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人事・人材育成の視点から考える子育てについて②

皆さんの周りでも、「子どもにスマホを持たせるべきか?」「子どもがスマホを欲しがって困っている」といった話や、いわゆる「スマホ育児」などの話がチラホラ出てきたり、目にするようになっているのではないかと思います。

今回は、そうしたことの是非を問うような話ではなく(笑)、私が人事コンサルタントや研修講師として仕事をする中で、人事や人材育成の理屈とこれまでの実践経験を踏まえた「子育て論」について話を展開していく…という内容です。
(以前にも、第一弾として子育てしていく上での前提についていろいろと述べているので、良ければそちらもご覧ください。)

まぁ、子どもにもいろいろタイプがありますし、子育てには考え方や価値観も賛否あるかと思いますが、ハチャメチャだったのが、今のところそれなりにしっかりとした情緒や判断力を発揮しているのでこの子育て論はまぁ成功しているのではないかと判断しています。

概要をお伝えすると、スポーツでも学習でも何でも良いのですが、「何かができるようになる」ことを重視するのではなく、「将来、社会に出て必要とされる行動特性(コンピテンシー)を身につけていく」ことを重視する子育てをしている、ということになります。コンピテンシー教育とでも言いましょうか…。

では、どのような子育てをしているのか?以下にいくつか例示していこうと思います。

1.学習や生活における中期の育成テーマを作る

会社に中期計画などがあるように、我が家の子育てにも中期テーマを設けています。
何もルールが無ければ「上司が自分の気分で部下を扱う」ように、子育てにも何もテーマが無ければ、「親のその時の気分や感情だけで判断されがち」だからです。

この中期テーマとは、学習面や生活面などいろいろな場面に影響を及ぼすわけですが、例えば我が家では学習面において以下のように設定しています。

小学1年 報連相・・・・自分の身の回りのことを進んで報連相する
小学2年 確認・・・・・自分がやったことにミスがないか確認する
小学3年 意図の理解・・・・自分が何を求められているのかを理解・確認する
小学4年 計画と進捗管理・・自分がすべきことを計画して進捗を管理する
小学5年 目標達成と改善・・自分で目標を立てて達成するよう改善していく
小学6年 自己管理の徹底・・集大成として学習と生活の両面で自己管理を行う

「小さい頃から、子どもに求めることなのか?」と思われる方もいるかもしれませんが、こうした習慣が出来なくて、社会に出て困るのは誰でしょうか?

子ども本人ですよね。

私自身も新社会人時代、全く社会習慣が身についておらず、リカバリーに5年を要しました。今の若者も困っています、上記のことが出来ないのです。歴史的に、小・中・高校も体系的には教えていませんし、大学でもそうです。誰も教えない。だいたいの場合において部活やバイト、行事などで「自ら気づくしかない」状態です。

結果として、社会に出てからバイト並みの動きしかできず、社員の給与をくすねる人材に辟易としているのは会社であり経営者なのです。そして、国力が落ちて政治家も学者も嘆いているわけです。

子どもは思春期・反抗期に入ると、親の言うことは聞かなくなります。ですから、小学校のうちから親子で学習や活動を共にしながら、上記のテーマができるように持っていっているわけです。

今、上の子が小学校4年生ですが、計画と進捗管理を頑張っています。

どのようにしているかというと、すべき学習教材が全部で何ページあるか?をまず数えさせます。そして、いつまでに終わらせるかを決めてもらい、残日数で割って一日あたりのページ数を確定させるのです。

例えば、自習プリントがあるとします。この自習プリントが40ページあったとして、残日数が20日とすると、それで割った一日2ページをタスクとします。紙の縦軸に日付、横軸に教材タイトルを書いてもらい、2ページ以上やったら○、2ページ未満の場合は×をつけます。そして、期限までに終わらせられるように○がついているか、または学習でどこがスムーズで、どこでつまずいているかを確認して進捗管理していくのです。一日あたりのページ数が無理そうならば、調整をします。目標設定を調整するのと同じ要領です。

