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日本の現状と展望 教育行政と子ども向けプログラミング

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↓前回記事↓

前回は「世界の潮流 国策としてのプログラミング教育」と題して、世界各国におけるプログラミング教育の実情と世界全体の潮流についてまとめました。主な参考資料として用いた平成26年の文部科学省による調査研究も6年前の話。もともと変化の激しかった領域がSTEAM教育の普及、2020年以降は世界的なコロナ禍における教育のリモート化、すなわちデジタル化が起こりICT教育を取り巻く環境は大きく変貌を遂げました。

そのような国際的な流れの中で、日本でも2020年より、義務教育課程にICT教育が本格的に取り入れられ始めました。自治体によっては昨年より公立校であっても小中学生全員にタブレット端末が配布され、当たり前のようにデジタルツールを使いこなす世代が確実に生まれてきています。

今回は我が国におけるICT教育、その中でも特に子ども向けプログラミング教育がどのような目的、目標のもと設計され、実施されていくのか。日本政府の資料から読み解いていきたいと思います。

またあらかじめのご案内になりますが、次回は子ども以外の一般における、プログラミング学習環境がどのようになっているかを紐解いていきます。お楽しみに。

それでは早速始めていきましょう。

日本のICT教育の歴史

戦後、日本では国民教育を日本国憲法、教育基本法の精神に則って国家主体で行ってきました。義務教育を軸に国民の大多数に遍く一定レベルの教育を施してきたのです。

国数英理社を中心としていくつかの副教科によって構成される義務教育課程も、時代の要請に応えてさまざまに変化をしてきました。その中で日本のICT教育はどのように発展してきたのでしょうか。

世界的にも、この日本でも戦前からコンピュータの実現の基礎研究があり、戦後には一気にエレクトロニクスが進歩し、コンピュータが社会に台頭してきました。

1950年台には大学など一部の研究機関で、数学や物理学、工学の延長線上にコンピュータを学ぶ研究室などが生まれ始めた。

日本の大学で最も早く「情報工学」系の学科を設置したのは、慶應義塾大学で、「図書館・情報学科」(1968年設置)でした。

当然この頃には初等、中等、普通教育に情報工学は導入されておらず、コンピュータに先駆けて普及していた電卓ですら、教育現場への導入は算盤による計算を推奨する主張に抑えられているような時代でした。

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一方で1980年に入り、パーソナルコンピュータが一気に普及し、社会の情報化が加速度的に進みました。教育の現場でもこれらの社会の変化に対応すべく、「情報活用能力」をつける「コンピュータ支援教育」というあくまでも受け身の姿勢で日本のICT教育は始まりました。

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その後年々情報活用の能力を学校教育で育成することの重要性が示されるようになりました。何度も教育審議会を重ねる上で、1989(平成元)年の学習指導要領の改定に伴い、中学生の「技術・家庭」科目に選択領域として初めて「情報基礎」が新設されました。また同時に、社会、公民、数学などの科目にも情報に関する内容が取り入れられました。日本におけるICT教育の幕開けです。

1990(平成2)年には「教育情報の手引き」という、現在の指導要領につながる初めての手引書が作成されました。1996年からは、高校教育に「情報」という科目が取り入れられ始めました。

21世紀を目前に、1990年代には情報教育や、情報機器を積極的に教育現場へ投入していきます。1998(平成10)年には中学校の「技術・家庭科」において「情報とコンピュータ」が必修科されました。同時に高等学校普通科に独立科目として「情報」が新設され、必修科されました。

その後、学習指導要領の改訂ごとに情報教育の扱う範囲は広まりました。

筆者自身もその流れの真っ只中、平成20年代に中等教育を受けた世代です。小学生高学年の時にはプロジェクターを使った授業が行われたり、各教室に液晶テレビが導入されました。ホームページ作成ソフトを利用して簡単なホームページを作り、それらを今は懐かしいフロッピーディスクに焼き付け持って帰ったことをこの記事を書きながら思い出しました。

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私の中学時代はクラスのごく一部がケータイやiPhone、キッズ携帯を持ってただけでしたが、高校時代にはほぼ全員がさまざまなスマートフォンを利用しており、大きなパラダイムシフトの真っ只中にいたことを実感したものでした。高校時代の後期には電子黒板が各クラスに導入されたことも考えるとまさに私の初等、中等教育時代は日本のICT教育の改革期に全く重なるものだったことがよくわかりました。

