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掌編/短編小説

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5分から長くても15分で読める作品たちです。少しだけ時間が開いてしまって困っている方、「齋藤迅」の書く小説って面白いのと疑問をお持ちの方などなど、是非是非まずはこちらからお楽しみ…
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記事一覧

Center of the Room(短編小説)

 新聞紙を敷き詰めた部屋は、油絵の独特の匂いで満たされている。鼻につく匂いは、部屋に入った瞬間にはキツく感じるものの、段々と麻痺してきて、最終的には気にならなくなる。  絵を描くことを応援してくれている母でさえ、この匂いだけは嫌そうにしていた。だけど私にとってはただただ安心する匂いだった。この匂いに包まれている間は、目標に一歩一歩、近づけている気がする。  朝の時間は試験のための勉強をすることに決めていた。開かれたカーテンの外から、朝の日射しが差し込んでいる。窓の脇にベッ

遠景(短編小説)

 走り出したと同時に景色がなめらかに背後へと流れていく。目に映る景色は全て、学生時代に見たときと変わりないように見えた。  車内販売を引き止めて、ビールをひと缶購入する。プルタブを引き上げると心地よい音がして、まるで旅行でもしているような気持ちを僕に与えた。  流れる景色が遮音壁によって隠される。隠されてみると、物理的にも記憶としても距離が生まれて、それまで見ていた景色がどんなものだったかもう分からなくなる。  そういうことを感じたくて衝動的に乗り込んだ新幹線だった。  

花を飾る(短編小説)

「いまどき珍しいですね」  曖昧な笑顔を返しながら、取ってつけたように「好きなんですよ。ほら、家にあると、なんだか嬉しいでしょ」と答えた。  投げかけられた言葉通り、僕の他にはスーツ姿の若い男は店内に見当たらない。スーツ姿の男性もいるにはいたが、奥さんへのプレゼントを買っているらしい、五十代も半ばの男性が一人だけだった。 「是非、SNSなんかに投稿してください。お兄さんみたいな若い方が買ってくれるのが、一番の宣伝ですから」  店員の女性は、悪びれる様子もなくそう言った。

短編小説『石落としと消失』(織田作之助青春賞3次選考落選作)

 巨大な石垣に惹かれた先で目にしたものは、青空の下で悠然と佇む金沢城だった。美しい城に、あの日の僕はただただ圧倒されていた。あの日以来、城は僕の瞼の裏に焼き付いている。戻ることもできなければ、多くの人々がそうするように、器用に先へと進むこともできない息苦しいこの日々を乗り越えたいつかの日に、僕はあの城とあの旅が僕に与えたものの大きさを懐かしむことだろう。  お気に入りの絵本を半分も読み聞かせないうちに、幼い娘は眠ってしまった。自分ではなく妻に似たことに心底感謝した二重の瞼は

短編小説『二つの黒子』

 目が覚めるのとほとんど同時に、僕は彼女の右足のことを考えていた。記憶が確かであれば、彼女の右足の太腿には2つ並んだ黒子(ほくろ)がついている。2つの黒子はちょうど真ん中で皮膚を折り返したらぴったりと重なるであろう、均一な形と大きさをしていた。  急に彼女のことを思い出すなんて、夢でも見ていたのだろうか。眠っている間に自分が見ていたはずの何事かを思い出そうとしたが、当然に徒労のうちに終わる。  もやもやとした中で寝返りを打った。カーテンのない窓の外を眺めると、もう夏がやって

No.023「傾く男」

No.008「残火」

No.018「欠落」

『吉祥寺の白い砂』

「どの街に行ってもそう言ってるよね」 そう言われたのはよく晴れた春の日のことだった。その日、僕たちは吉祥寺で僕の小説の販売会に行った帰りだった。 僕は確か「この街に住んだら、きっと楽しいだろう」とか、そんなことを言ったんだと思う。 意識はしていなくって、彼女にそう言われた時には本当に驚いたからよく覚えているんだ。 吉祥寺という街は駅から5分ほど歩くと、喧騒を穴の空いたポケットから落としてしまったかのように急に静かになる。人は多くいるけれど、どこか皆んな落ち着いていて、ゆ

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『むきだしのポメラニアン』(掌編小説)

 電車で端っこの席に座れた。今日はツイている。  わたしはいつもツイていない。散歩に出かければ苦手な犬が飼い主の手から逃げてわたしの所に飛びついてくるし、親切のつもりで電車で席を譲ったら「まだそんな歳じゃない」と逆に怒られたりする。この前なんか、就活のグループ面接でわたし以外の全員が有名大学出身で惚れ惚れするような活動をしてきた人だった。  もちろん、その面接の結果は順当なものだった。  電車の席に座れたのは、あの怒られた時以来で1ヶ月ぶり。ほとんど毎日電車に乗っていると

¥200

短編小説『川底から遠く』

[依藤の展覧会で会った時にお勧めされた本の感想を、伝え忘れていた]  そういうLINEが届いたのは、旧友に会うために2時間半も電車を乗り継いで静岡県三島市に向かっていた時のことだった。  お気に入りの革製のブックカバーを撫でるようにして持ちながら静かに本を読んでいたわたしにとって、スマートフォンのバイブレーションはもちろんのこと、取り出して真っ先に目に飛び込んできた送り主の名前にぎょっとした。  三島駅には過去2回ほど訪れたことがある。それらはどちらも中学からの友達に会う

短編小説『異熟果』(下)

 学食が混む前に食事を済ませてしまおうと考えて、俺は講義が終わるより20分教室を早く出て足早に学食を目指した。  お昼前の時間はほとんど学生の姿が見られず、食事をしている人数と、これから訪れる嵐のような時間に対応するためのスタッフの数がほとんど同数くらいしかいなかった。  その少ない人影の中に、リョウタの姿を認める。  いつも通り半袖のポロシャツに身を包んだリョウタに軽く手をあげて示すと、彼も俺に気がついたようで手をあげて笑顔を浮かべた。  中性的なリョウタがこのように無邪

短編小説『異熟果』(中)

 誕生日を祝ってもらうのに集まったと思ったら、今度はマサキのお見舞いを飲み会の面々で行うために集まることになった。  スマートフォンをいじりながら歩いていたら、信号が変わったことに気が付かずに交差点へ出てしまったらしい。  間抜けすぎるマサキの行動には誰もフォローを入れられなかった。 「ほら、暇つぶし用の漫画」  俺が渡したのは、以前からマサキが俺の家に来るたびに少しずつ読み進めていた漫画だった。マサキはいつも、この漫画を読むために俺の家に来ている節がある。  酒を飲む

短編小説『異熟果』(上)

「シュウヤ、お前大丈夫か?」  付き合いの長いマサキが盛大に乾杯の音頭をとった直後、俺の耳元でマサキの高校時代の同期であるリョウタがそのように、消え入りそうな声で訪ねてきた。  乾杯後の一口目でジョッキに並々注がれた生ビールを飲み切った俺は、彼の「大丈夫」という言葉が金色の液体で洗濯されるような錯覚を覚える。  メニューをなぞっていた視線をリョウタの方に向ける。そうして暫く彼の額のあたりを見つめたのち口を開いた。 「大丈夫って、何が?」 「何が、って、今日はお前の誕生