低学年の時は、親から与えられたことを素直にやれば良いわけですが、自我が芽生えてくると「面倒くさい」とか「何でやらないといけないのか」とか、いろいろと食いかかってくるようになりますよね。

なので、小学校3年から4年の自我がしっかり芽生えてくる頃に教えるわけです。(うちは男の子ですからこの時期ですが、女の子の場合はわりあい精神年齢が高めなのでもっと小さい段階から始めても良いと思います。)

その際、教え方はいろいろあると思いますが、私の場合は「いい?今から凄いことを教えるから、ちょっとそこに座って。」から始まり、「計画って知ってる?社会に出たら、会社でも何でもまず計画を立てて、仕事を進めて行くんだよね。それが出来ないと、言われて動くだけの人間になってしまって自分のやりたいことができない。逆にそれが出来れば、自分のやりたいことができる可能性が高くなる(といった感じのことを、具体例を交えて話します)。で、学校の先生も、親も、地域の人も、なかなか教えてくれるチャンスがないわけよ。だから、そのやり方を今からお父さんが教えるから、まずはペンと紙を用意して。」と言って、四の五の言わせずペンと紙を用意させます。

その後は、先ほどの通りです。教材の残ページ数を数えさせ、残日数で割って一日当たりを出させ、紙に書かせるわけです。書いたらまずは「ほら、できた。これが計画。明日から早速2ページずつやれば、○○日には終わらせることができるよね。明日から頑張ろう!」と言って盛り上げます。そうすると不思議なことに、それまでは母親に食いかかっていたのが、「今日2ページやらないと間に合わない!」と言って勝手に始め出すわけです。

このように進めていますが、実際、学習において2年生のテーマである「確認」ができてなくて解答をミスすることもありますし、3年生のテーマである問題の「意図を理解する」ことができず解答をミスすることもあります。ですから、小学校2年や3年のテーマは達成できていないところもあるのですが、本人にその自覚はあるわけで、クリアしなければ社会に出て困るのは自分だ、と十分にわかっています。別にすぐに完璧にできなくても良いのです。

そして、なぜ「社会に出て困るのが自分」とわかるのか?というと、私が日々、彼らに「確認ができなかったら、働いていてどんな困ったことが起こるか?」「意図を理解せず思い込んで仕事をしたらどんなトラブルが起こるか?」逆に「きちんとしていたらどんなことが実現できるか?」を、取引先従業員の実例などを紐解きながら話して聞かせ、「自分の学習習慣と生活習慣が、将来の社会生活と直結していること」をリアルに実感させているからです。

このように、中期テーマに基づいていますが、上記は学習におけるテーマでして、生活においても同様にテーマを設定しています。かといって、別に息苦しいわけではありません(笑)

2.生活の実態を伝えて経済観念を育てる

私個人の経験からにはなりますが、その昔、私の親が生活の実態(収支状況)を伝えていなくて子どもである私に好き放題させた結果、「金食い虫」という私が出来上がったという体験と反省から導き出されたことです。実際、社会人になって自分が働き始めてから、しっかりとした経済観念が出来るまでにすごく長い年月を要したと思います。

これは、コンサルティングをしているとよく出くわす「経営者が収支実態を伝えていないがために、『何だかんだ言って、金はあるんだろう?』とばかりに不平不満と権利を主張する従業員を生み出す会社」と同じ原理です。

上記の場合、従業員に経済観念を持ってもらうには、数字の見方を学んでもらい、数字を開示して目標を追いかけさせたり組立させたりすることが重要になります。

では、子どもの場合はどうでしょう?

