臨床心理士が星野道夫LOVEを語る|ココカリ心理学コラム
出会いは私が21歳のとき。書店で何気に手に取ったSWITCH「星野道夫 FORGET ME NOT」(1999年1月 Vol.17 No.1)でした。
一目ぼれです。惚れるというか、写真が放つエネルギーに圧倒され、彼の才能や熱量に対する嫉妬だったり、打ちのめされました。否が応でもアラスカの壮大な写真が脳裏に貼りつき、綴られた文章が心を刺してきたのです。コンプレックスな感情はやがて散霧し、以来、私は彼を河合隼雄と二大巨頭として崇めています。
先日、勤務する心療内科のカンファレンスで、スタッフ同士お気に入りの本を紹介する時間があり、悩んだ挙句『旅をする木』を推薦しました。日焼けで茶褐色の20年来の文庫本を、20代とはまた違う感銘で読みなおしました。
今も昔も、星野道夫の何が私を魅了するのか。答えは最初の章「新しい旅」6ページに詰まっていました。
時間の捉え方
星野道夫は、自然時間と社会時間を掴めた人なのでしょう。
「今日を生きる」それが生物の本分です。現代人はあまりにも過去と未来に心を配りすぎています。だから悩むし、気苦労を患います。
隠居して、厭世的に生きるのもまた違います。私は「今を生きる」が現在人にとって大切なことだと思っています。マインドフルネスの世界観はその通りだなと思っています。自然界の大きな時の流れを意識しながら、現代社会における今この瞬間を精一杯に過ごしていきたいものです。
情熱パッション
二十歳そこそこ若造だった私は、高校から続く自身のアイデンティティ課題の真っ最中でした。オーストラリアへ短期留学の経験から、自意識の殻からの脱却ができ始めた頃です。「自分は何者であるのか、自分の使命はなんなのか」答えは全くみえていませんでした。
星野道夫は見つけたのだと思ったのです。アラスカを愛し、アラスカに愛された男。羨望の眼差しでこの部分を読みました。「熱中できるものが俺にも訪れるのだろうか。それはわからないけど、自分は自分の人生を生きるしかないのだろう」そんな想いが芽生えたのでした。
人間観
臨床家としての私の人間観がまさにこれです。人は変わっていく生き物であり、変わっていかねば滅する存在だと思っています。
星野道夫の思想が私に影響したのか、彼の言葉が私の奥底の感性を具現化してくれたのか、恐らくどちらもそうなのでしょう。すでにもう絡み合っています。だから、彼が撮った写真や綴った文章は、40代になった私にとっても、いつも新鮮にエンパワメントしてくれる産物であり続けるのです。
星野道夫という人がこの世に存在してくれてよかった。私は彼に救われたし、亡くなられてなお今でも変わらずに助けてもらっています。臨床家として私も誰かの役に立っている存在であれば、これ以上の幸はないですね。