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掌編/短編小説

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5分から長くても15分で読める作品たちです。少しだけ時間が開いてしまって困っている方、「齋藤迅」の書く小説って面白いのと疑問をお持ちの方などなど、是非是非まずはこちらからお楽しみ… もっと読む
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2019年6月の記事一覧

『むきだしのポメラニアン』(掌編小説)

 電車で端っこの席に座れた。今日はツイている。  わたしはいつもツイていない。散歩に出かければ苦手な犬が飼い主の手から逃げてわたしの所に飛びついてくるし、親切のつもりで電車で席を譲ったら「まだそんな歳じゃない」と逆に怒られたりする。この前なんか、就活のグループ面接でわたし以外の全員が有名大学出身で惚れ惚れするような活動をしてきた人だった。  もちろん、その面接の結果は順当なものだった。  電車の席に座れたのは、あの怒られた時以来で1ヶ月ぶり。ほとんど毎日電車に乗っていると

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『未遂』(掌編小説)

「欲しいものが何でも手に入るとしたら何が欲しい?」  アルバイトをしている居酒屋の、カウンターでの出来事だった。  俺はそこに座る50歳手前ほどだろうと思われる男性のために、焼酎の水割りを作っていた。 「んー、卒論の資料で値の張るものがあるんですけど、それですかね。買ってくれるんですか?」 「この前もさ」  男性は煙草に火を点けながら俺を見ていた。煙草を吸える店が少なくなってきたとボヤいていた、1週間前の男性の姿を思い出す。彼はほとんど、この店に煙草を吸いに来ているよ

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『後ろ姿』(掌編小説)

 女ってのは後ろ姿が1番いい。  僅か17年の人生で奇跡的にも気がつくことができたこれは、真理といっても過言ではないだろう。 「これ、金管との練習で使うから、持ってっといて」  背後からの声に振り返ると、トランペットパートのパートリーダーが部で1番大きなメトロノームを指差していた。  彼女の手には自らの楽器と譜面がある。しかし、工夫すれば持つことはできそうだった。何より俺は今、当のパーカスの荷物運びをさせられている。 「悪いけど、見ての通り俺は今こっちの手伝いやってるん

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『旭影の白』(掌編小説)

 わたしは梔子。  白いドレスは闇に溢れた月華の受け皿。  暁の闇に根を張って、霧の底に沈んだ空を仰ぐ。  ーー辺りは一面、白く染まっていた。  霧の白さは花のそれには遠く及ばない。彼らには常に、闇が付き纏うのだ。必然、わたしの白いドレスが白い闇の中で明らかになる。  言葉を紡ぐための口を持たないわたしにとって、この白さだけが、わたしという存在を世に知らしめる唯一の言葉だった。 「こんばんは、梔子さん。夜だというのに、今日は君の素敵なドレスが少し霞んでいる」  アゲハ蝶

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『夜のピクニック』(掌編小説)

 夜の街はどこまでも静かだった。  最終電車もとっくになくなった夜の底に、沈んだ街。心細くポツポツとアスファルトを照らす街頭に導かれるようにして、俺は歩いていた。  辺りにはもちろん人影はなく、物音1つない街は、どこか今の自分に似ていると思う。  仕事終わりの身体には疲れが沈殿している。その澱を舞い上がらせないように細心の注意を払って、俺は歩いていた。右手には缶ビール。左手には仕事用の四角い黒の鞄。茶色の革靴の底は段々と擦り切れ始めていて、その擦り切れ始めた靴底だけが俺と街

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『覚えているか』(掌編小説)

 目が覚めると、見覚えのない少年がすぐ隣で椅子に座っていた。  少年は本を読んでいる。見覚えがないとは言ったが、いつかどこかで見たことがあるような気もする。  ただ、出会ったのはこれが初めてだということが、妙な確信として私の胸に落ちてきた。 「おはよう」  少年は本から目を離さなかったが、微かな私の動きに敏感に反応したらしい。 「ここはどこか、知ってるかい?」  怖がらせないようにできるだけ優しく、私は少年に向かってそう尋ねた。 「いつもの場所だよ」  少年の答え

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『灼ける』(掌編小説)

 どこかの工場。錆びて赤黒い柱や梁が縦横無尽に駆け回るそこに、大量の海水が流れ込んでくる。  逃げなくては。  そう思って開け放たれた扉を目指し駆けていくが、足はねっとりとしたスライムのような海水に足を取られ、そうこうしているうちに無情にも扉は閉じる。  段々と上昇する水位に比例するかのように、わたしの呼吸は荒く、熱くなっていく。  登れ、登れ!  脳内に響く誰のものかも分からないその言葉に従って、わたしは必死に海水に揉まれ続ける。なんとか顔を水面に出して息を吸う。