子どもは細かい数字のことは理解ができません。ですが、例えばレストランなどで予算の範囲内でメニューを決めさせたり、スーパーでも予算範囲内でお菓子を買わせたり、また、その頻度も週に一回までとか制限を設けるようにします。その際、親が財布を見て、少し困ったような顔をしながら「今日はあんまりちょっと厳しいなぁ…」などとボソリと言ったりすると効果的です。

そして、子どもが不満を示すような時には「お金は無限にあるわけではないから計画的に使う必要がある」ことを明確に伝えます。理解が出来なくても、説明をします。その場でグズるのであれば、あらかじめ説明をして聞かせる。それでもグズると思いますが、「お金は無限にはないよ」と言って素通りするか、「逃げろ~!笑」とか言って子どもの手を取ってその場を立ち去る。それで良いと思います。

そうこうするうちに、「お金は限りがあるもんね」「お菓子の予算はどのくらいある?」といったことを言うようになり、だんだん理屈がわかるようになります。このように、生活実態も事細かな数字は伝えなくても、どのくらい余裕がある/ない、ということを伝えて「計画的に使う必要がある」ことをメッセージとして伝えるのです。

そのイメージが湧くようになってから、お小遣いを渡すなら渡す、という具合にしていきます。ただ、私としては、あまりお小遣い制は感心しません。労働の対価や付加価値提供の対価ではないからです。何もしなくても定期的にお金がもらえる仕組みに慣れてしまえば、労働の意欲は育ちませんし、逆に、もらえないことに対して不満の気持ちが生じますからね。

多くの親が、子どもが「周りの友達が皆スマホ(ゲーム)を持っているんだから」「仲間外れにされたら困るから」という理屈に抗することができないのですが、スマホを持とうがゲームを持とうが、仲間外れにされる人はされます。本人の周囲との関わり方が何らかマズいところがあるからそうなるのであって、スマホ(ゲーム)を持っているから/持っていないから、が原因ではありません。

ですので、子どもには明確にそのことを伝えた上で、さらに「その初期費用と毎月の維持費は誰が出すのか?」「なぜ親が子どもの娯楽と堕落のためにお金を出さないといけないのか?」「出すことで親、子ども、家庭にとってどんなメリットがあるのか?(デメリットはどうするのか)」を明確に問い正す必要があります。基本的にはそれ以上説明できないでしょう。

我が家では、子どもがガンプラを欲しがったりしますが、必要以上に欲しいようなセリフを言い続ける場合には、「え?何で今、ガンプラが必要なの?(それを説明せよ)」と一言返すようにしています。ただ単に欲しいだけであることに理由はないですから、説明できず何も言えませんね。非常にガンダムに執着していますから、そのうち頓智をつけて言い返してくると思いますが、それが楽しみでなりません。

さて、自制心の利かない若手従業員が増えていますが、それは物心ついたときからお小遣いだけでなく、スマホでも何でも「言えば与えられる状況」があって、思春期になって「わめけば親が折れる状況」になることで「言えば何でも言う通りになる」モンスターが生まれてきているということに、いい加減気づかなければならないと思います。

もし、お小遣いを与えるのであれば、計画的に管理させることは絶対させるようにしましょう。つまり、予算を管理する考え方をしっかり理解させてから、お小遣いを「必要経費に充てる」「投資に充てる」「内部留保を作る」ように仕向けてください。

このように、正しい経済観念を育てていくことをした方が良いです。

3.正しいことと間違っていることを明確にフィードバックする

いろいろな企業やセミナーの場で研修を行っていますと、7~8割の管理者やリーダーは「正しいことと間違っていることを明確に部下や後輩にフィードバックすることができていない」ことがわかります。

何故言わないかという理由については、「そもそもフィードバックする認識が無いから」「口で上手く説明できないから」「自分でやったほうが早いから」「個人情報やハラスメントと言われたら困るから」「辞められたら困るから」「嫌われて自分の立場が悪くなると困るから」のどれかに該当します。そして、本人が居ない所で愚痴・不平不満をこぼすのです。

結果、何が起きているかというと、「企業組織の腐敗と停滞」です。目の前の作業はとりあえず回ります。でも、内部から確実にジワジワと腐っていきます。そして、気がつけばもう手遅れで活力もなく、問題社員とぶら下がり社員がのさばって経営者が嘆くだけなのです。

こうした会社がどれだけあることか。で、結局何が真因なのかというと、関係者が全員、「他人事であること」なんですよね。

「自分ではどうしようもない」と言う人もいますが、もっと言うと、そういう感覚すらない。企業はよく「ゴーイングコンサーン」ということを言われていますが、そのことをどれだけの会社・従業員が認識しているかというと、ほぼ無いに等しいのではないかと思います。おそらく、「勝手に続いていくもの」という感覚のほうが強いのではないでしょうか。

