「働く」🟰「自己表現」？

「働くこと」は自己表現なのでしょうか？
前回までの探究を踏まえ、今回はこの問いを考えてみたいと思います。

ただ、この問いを考える場合、「自己表現ってなーに？」ということをまず考えなくてはならないと思います。

これまでの探究同様、過去の哲人と話してみましょう。

私たち「こんにちは。“自己意識の弁証法“について、さわり部分だけ少しお話できますか？」

ヘーゲル「自分、急に電話してきて世間話もせんと、なんしようと？難しい話しよっと？」

私たち「急ですみません。要点だけ教えて頂いても良いですか？」

ヘーゲル「ヘーゲル、今ちょうど帰ってきたとこやけん、よかよ。まず、自己意識は単独の自己意識だけでは実現されないたい。」

私たち「ほう、なるほど。自分の意識を確認する為には自分だけではできない、ということですね。」

ヘーゲル「そうたい。ばり理解が早いばい。意識は他なる意識に出会った時、初めて自己を理解するばい。働くという文脈で言えば、働くことは自己を物とする行為、とも言えるばい。それを外化っちゅうたい。」

私たち「自分を外（他者・モノ等）に対置させることで自分を理解する。つまり、自分１人では自分のことがよく分からないから、他なるものを用いて鏡のように、自分を理解する。それを外化と言うんですね。つまり、今風に言えば自己表現のようなニュアンス、ということですかね。」

ヘーゲル「自己表現いう言葉、ばり便利ね。分かりやすさ重視で言えば、ニュアンス的にはそうとも言ってよかろうもん。あ、そろそろヘーゲルご飯の支度するたい、切ってよか？」

私たち「あ、ありがとうございました。またよろしくお願いしますー」

ヘーゲル「自分もたくさん食べりーよ。ヘーゲルよかろうもん！」

この回から見た人には、このやり取りがどう映るのか分かりませんが、歴史的に見て、「自己表現」のようなニュアンスが「働くこと」と同時に語られるようになったのは、近代（現代）特有のことです。

ヘーゲルの概念を用い考えてみれば、「働くこと＝自己表現」と仮定した場合、「働くこと」それ自体が自己を投影する営みである、ということでしょう。

自分らしさ、とか。
ありのまま、とか。
今風に言えばそのような言葉も包摂されるかもしれません。

ところで、「自己表現」という言葉からは、「芸術」のような言葉も連想されそうが、いかがでしょうか。

芸術家をはじめ、何かを創作すること等を仕事としている場合、端からみると、「表現的」要素が少なからず存在するようにも思えます。

しかし、そのような仕事に就く人全てが全て「自己表現（その人の写し鏡として作品をつくる）」とか、「その人の作家性（その人が言いたいこと）」を前面に出して、作品作りをしているのでしょうか？

そして、仮にそうである場合、そのようにしてつくられた作品は、果たして、社会に受け入れられているのでしょうか？

つまり、働く＝自己表現＝仕事として成立している状態、なのでしょうか？

このタイミングでは「働く」という行為を分けて考える視点が、役立つかもしれません。

ハンナ・アレントという人がいました。アレントは、「働く」という行為を次の３つに分けて考えました。

労働（生命や生活維持の為に必要な作業）
仕事（能力を用い作品を生み出す行為）
活動（芸術等の表現行為）

「労働」は、生きる為に必要な苦しさを伴う行為。「仕事」は、自分の能力を用い社会に何かを産む行為。
「活動」は、自分の思想や行動の特性を社会に活かす行為です。

アレントの言葉を借り、「労働」「仕事」という大枠の中に「自己表現」を位置させる場合を考えてみましょう。

既存の社会構造では、先に挙げたようなケース（芸術・何らかの創作＝仕事になっているケース）も、一部の人にはそのような状態(自己表現・作家性を前面に出す＝仕事となる状態)が成り立つかもしれませんが、大多数の人には当てはまらないと思います。

つまり、現段階の社会構造を前提にすれば、「仕事」になる為には、「あなた」と「社会」をつなぐ為の適温、みたいなものが存在すると思うのです。

つまり、「あなたが表現したいこと」と「社会（他人）が求めていること」には温度差があることの方が多いのでは？と思うのです。

また、「自己表現」なるものを優先する場合でも、次の視点も考慮する必要があるでしょう。

そもそも既存の社会に用意されている職業（労働・仕事）の中から、その人が「自己表現」できるものを選ぶ、マッチングさせる、という視点で、それ（自己表現）は達成される性質のものなのか？

雇用されている状態において、指揮命令される状態の中で、どんな論理で「働く＝自己表現」という図式が成り立つのでしょうか？

資本主義の論理で働く限りにおいては、そこに自己表現を求める余地は無いとは言わないまでも、現実的には少ないのが事実であるようにも思えます。

すると、今まで見てきたことから、次の視点が浮かび上がってきます。

既存の社会構造を前提とする限り、そもそも、「自己表現」を「労働」「仕事」と重ね合わせて考える必然性はあるのか？

ここで言いたいことは、「自己表現」が宜しくない、ということではありません。
 
「働く＝自己表現のはずだ」という潜在的な思い込みが原因で迷うくらいであれば、視点を切り替えた方が良いのでは？と思うのです。

ふわふわした感じで「働く＝自己表現のはずだ」と対峙し、迷い続けるくらいであれば、現時点では、現実的に考えてそれは難しいこととして諦め、他の捉え方がないか試みる、といった方向で思考を進める方がええ感じではないか？価値があるんと違う？と思うのです。
 
すると、この段階にきてようやく、次のようなことが言えるかもしれません。

「自己表現」は必ずしも「労働」「仕事」という営みに合致する必要がないかもしれない。

雇用が前提の状態で「働く＝自己表現」となる状態はどんな状態があるか、具体的に考える必要がある。
※例えば、そのような心理的安全性が高度に担保された組織で働く、又はそのような組織を組成する、等。

そもそも、あなたが望んでいる「自己表現」とやらは「雇用」という枠組みの中で達成可能なのか見極める必要がある。
難しいなら、雇用という枠から出る。

「自己表現」は「既存の社会にある職業（仕事）の中から選ぶ」というスタンスで成り立つ性質のものでない可能性がある

社会構造の変化に柔軟に対応する為、「はたらく」を楽しみ味わう意味で、「労働」に割いている時間、労力を見直し、「仕事」「活動」の比重を増やす工夫をする。意思決定をする。

ここまでくると、「自己表現」は、「必ずしも労働、仕事という範囲でなくても良い」という視点や、「仕事とするなら、既存の社会に選択肢が無い場合は新しくつくる」とか、「仕事ではないが創作等の要素を含む活動を増やす」等の視点が、浮かび上がってきます。

アレントが区分けした３つに則る必要はありませんが、「働く」という行為をあなたなりに分け、「自己表現」に特化する「時間」「領域」を設定・仮決めする、というスタンスは現実的だと思います。

すると、「余暇」をそのような時間として充てれば良いと考える人もいるでしょうし、あくまでも「仕事」にする方向で考える人もいるでしょうし、最初は「仕事という枠以外」から始めて「それが仕事になったらええね」というスタンス、もありでしょう。

ここでは触れませんが、余暇に関する研究も随分なされていますから。

ちょっと長くなっちゃったので、今日はここまでにします。