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『土曜日のオムライス』(掌編小説)

 白いフライパンに大きめのバターを落とす。 料理が決して得意ではないわたしは、そうすることでどうにか綺麗なオムライスを作るのだ。  毎週土曜日はオムライスの日。  そう決めたのはもう、遥か昔のことのように思える。6年間の習慣に止めを刺すべく、わたしは彼の家で1人、最後のオムライスを作っていた。  わたしと彼が交際を始めたのは、6年前の秋だった。  お互いに大学生で、ちゃんとしたものを食べていなかった彼のためにわたしが料理を始めた。 「オムライスが好きなんだ」  と笑う彼

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『10分』(掌編小説)

 「All or Nothing」なんてことは、人生においてそうそうはない。  大抵の場合、僕らがしなければならない選択は、「ただ辛いか、辛い上に苦しいか」という2択だ。  すべてを手に入れられる可能性のある選択は、幸運の女神にでも愛された良い男の目の前にしか現れないのだ。  つまりはそう、僕の元には現れないということ。多分君の元にも現れないだろうとは思うよ。というか、そうであって欲しいと僕は願っている。  さて、君はまだ僕のことを知らないだろうから、今の状況を少しばかり説

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『森の雨』(掌編小説)

 だいたいいつもそうだ。わたしは間が悪い。  大学の図書館から外を見つめると大雨。目の前の小さな池では雨粒が波紋を数え切れないくらいに重ねていた。  午後、入学する前からずっと楽しみにしていた場所に行く予定だったわたしは、予定の変更を余儀なくされ大きくため息を吐いた。  予定通りであれば傘なんて邪魔になってしまうからと、強情に傘を置いてきた今朝の自分自身が憎い。  この雨では家に帰り着く前に、鞄の中身までぐっしょりと濡れてしまうだろう。  夏を目前に控えている中の雨で、

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『可哀想な人を探して』(掌編小説)

「アフリカの人々はもっと苦労しているじゃないか」 「ホームレスよりはマシだろ?」 「君のお母さんだって、大変だったんだろう?」  比較することに意味はあるのだろうか、こういう言葉をかけられる度に考える。  彼らはたぶん、そうは言いつつも自分が最も可哀想な人間でありたいのだ。だからこそ、他人の不幸を認めることができない。認めることができないから、指をさして可哀想な人をずっと探している。  なんと哀れなことだろうか。  そもそもわたしは、別に同情なんて求めてはいない。  た

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『ポストカード』(掌編小説)

 夏の夜風が吹いていた。  6月に入って、街の木々がざわざわと落ち着きなく葉っぱを揺らしている。夏の訪れ、その予感に喜んでいるのが手に取るように分かった。そしてその木々の喜びに呼応するかのように、周囲の一軒家からは家族の楽しげな会話やテレビの音、そうして美味しそうな田舎の料理の匂いが漂ってきていた。  わたしは街頭に照らされた夜道を1人歩いている。  恋人が海外に行ってしまった。留学だ。  同棲を始めて約1年。彼のいなくなった家は、もともとわたしが1人で住んでいた家だっ

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『ただいま』(掌編小説)

 故郷の道を懐かしみながら歩いていた。  風は都会のそれと比べて丸みを帯びており、視界の隅にはいつでも山々の影がいてわたしを見守っている。  田舎の空は広い。有り体な話だけれど、高い建物がない田舎の空は自由だ。  邪魔するものは電信柱と電信柱の間を駆け抜ける幾本かの細い紐だけ。それが街を、まるでわたしたちの全身をバラバラにならないよう繋ぐ血管のように、網の目の様に広がっているのだ。  傾き始めた陽の朱色に乗って、どこかの家の夕ご飯の煮物の匂いがお腹を鳴らした。  実家の前

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『大丈夫だよ』(掌編小説)

「それは無責任じゃない?」  そう言われてみて初めて気づいた。そうか、これは無責任というのか、と。  僕としては責任がどうこうというよりも、ただ彼に提案してみただけだった。季節は春。就職活動も佳境に入っている。  どこにでもあるチェーン店。コーヒーが安いカフェの、薄汚れた白い長方形のテーブルの向こうに座るのは友人だった。既に入りたかった企業から内定をもらった僕に、彼はアドバイスを求めていた。  今日も東京で面接があったと口にした彼は、なるほど、スーツ姿であり、「うまくいか

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