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いたずら電話を待っている

カチ、ガチャガチャ、カチカチカチ…。

いたずら電話なのか、受話器の向こうでガチャガチャと音がする。

無言だし、何なの?

電話の子機を、充電器にちょっと乱暴に置いた。

またしばらくして、トゥルルルルーって電話の呼び出し音。
「もしもし」というと、また、ガチャガチャ、カチカチカチカチ…。

いたずらだな。
めんどくさいなぁ。

子機の「切」を強めに押して、充電器にガツっと戻す。

5分も経たないうちに、また呼び出し音。
次は子機を耳に当て、黙ったまま様子を伺ってみた。

ガチャガチ…くらいで、腹が立ってブチ切る。

次はもう、電話に出ないぞ。
いっそのこと、受話器を上げておこうかな。


しばらくしたら、義母から私の携帯へ電話があった。
義母の留守中に義父が受話器で遊んでいたらしく、もしかしたらうちへ電話をしたかもしれないとのこと。

何かあればすぐに電話できるように、夫の実家の固定電話には我が家の電話番号が登録されているらしい。


そうか、あれは義父からの電話。
だとしたら、ちょっと嬉しくなる。

「お父さんからの電話なら、なんだか私は嬉しいので、どうかお気になさらず。」

義母は

「じいさん、困った遊びだわ。受話器かリモコンが好きみたいで。もう、留守の間に冷房を付けたりしてるしねぇ。」

と言って、私の声は聞こえていなかったように、さっさと電話を切ってしまった。

86歳が、認知症の89歳を看る日々を思うと、胸が痛む。


それからもたまに、義父からのガチャガチャ電話がくるようになった。

「もしもし、おとうさんですか?」

と、多分聞いてない義父に話しかけてみる。義父はもう、受話器をどう使うのがわからず、ボタンを押して遊んでいるだけだろう。

でも少しは、私の声が漏れ聞こえているはず。
返事はないけど、続けて話す。

「寒いですね。」
「ご飯食べられましたか?」
「琲音ですよ。」

私の気が済んだら、そっと受話器を置く。


カチャカチャ音がする無言電話にだけ、私はそうやって話しかけている。
もしも本当のいたずら電話か詐欺の電話なら、「この人、ヤバい人だな」と、向こうから電話を切ってくれるだろう。


なんかわからないけど、無言電話に話しかけるのは、一石二鳥みたいだ、と思う。


*****

そういえば、私はあまり義父と話したことがない。  
家族が集まるような機会に、大勢の中で少し言葉を交わした程度で、二人きりで話したのは何度くらいあるだろうか。


二女の入院中に数回、デパートの立派なお弁当を持って、おひとりでお見舞いに来てくださったことがある。
二女の顔を見たら、「あんまりここにいたら、あんたが疲れるから」と、長居はせずに、いつもすぐに帰っていかれた。

そんな義父と一度だけ、二人っきりでご飯を食べたことがあったことを、ふと思い出した。


1番下の息子が生まれてから2か月くらいときに、当時5歳だった二女をプールの訓練会に連れて行きたくて、息子の子守りを義父母にお願いしたことがある。

たしか、義母に急用ができて一緒に来られなくなり、義理堅い義父は、おひとりで乳飲子をみる覚悟をされて来てくださった。早朝から電車を乗り継ぎ、背広姿で我が家に訪れた義父に、私はめちゃくちゃ緊張した。


2時間くらいの留守番の間、ずっと息子を抱っこしてくださっていた。家に帰ってきたら、義父は出かけた時と同じソファの位置に座り、お茶すらも飲んでいなかった。


急いで子どもたちの昼を済ませて、義父と2人でお昼ごはんを食べた。
かなりドキドキした覚えがある。


そっとビールも出したが、「第三のビール」しか家にはなくて、しまった!と思った。
義父はスーパードライが好きなのに。


たしか、前の日に作っておいた八宝菜とおでんを出したのだが、「野菜炒めと筑前煮がおいしいよ。」と言って食べてくださった。

夫が「あんなに俺たちの子育てに関わらなかったオヤジが、孫の世話をするなんて、信じられやん。」と言っていたことを思い出す。


口数の少ない義父との二人だけの食事の時間は、ただただ子どもたちを見つめて笑う時間だった。
食べたらすぐに「俺があんまりいたら、あんたが疲れるだろうから」と言って、帰っていかれた。

そういう方だ。

あまり口には出さないけれど、いつも私たちを気にかけてくださる。
さりげなく助けてくださった。
そして、助けを拒む。


今も全ての助けを拒み、デイサービスも訪問のサービスも、義母や子どもの手を借りることすらも拒む。

そういう父だ。


義父は今でも、誰かの「助け」になりたいんだろう、と思う。


電話の使い方も、朝か夜かも、家族やご自身さえもわからなくなった現在でも、「助けてもらう」ことを許せないでいる義父が、心穏やかに過ごされることを願うことしか、私はできないでいる。



義母が電話機を隠しているみたいで、義父からのいたずら電話がこの数日ないが、次に電話があったら、「おとうさん、ありがとうございました」って、今更だけど言ってみようかな、と思っている。


最近あまり出番がなくなった固定電話もこんな時は、いい仕事するな、と思う。


ちょっと期待しながら、私は義父からのいたずら電話を待っている。






最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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