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しかしここまでの日本のICT教育はあくまで、刻一刻と変化する情報化社会にどう対応するか、それらの産物をどのように活用するかといったことが念頭に置かれ、あくまで基礎的、そして社会の変容に対してかなり後手後手の教育に終始していました。

そんな中、日本のICT教育は2020年に大きな転換期を迎えるのです。

日本のICT教育の現状

教育現場への電卓の侵入を拒むようなところから始まった日本のICT教育ですが、2020(令和2)年、大転換機を迎えます。

2001年(平成13)年の「e-Japan戦略」、世界的な「IT革命」、2013(平成25)年の「世界最先端IT国家創造宣言」、2016年(平成28)年の「Society5.0」「日本再興戦略2016」、2018(平成30)年の「未来の学びコンソーシアム」における通称「みらプロ」、2019(令和元)年の「GIGAスクール構想」など、2020年の情報教育改革に向けて2000年以降、さまざまな取り組みが行われてきました。ここではそれぞれの詳細については触れませんが、着実に情報教育を重視し、注力していく姿勢が明確に打ち出されたのです。

特に「日本再興戦略2016」内において、官民戦略プロジェクト10の筆頭に「第4次産業革命(IoT・ビックデータ・人工知能)」が掲げられていること、そして別章には「イノベーションの創出・チャレンジ精神にあふれる人材の創出」が明記されていることからも、教育行政全体の命題として、従来の「ICT社会に対応する」といったものから「ICTを使いこなし新たな価値を創出できる能動的な教育」へとシフトしたことは評価すべき点でしょう。

実際に「GIGAスクール構想」はコロナ禍における要請の高まりも相まって2021年現在、ほぼ全ての小中学生にタブレット端末が支給され、授業や課題などさまざまな場面で利用されています。

また小学生からプログラミング教育が始まったことも非常に大きな変化です。

日本のICT教育におけるプログラミングの位置付け

プログラミング教育は日本の学習指導要領において「学習の基盤となる資質・能力」と位置付けられた「情報活用能力」の一部として位置付けられています。

「プログラミング的思考」という言葉が随所で語られるように、高度な技術の習得は当然現時点での目標にはなっておりません。プログラミングや情報、情報技術などの知識を理解することで、論理的思考力、判断力、表現力を身につけ、学びに向かう力や人間性を培うことが目標のようです。

したがって今後数年の間は、実際の仕事の現場で活用できる高度なプログラミング教育やプログラミング言語を用いた学習は行われません。したがってこれらの教育でプログラミングスキルが身に付くわけではありません。

また「プログラミング」や「情報」といった新規の独立科目が設置されるわけではなく、プログラミング教育は複数の科目において段階的に導入されるようです。社会や算数、理科、音楽や総合的な学習の時間を用いて、プログラミング教育を織り交ぜていくようです。

日本の小学校をはじめとするプログラミング教育について

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文部科学省は小学校にプログラミング教育を導入する理由として

・コンピュータが人々の日常に欠かせないものになり、情報機器やサービス、そして情報そのものを適切に選択・活用して問題を解決していくことが求められるようになっていること。

・コンピュータをより適切、効果的に活用していくために、その仕組み、またそれに命令を与えるプログラミングについて初等教育から学習する必要があること。

・プログラミング教育が子供たちの将来における可能性を大きく広げるものであること。

をあげています。

また、小学校におけるプログラミング教育の狙いを文科省の資料より抜粋しました。

1「プロ グラミング的思考」を育むこと

2プログラムの働きやよさ、情報社会がコ ンピュータ等の情報技術によって支えられていることなどに気付くことがで きるようにするとともに、コンピュータ等を上手に活用して身近な問題を解 決したり、よりよい社会を築いたりしようとする態度を育むこと

3各教科 等の内容を指導する中で実施する場合には、各教科等での学びをより確実な ものとすること

この中で特に何度も書いてあることがいくつかあります。「プログラミング的思考」「ブラックボックス化」です。

「プログラミング的思考」は論理的な思考力と言い換えることもできます。数学の応用であるコンピュータを動かすためには非常に高度な論理的思考が求められます。簡単なプログラムを作成することで、これら思考力を学ぶことができる点が重視されています。

