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救済すべきは「大・中」企業なのか?、それとも「中・小」企業なのか?

新型コロナウィルスの感染者の爆発的拡大の重大局面にあって、こんなことを考えるのは不謹慎かもしれないけど、家に籠もってたら特に出来ることはないので、もっと先の未来のことを考えたいと思います。

未曾有の大規模財政措置が行われる

米国では新型コロナウィルスの影響を抑える為に、総額2兆2000億ドル(日本円で237兆円)もの大規模な財政措置が行われるそうです。日本でも102兆円の予算が成立しました。この財政措置が効率よく価値的に使われれば、世界が全く新しく生まれ変わりそうな額ですね。。

どう分配したら最も価値的に使えるだろうか?

これだけ世界的に壊滅的な経済への打撃があると、経済を元に戻すことは不可能な気さえしてしまうんですが、こういった財政措置(結局は国民の税金)をどう分配したら最も価値的に経済を再生出来るのでしょうか?

比較軸が狭くはありますが、特に苦境に喘ぐ企業を救おうとした場合、大・企業と中・小企業のどちらをどの程度優先的に救うべきでしょうか?

「生産性が高い」という大・中企業を優先すべき?

先日読んだ以下の記事では、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたというデービッド・アトキンソン氏が、日本の生産性の低さの最大の原因が中小企業にあると断じています。

以下のようなロジックで、「これは世界中で確認できる、動かしがたい事実」だとしてます。

どの国でも、企業の規模が大きいほど余裕ができるので、研究開発が進み、イノベーションが生まれます。また、それぞれの労働者が自分の専門性を発揮しやすいので、生産性の向上に貢献しやすくなるのです。

日本に限らず、海外のどの国のデータを見ても、小規模事業者より中堅企業のほうが生産性は高く、中堅企業より大企業のほうが生産性が高いことを確認できます。

恐らく、「生産性」というものを「従業員一人当たりの売り上げや利益」で考えればそうなんだと思います。同じクオリティのプロダクトでも、大企業のブランドがある方を買う人は当然多いと思います。大企業もそれだけの実績と経験があるのでそれは当然のことでしょう。

ただ、「イノベーション」という視点で考えた場合、「従業員一人当たりの売り上げや利益が高かったからイノベーションだった」と言えるのかどうか、少し違和感が残りますよね。

中企業をすっ飛ばして「小商い」という価値を考える

それに全く逆行するような「小商い」というキーワードの本や記事を最近立て続けに目にしました。個人的にこの響きは大好きです。

一つ目は、「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」という本で有名な三戸政和さんの新著「営業はいらない」です。

この本、実はさっきKindle版で購入して全部読んでないんですが、結論部分がとても知りたくて先に読んじゃいました。(笑)

米ポートランドが時代の行方を示している?

その結論部分に書いてあるのが営業マンを自由にする「小商い」のすすめという章に書かれている『「ポートランド」が時代の行方を示している』という部分。

ポートランドについてこう書かれている。

ポートランドには、チェーン店など大手大資本が手広く経営する店がほとんどなく、地元に根付いた個人店のレストランやショップが数多く並んでいる。地元で採れた食材を使って料理を出し、地元アーティストの作品を販売するショップが点在し、それが大きな賑わいを見せている。

これはまるで、100年前のスモールビジネスだ。これをクールと感じる若者たちが、ポートランドに続々と押し寄せている

僕はポートランドについて日本ではほとんど知名度がなかった10年以上前にポートランドのこういった魅力を感じ取って、ダウンタウンにあるポートランド州立大学でコミュニティ開発を学び、こういった小商い(スモールビジネス)の価値について発信してきたので、この部分、めっちゃ共感しました。

ただ、欠点としてフェアに言っておかないといけないのは、現在の新型コロナウィルス大流行により失業して失業保険を申請した人の数はポートランドのあるオレゴン州が桁違いに多いらしく、今回のようなウィルス流行には相当脆弱かもです。

「小商い」って例えばどんな働き方?

小商いの記事のもう一つは、これ。

2014年の記事を再編集して掲載したとのことですが、「自分が出来ることをベースに無理せずに、自分のペースで「商い」を営んでいる人たち」についてのとても共感できる記事でした。

「それって例えばどんな人?」ってのがこれ。

移動式ケーキ販売の立道嶺央(たちみちれお)さんは、カーゴバイクと呼ばれる三輪自転車に乗って鎌倉市内の路上でケーキを販売を行っている。自然とその地域に溶け込み、その地域の人たちに愛され、その地域の一つの名物になっている。地元だからこそ、街の特徴もつかみやすく、販売場所や時間の選定にも手間がかからなかった、と言う。

これ、僕の感覚的にはポートランドの人たちの発想で、ポートランドでは市民権のある働き方だと思う。

「持続可能な範囲」という条件下で生産性を算出するべき?

↑の「小商い」の事例でポートランド以外に連想したのは世界の歴史上最も持続可能性が高かった都市「江戸」の働き方

江戸も「小商い」で成り立っていた都市で、それが持続可能な経済発展に大きく寄与していました。恐らく、「持続可能な範囲での経済発展」という制約がついた時に、江戸の生産性は飛び抜けて高かったのだと思います。

これは、「小商い(スモールビジネス)」が社会の中で市民権を持ち、創造力を発揮してのびのびと活躍することによってはじめて至れる究極の生産性の高みなんだと思います。

そう考えた時に、今回のような未曾有の大規模財政措置をどのように価値的に活用すべきでしょうか?

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