短編小説『異熟果』(中)



 誕生日を祝ってもらうのに集まったと思ったら、今度はマサキのお見舞いを飲み会の面々で行うために集まることになった。
 スマートフォンをいじりながら歩いていたら、信号が変わったことに気が付かずに交差点へ出てしまったらしい。

 間抜けすぎるマサキの行動には誰もフォローを入れられなかった。



「ほら、暇つぶし用の漫画」

 俺が渡したのは、以前からマサキが俺の家に来るたびに少しずつ読み進めていた漫画だった。マサキはいつも、この漫画を読むために俺の家に来ている節がある。
 酒を飲むのも飯を食うのもそっちのけで、一心不乱に読み進めているのはどこか恐怖を感じさせるものがあった。

 つまりあの熱中具合が、今回の事故も起こしたのだろうけれど。

「次俺の家来るまでには読み終えておいて、それでちゃんと酒を飲もうな」

「悪い悪い」

 マサキは大して悪いと重おっている風でもなく、形式上、手を合わせているに過ぎないことは明らかである。

 お見舞いには既に何人かが訪れた様子で、各々が持ってきたものでマサキの周囲が漫画にエロ本、お菓子、炭酸飲料の類で溢れていた。加えて誰かが煙草をカートンで買ってきたようだ。

「ここ煙草、吸えるの?」

「吸えないこともないんだけど、この足だからな」

 自嘲気味に、マサキが怪我をした左足を示す。

「禁煙にはちょうどいいんじゃない」

 顔を見合わせて小さく笑う。マサキは1日1箱は必ず煙草を吸っている。


「マサキくん!」

 遅れてリョウタがやってきた。
 リョウタは大学から走ってやってきたのか、まだ涼しい季節だというのに着ているシャツを汗でぐっしょりと湿らせている。

 マサキが笑いながら彼を揶揄ったが、リョウタはその言葉の1つにも反応を示すことはなかった。
 代わりに健康なマサキの肩を、いつか俺にしたのと同じように掴む。

「誕生日は、いつ?」

「え?」

「誕生日。そう、誕生日だよ。もしかして今日?」

「違う違う。今置いてあるのは皆んなが入院生活中に、って持ってきてくれた見舞いの品ってやつだよ。入院って言っても、この程度の怪我だからすぐに出てはいくんだけどさ」

「じゃあ誕生日は明日?」

 不穏な空気が流れていた。
 僕もマサキもリョウタの言葉の意味を理解できていなかった。だがリョウタは1人真剣な様子で、目を血走らせながらマサキの肩を掴んでいる。

「いや、俺の誕生日は10月だけど」

「そう、か……。そうなんだ、違うんだね。分かった。ありがとう。お大事にね」

 嵐のように訪れて、嵐のように去ろうとするリョウタの腕を、マサキが取る。その光景に「なんで引き止めるんだ」と、そう口にするのを我慢できた自分を素直に褒めてやりたいと思った。

「お前なあ。怪我とか病気で入院したことないだろ」

「……よく分かったね。そういえば僕には入院の経験は一度もなかったと思うよ」

 思い出すように中空を見つめてから、リョウタはそう答えた。

「入院生活ってのは退屈なもんなんだよ。少しくらい俺の話し相手になってくれ。
 ……まったく、怪我をしたことがないなんて、リョウタが羨ましいよ」

 リョウタの手を離したマサキが、頭の後ろで腕を組んでベッドに寝転がった。弾みで誰かの持ってきたお菓子の袋が床に落ちる。

「リョウタ……?」

 マサキの反応に俺はお菓子の袋を取りながら、振り返ってリョウタを見る。リョウタは放心したように、マサキの怪我をして包帯が巻かれた足に視線をやっていた。

「おーい……」

 マサキにとっても不気味なのだろう。探るようにして声をかけるその姿には、さっきの勢いがもう感じられなかった。


 「イジュクカ」という言葉が脳裏を過ぎる。


「そうだ、お前らがいるうちに煙草吸いに連れて行ってくれよ。もう1年くらい吸ってない気分なんだ」

 諦めたのか、マサキは誰かがカートンで買ってきた煙草から1箱を取り出すと、ベッドから起き上がった。
 煙草という言葉に先日のやりとりを思い出す。リョウタの方を振り返るとしかし、存外リョウタは平気な様子だった。

「リョウタはもう吸わないんだろ?」

「うん、吸わないけれど、副流煙を吸うぶんには問題ないよ。というか、寧ろそのくらいでちょうどいいんだ」


 マサキと顔を見合わせる。
 妙な不気味さがあったものの、リョウタは確かに俺たちについて喫煙所までやって来ると、マサキが満足するまでの十数分の間、笑顔で俺たちの話に耳を傾けていた。



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