なので、研修やセミナーではその必要性をしっかりと理解いただき、「正しいことと間違っていることを明確にフィードバックするようにしてください」ということを伝え、そのやり方をトレーニングするようにしています。

この話、実は子育ても同じなんですよね。

私の考え方が古いと言う方もいるかもしれませんが、企業と同じで「家柄は続くもの」と考えています。これは、何人たりとも免れることができません。私という存在は、地球に突然出現して私の代でいきなり終了するのではなく、先祖からの個性をある程度受け継いで、私の代にその時代の色々な情報や刺激を吸収し才能を開花させ、次の代に引き継いでいくものである、ということです。少年漫画の好きな方なら知っている人もいるかと思いますが、「ジョジョの奇妙な冒険」のような感じです。血統と意思を受け継いでいくものなのです。

ですから、私の子育てに対する考え方は「世代を超えた超長期スパン(ゴーイングコンサーン)」なのです。そう考えていきますと、自分の生き方もそうですし、子どもの生き方も非常に重要になってきます。

つまり、社会に生きていく人として、「その態度・その行為が正しいか、間違っているかを判断でき対処できるようにする」ことが非常に大切です。これは、「正しいこと=社会や環境、人の役に立つこと」「間違っていること=社会や環境、人の迷惑になること・害すること」の違いを明確に教えるということです。

たとえば、子どもがレストランなどで周囲に対して迷惑行為をしても何も注意しない、注意するにしても「お父さんとお母さんが恥ずかしいでしょ。」と言うとします。まぁ、こういう親御さんは目につきますよね。

これは本来、「他の人がお金を払って、自分たちと同じように楽しむ時間を買っているのだから、それを侵害してはいけない」ということをしっかり伝えることから始まります。
例えばどう言うかというと、「いい?あなたがご飯を食べるのを邪魔されたら嬉しい?」と問いかけて嫌だと本人が言ったら、「あなたが今、他の人に対してそれをやっているので、辞めなさい」と言うようにします(これは全ての場面において口やかましく言うと、非常に窮屈になりますから、状況を見てからになります)。

レストランで迷惑行為を行う子どもの当初の心境は「自分がどこまでやっていいか、親を試している」感覚でやっています。自分のスリリングな態度や行為に対して、親がどのようなフィードバックをするかを期待して行っているわけです。

ですから、当然ですが「どの範囲であれば良いか、どの範囲からはダメか」をきちんと教えていくことが重要になります。ただ、幼児の扱いなどを見ているにつけ、私は思いますが、多くの親が子どもに舐められてしまっています。

つまり、親と子の立場が逆転しているんですよね。子どもが王様で親が家来になってしまっているのです。当然ですが、そういう子どもがそのまま大きくなると、その思考回路のままなわけですから、年長者である先生や先輩、上司の指示も聞き入れなくなります。
先天的な問題以外、私は「親のしつけが大方の原因」と思っています。何より、そうしたしつけを保育園や幼稚園、小学校などの外部にアウトソースしている感覚すらある。これは本当にマズいです。

上述したような「お父さんとお母さんが困るでしょ」的なことですと、子どもは利口ですから、「親は自分がこうすればこういう風に出てくる」というパターンを見切ってしまって行動がストップすることがありません。

ですから、親はその一つ上をいって、子どもが想定しないようなパターンでフィードバックしてあげる必要があります。

たとえば、上記のレストランの例で私がやるとするなら、自分の子どもが迷惑行為や態度をして言うことを聞かない場合、私が子どもに対して邪魔をしまくります。子どもが「何でそんなことするの?」と嫌がるとするとしめたもので、「嫌でしょ?あなたが周りのお客さんにしているのもこれと同じことなんだよね。」と冷静に無表情で伝えたりするでしょう。その時、子どもはやっと理解するのです、自分の行為がいったい何をもたらしていたのか、ということを。

