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外見ばかり、褒められることの空虚感。

私の内側に目を向け、そこに価値を見出してくれる人はどこにいるんだろう。

ある意味贅沢な悩みかもしれないが、はっきり言ってしまうと私はよく外見を褒められる。

嬉しくないないわけではないが、いつもなんだかモヤっとした
ぬるいラーメンを食べた時のような気持ちになっていた。

どうしてこんな気持ちになるのか、小学生の頃から考えていた。

可愛いね、スタイルいいね、顔小さいね、脚細い!

「ありがとう」

その場ではとりあえずそう返すものの、同時に「また言われた、知ってる、もう知ってる。。。」となる。
みんな私の外側の物に価値を感じて近寄ってくるように感じている。

私の内側に目を向け、そこに価値を見出してくれる人はどこにいるんだろう。

嬉しい!ありがとう!という感情はとても儚くて、
パチパチッッと火花のように一瞬で燃え上がって消えていく。

消えた後には、「これを守らないと、維持しないと、自分の価値がなくなってしまうのではないか」という
焦り、恐れ、不安、、、といったような肌寒い気持ちが襲ってくる。

毎日毎日、たくさんの工程のスキンケアやヘアケア、食事への気遣い、鏡でくまなく自分の体、顔を点検する。
シミはないか、傷はないか、浮腫み具合はどうか、毛先は?

たくさんたくさん点検して、安心したら眠りにつく。

もちろん、美容が嫌いなわけではない。
自分が美しくいることは私にとって重要なこと。

でも、どこかでうんざりもしている。
目に見えるものにばかり寄って来る人たちにも、
外見が多少崩れても内側にたくさんの価値があるじゃないかと自分を信じ切れて上げられない自分自身にも。

両者に対してうんざりしている。

私の内側に目を向け、そこに価値を見出してくれる人はどこにいるんだろう。

この問いの答えを、他者に求めていた自分も愚かだったかもしれない。

私の内側に目を向け、そこに価値を見出してくれる人はどこにいるんだろう。

ここにいる、努力を一番近くでいつ何時も見てきた人物がたった一人ここにいたことに書きながら気づいた。

自分以外の誰かから認められたい
私たちはついついそう思ってしまう。

でも、自分のことを自分が信じてあげられていないことが、
一番むなしいことかもしれない。

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