「ブラックボックス化」は深刻な課題です。全世代に言えることですが、特に現代の学童は、生まれた時から便利な情報端末があり、日常的に情報技術に触れています。当たり前にあるものに対して「使い方」は理解できても、その仕組みがわからないようではコンピュータなどの情報端末は彼らにとって「なぜか思い通りに動く魔法の箱」になってしまいます。目の前の当たり前に疑問すら抱かなくなること。仕組みを知らずに活用し続けることで、新たな発想の創出が阻害、矮小化、陳腐化される恐れがあること。これらを「ブラックボックス化」と呼び、非常に危惧しているのです。

これらのことから、コンピュータをはじめとする情報端末がどのような仕組みなのか、そしてそれをプログラムはどのように制御し、人間が活用できるのか。これらを複数科目と組み合わせながら学習していくことを目指しています。

筆者が文部科学省の資料を読んでいて一番驚いたのは、この「複数科目との組み合わせ」によるプログラミング学習の実施です。タブレット端末のアプリケーションを用いて音楽を作ったり、数学の図形分野でプログラミングを用いて正多角形を描く際の手順が問われたり、プレゼンテーション資料を自前で用意して実際にみんなの前で発表したりと、科目横断的にICT、プログラミング教育を施していく施策に、思った以上の工夫があり素直に感心させられました。

ここまで小学校におけるプログラミング教育について触れましたが、中学生においても刷新がありましたので触れます。

中学校では小学校と同様に、教科等横断的な視点からのプログラミング教育に加えて、「技術・家庭科」の「技術分野」において指導していくようです。コンピュータの操作やアルゴリズムの図示、ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題の解決や計測・制御のプログラミングによる問題の解決について学習することになっているようです。

多少のプログラムの作成も指導内容に入るようで、一部では諸外国に倣ってMITのメディア・ラボが開発したビジュアルプログラミング言語である「LOGO」「Scratch」を用いた学習を導入することも検討されているようです。

高等学校では必修科目である「情報Ⅰ」の「コンピュータとプログラミング」においてコンピュータの仕組みと情報の内部表現、計算、アルゴリズムの理解と実装などを学ぶようです。またこれらを学習するためにプログラミング言語を活用するようです。特定の言語そのもののスキルの獲得にならないように配慮しながらカリキュラムに沿って学習を進めます。

小中高いずれにも共通して言えることは、学校教育の一環としてのプログラミング教育においては、プログラミング言語による開発スキルの習得は目標としていない点です。今後も同様の考え方のもと、少しずつプログラミング学習の扱う範囲が増えていき、さらに現代社会で活きるものとなることでしょう。

日本のICT教育の課題と展望

義務教育でプログラミング学習を進めるにおいて最大の課題があります。

小中学校両方に言えることですが、専任教員の確保が現状で難しく、教育カリキュラムを完全に理解できている教員の不足から教育の質の担保が難しいという現状があります。

これらに対しては、各教育委員会に配置されているICT支援員や市民ボランティア、NPO、高等教育機関との連携などを通じて、漸次国全体の教育レベルを上げていくことが模索されているようです。

また民間業者の作成する教材などの導入も検討されていくでしょう。

いずれにせよ、今後少しずつプログラミングがこれまでよりも国民にとって身近な存在になります。学校教育の過程でプログラミングに興味関心を持つ学生は当然増えることでしょう。

以上長くなりましたが、「日本の現状と展望 教育行政と子ども向けプログラミング」と題して2020年前後における学校教育におけるプログラミング教育についてまとめました。大きく飛躍した日本のICT教育ですが、まだまだ世界で見比べると先進的とは言えません。

ICT教育の必然性はもはやいうまでもなくなりました。次の数十年に向けてのICT教育は現在も模索中で今後多くの改訂、発展があるかと思います。同時にこれらに対応していく民間の産業の発展も進んでいます。

次回はその民間の活躍を深掘っていきます。

※この記事はプログラミング学習者向けバーチャル自習室CLOTOのメンバーによって記述されています。

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