これはあくまでも例ですが、このように子どもが想定できないフィードバックのパターンをいくつも試すようにしています。そして、私は親として、指導者としての引き出しやネタを増やしているのです。

そして、正しいことと間違っていることを明確にフィードバックしていき、どういった場所ではどうすることが正しいことか?間違っていることか?を理解させて彼らの判断の精度を上げていくということになるわけです。

もちろん、男の子と女の子では、状況把握や態度に大きな違いがありますし、個性や能力差もありますので一概には言えません。が、そのくらい子どもに関心を持って子どもの態度や行為に対して、正しいことと間違っていることを明確にフィードバックすることが大切ではないかと思います。

4.人生について話し合う時間を適宜設けるようにする

我が家では、「生きること」について話すことが度々あります。別に定期的にそうした時間を設けているといったことではありませんが、子どもの何気ない態度や発言、行為に対して目につくようなことがある場合、そこから派生して人生につなげて話し込むようにしているのです。

たとえば、「自分さえ良ければいい」とか「自分なんかダメだ」といった具合の言葉が口をついて出てきたとすると、「それはどういうことかね?」と尋ねるところから始まり、考え違いをしているようなことがあれば話し合って正すようにしています。それは、小さな芽ではありますが、間違った考えを正としてしまうと、ひずみが大きくなって人生が崩れることがわかっているからです。

大抵の場合、子どもは「このままいくと将来どうなるか?」がイメージできないので、私が解説するようにします。日頃から、活躍している人から本当にどうしようもない人まで多くの人材をつぶさに見ているので、その人がいったいどのような態度や行動、発言をしているか?を交えて、その末路まで伝えています。

結局、「学歴があるか?」「スポーツができるか?」「資格があるか?」といった表向きなことよりも、「どのような考え方・捉え方で、どのような態度・発言・行動をするか?」の内面的なことのほうが人生においては大切であり、チャンスを活かすか殺すかはその人の振る舞い次第なのです。

そして、どのような態度・発言・行動をするか?はその背後にその人の生き方が表れます。

「真剣に生きても人生、いい加減に生きても人生」「前向きに生きても人生、後ろ向きでも人生」「人の役に立っても人生、人に危害を与えても人生」すべてその人の人生であり、その人が享受するものです。

ただ、私は私自身もそうですし、子どももそうですが、やはり「前向きで充実した、真剣に楽しんで成長していく人生」を送って欲しいと考えています。これが私の考え方であり、子どもにもそういう人生を送って欲しい、という家庭の指針なのです。

別に生き方は自由ですから、私が他の人に対して云々言うこともないのですが、せっかく親が必死になって汗水垂らして働いても、スマホに毒された若者の「味気ない、意味のない無駄な人生という時間をアプリやゲームで消費するだけ」にしてしまっては、何のための投資か全く意味が分かりません(それは個人や家庭の話だけでなく、国家の問題、世界の問題でもあると私は思っています)。

翻って、企業における人材育成も全く同じと考えることができます。

まず、人材育成をする指針がないです。そして、行動指針があったとしても会議室の壁に掛けられているだけでそれを実践していません。または、口やかましく言ってもいません。せっかくの言葉が「死んでいる」のです。

たとえば、「社訓やクレドを実践できているか」測るために人事評価制度を変えたい、という相談があります。

日頃、経営者から末端従業員に至るまで実践できているかを相互に確認し合う風土を作るために、やる気はあるものの知見や余力がなくやり方もわからないから、お金を払って作りこみたいということなら大丈夫なんです。

逆に、お金さえ払えば良いものを作ってくれるだろう、という考え方・生き方をするなら仕組みを入れても全く生かされることはありません。仕組みに頼って、お金に頼って、他人に良くしてもらおうとするからおかしくなるのです。

私はそういうのを見るにつけ、子育てをアウトソーシングする今の風潮と被って見えて仕方がありません。それだけ、生きることそのものはインスタントになっているのだと思いますし、これだけネット社会が浸透していても、大切なことは伝わらず広がらないのだと認識し、せめて自分とその周りだけは強く優しく生きていこうと考えるわけです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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