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〈感想〉Art for Well Beingプロジェクト「表現とケアとテクノロジーのこれから」(新井英夫、佐久間新、筧康明チーム 主催:たんぽぽの家)を見学して

  奈良を拠点とする「たんぽぽの家」では、昨年度から先駆的なプロジェクト「Art for Well-Being 表現とケアとテクノロジーのこれから」が展開されています。各所にチームがありますが、その中のひとつに一昨年ALS罹患を公表した体奏家・新井英夫さん、長年たんぽぽの家でワークショップを展開しているジャワ舞踊家・佐久間新さん、そしてテクノロジー側からは東京大学・筧康明さんで編成されたチームがあります。去る15日にはコアメンバー3名に新井さんを日々「ケアする人」でもある板坂記代子さんが加わった今年度最後の実験があり、実際に会場で見学させて頂きました。新井さんの当日サポートには、横浜・福祉作業所カプカプの「新井一座」メンバーでもある小日山拓也さんも加わっていました。この1年、たんぽぽの家事務局は病気の進行具合が予測できない新井さんとの信頼関係を第一に、試行錯誤しながら配慮や準備を重ねていくような丁寧なプロセスを踏んでいたと思います。

 新井さんの自宅近くに準備された会場には、私のほかにも数名の知人・関係者が「観る人」として参加し、「表現とケアとテクノロジー」が響き合う場を目撃しました。その時間の中でも特に印象深かったのは、電動車椅子に座る新井さんからの提案で、みんなで彼を「立たせる」こころみがあったことです。ほぼ全身の力が抜けた状態にある新井さんの身体を「立たせる」ことは、実はお互いにとって容易なことではない。しかし、その一連の試行錯誤の時間が「表現」に見えてくるのです。それは板坂さんが日々の暮らしの中で引き受けている動作だということは、ふたりの「息の合った身体」をみればわかるのですが、その日常の身体を越えて芸術表現へと昇華する瞬間が確かにあったと思います。それはもしかしたら、病気を罹患する前の新井さんが野口体操の哲学に基づいて「脱力する身体」を実演する場面を数多く見てきたからかもしれません。あるいは生卵を立たせるワークのように、自分の身体を卵にして相手に差し出せる新井さんの凄みに芸術を感じたからかもしれません。このまま新井さんがひょっこりと立ち上がり突然踊りだす瞬間が来るのではないか、と動けないことを知りながら心のどこかで願っている自分もいました。しかしその時は訪れない。病の現実を突きつけられる切なさも感じていました。

 動かなくなってしまった自分の身体を丸ごと投げ出せる相手には信頼関係が必要不可欠です。この夜の新井さんと佐久間さんにはダンサー同士、芸術家同士の信頼関係もあったと思います。新井さんの身体を柔らかに受け止めていく佐久間さんには、長年たんぽぽの家で車椅子の方と踊り続けてきた経験値もある。板坂さんにも長年のダンスのパートナーだけでなく、ケアする/される関係性になってから積み重ねている勘所がある。だからこそあの瞬間をどこか安心して表現として観ることができたことも確かです。表現やケアは、身体と身体の響き合い、その関係性に他ならないと感じました。
 1時間に及ぶ”パフォーマンス”実験後の対話は、見学者も交えて話題が尽きず1時間半にも及びました。中でも板坂さんが「ひとりじゃないんですね」と晴れやかな笑顔で語っていたことが嬉しかった。そして彼女の言葉に重みも感じました。

 今回、最も”ままならない”存在だったのが、実は原因不明のトラブルに見舞われたテクノロジーでした。しかし新井さんはトラブルを自身の病と重ね、そこに人間らしい「雑味」が感じられると示唆しました。筧さんが目指すのも、テクノロジーがその存在を自然に消していけるような場の在り方、触媒としての関係性だといいます。表現と響き合うようなエコロジカルなテクノロジーの在り方は、シェーファーが示唆したサウンドスケープ思想、音響生態学(サウンド・エコロジー)とも通じるものがあって共感がもてました。ちなみにこの場に「音楽」は無く(必要もなく)、表現者の呼吸、衣擦れの音、時おり窓の外を行き交う水のような枯葉の音、集中度の高い静寂を「きく」ひと時でもありました。

 昨今の社会では「Well-being」が流行語のように氾濫しています。それは結局「よく生きる」ことに他ならない。「よく生きるとは何か」とは、人類が「考えること」を始めてから問い続けている哲学的命題です。春一番の吹いたこの夜は、その答えのひとつに「関係性」があると思いました。身体が動かないということと、よく生きることは別の問題なのです。どんなに身体が変化しても、テクノロジーが進化しても、その根幹には人の存在がある。その人がどう在るか、在るべきかはやはり関係性で決まると思いました。新井さんの病を抱えた身体は、豊かな表現とともに、そのことを私たちに教えてくれたのでした。

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