見出し画像

ひとつもこぼさず覚えていたい

記憶を失くしていく映画に、これまでどれほどたくさん出会っただろう。博士の愛した数式、エターナルサンシャイン、君に読む物語、頭の中の消しゴムなど、有名どころでもこれほどに。

本当は脳の奥底に埋まっているとしても、思い出せないというのは存在自体失ったように感じる。「忘れてしまう」という響きすら寂しい。でも仕方のないことだと割り切ってきた。老化もあるし脳の容量もある。過去よりもいまがいちばん新しい人生なのだから、思い出のキャパシティはそこそこになってしまうのだ。愛する人を忘れていく主人公たちの姿に涙を流しつつも、そんなふうに考えていた。

過去形なのは、私が変わってしまったからだ。

ここ数年、目にしたもの触れたもの感じたものすべてをそのまま瞬間冷凍保存できたらいいのにと密かに、そして熱烈に祈っている。壁のない心で子どもたちと一緒に遊ぶときのたまらない嬉しさ、パートナーがかけてくれた言葉で心が緩む感覚、音楽を聴いて耳から背筋に走る鳥肌。すべてあるがままに何度でも再体験できたらいいのに。

一度しかないからきらめくのだと分かっていながらも、受け取ったあれこれをすぐに想起できなくなることがなんだか口惜しい。こんなにもこんなにも胸がぎゅんとなる感動をひとつもとりこぼしたくなくて、「絶対ずっと覚えていよう」と声に出さず呟く。そうやって自分と約束をするように記憶の保管庫に送り出して、時折わざと取り出しては鮮度を保っている。

日々に感動があると気がつける人生でよかった。ただ通り過ぎるだけの私でなくて嬉しい。どれだけ惜しんでも、体験した瞬間のまま感じなおすことは難しい。だから言葉に残すのだ、書いて書いては読み、また書いていく。出来事よりも感受性のさざめきに心を向けて。

今年は特に、焼き付けたい一瞬を何度も味わった気がする。大抵隣に誰かが居てくれた。あなたたちのおかげに間違いない。覚えているからね、大事に守っていくからね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?