらか上がり気味なのを感じ取った。ふふん、齢32の男がこの小娘を前に緊張しているのか?(違うって!)

「まずは僕の家へ行こう。この服を着替えたいんだ。それから、遅めのランチといこうか」

おーけー。ポールの白いファミリア(ターボ付き)を私が追跡するかたちで、彼の家まで行くこととなった。先ほど、私がドライブした小気味いい海沿いのコーナーを走りまくる。彼は私を振り切りたいかのように、ブンブン飛ばして行く。しかし、彼のブレーキングは素人芸だ。こんなところでブレーキを踏んでいるようじゃ、私のドライビングテクニックには叶わなくってよ。

そちらがそう出るなら、とばかりに私はポールの後ろにぴたりと車をつけ、ぶんぶん飛ばした。もちろん、こういった状況下でこそ安全確認は慎重に行わなければならない。私は脇と後方をちょこちょこと確認しながら、ポールについていった。

ポールのフラットは、Wellingtonが一望できる、眺めのいい高台にあった。素晴らしい。
車から降りるや否や、ポールが言った。

「ずいぶん運転が上手だね! てっきり僕に付いて来れないかと思っていたのに」

まじか。アンタみたいなヘタクソについていけないわけないじゃないの。

私、デンジャラスドライバーは嫌いなのよ。

ありがとう、と言って、私はトランクから荷物を取り出した。
ポールが部屋のドアを開ける。靴を脱ぐ私のそばで、ポールが厳重にドアの鍵を締めていく。ちょっと不安になる。

「心配はいらないよ。これは僕の癖のようなものなんだ」(ニッコリ)

うーん。ドアの上の方にも鍵があって、届かない。もしもの時には窓から逃げるしかないのか。

ポールの部屋は、まさに日本一色であった。浮世絵の壁掛け、富士山の絵、ちょっとした置物まで、すべて和風だ。本棚には日本語の本も置かれている。

「本当に日本が好きなのね」

というと、ポールは目をきらきらさせた。

「そうだよ! 僕は日本が大好きなんだ。ほら、見て!」

私を台所へ連れて行く。ポールは台所の棚という棚を次々に開けて見せた。なんと、そこにはキューピーマヨネーズ、海苔、みりん等など…ありとあらゆる日本の食材がぎっしりと詰め込まれていた。

「日本食も大好き」

ニコニコしているポール。なんだか憎めない人だ。
我々は、日本の文化から日本の女性について長々と語り、ようやくレストランへ行こうと決まったときには、既に外は暗かった。

Wellingtonの街をポールのドライブで案内される。今夜はメキシカンレストラン。英語のメニューでは、一番難解なジャンルだ。私達はレストランへの道のりの間、ポールの前々妻(日本人)の話から、結婚の話題に話が発展し、延々とそれらのことについて話していた。レストランの駐車場に着いてもまだ話は終わらず、窓際の客が入り、立ち去り、また新たな客が座っても、まだ話しつづけていた。

いい加減したころ、私のお腹が激しくなった。キュ~~~~。

ポールはくすっと笑って、そろそろ食事にしようね、と言った。
食事はまぁまぁだった。不安なことに、ポールが食事をごちそうしてくれた。これはまずいサインだ。泊めてくれる上に食事までご馳走してもらうのは、よくないことだ。私は嫌な予感がしていた。

お家に帰る前に、Wellingtonの夜景を見に行こうという。Wellingtonの夜景はとても美しいというのは聞いていた。見てみたい。しかし、これは男の得意の戦法の一つ(バカの一つ覚えとも言う)でもある。

街で一番の高台という丘までドライブ。
同じようなことを考えている男はたくさんいるようで、あちこちに車が停まっている。ポールは、ひときわ人のいない空き地を選んだ。車から降りる。ぐっ、さ、寒い!!! しかし、夜景は美しかった。100万ドルとは言わないが、一万ドルくらいの夜景って言ってもいいんじゃないかな。街の灯りが、ここWellingtonの都会さを物語っている。

空を見上げる。わぁーーー。天の川が頭上を流れている。夜景と星空…うっとりとする美しさだ。

ポールが車から回りこんで、私のそばに来た。

「うー、寒いねぇ」

背後から私を抱きしめる。…来たか。ムード+ボディタッチという一番安易な戦法だな。

今まで何人の女性がこの手に落ちたのか。私はそれほどチープな女ではない。しかし、相手にガツンと拒否を見せたのでは、ただの無能な子供である。なんとなく、受け入れているような曖昧な態度を見せておきつつ、からかいながら相手の口説きを煙幕に撒いてしまうのが賢い方法だ。(その際、あまり喋りすぎてはならない。更にボケるだけではだめだ)肉を切らせて骨を切る。少しくらい触られてたって、別に痛いわけじゃない。これからが勝負なのだよ、ポール君。

昔とった杵柄精神スピリットがムキムキと湧いてくる。私は頭の中で、これからの行動をシュミレーションする。いやまて、私がとった杵柄とは、いかに男を手玉に取るかという方法ではなかったか?待て待て待て。それじゃあ今回は困るんだよ。えーっとさりげなく拒否するのは、どうしたんだっけ?

長いこと恋愛ゲームなどをしていないと、さっぱり忘れてしまうものである。

そのときだった。

バシュッ!!
「あ!」
「あ!」

かなり大きめの流れ星が私達の目の前の空を流れて行った。

「今の見た!? ねぇ、見た!?」

興奮してポールが私を見る。青い目を真ん丸く広げて私を見る。
見た見た!私も見たよ!なんだかTakakaに落ちた隕石のときみたいに大きかったねぇ。

僕達はラッキーだ」

そうだね、あはは。私は笑って、体を離した。ポールがお家に帰って、お酒でも飲もうかという。おいでなすった。おっけー、お酒飲もうよ。私もお酒が飲みたいよ。

ポールは満足そうに笑った。
私はこれからの算段を考えなくてはならなかった。恋愛ゲームの駒ばかりが揃っていく。でも、私はそれに参加したくない。なんでだろ。車の中で静かにそのことを考えた。

夜闇に夜景が映える。車の窓から見える街の灯りを見つめながら、私は私らしくあろうと心に決めた。

8月3日。夜はこれからだ。

(つづく)


恋愛の駒を勢ぞろいさせたポール。長い夜の始まりです。
次回『のんちゃんいよいよ貞操の危機』の巻です。果たしてどのようにこの危機を切り抜けるのか?そもそも、切り抜けられるのか!?

#口説かれてもときめかない典型 #なぜときめかないのか #今ならわかる #私サピオロマンスなので

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