あなたに向けて。〜「むかし・あけぼの」感想文〜


小さい頃から何度も読んだ本がある。
田辺聖子さんの「むかし・あけぼの」。

平安時代に生きた清少納言の人生を、
歴史を紐解き、田辺さん独自の解釈を加え
生き生きと蘇らせた長編だ。

田辺聖子さんといえば、
関西弁の軽妙なやり取り、
大阪の食や笑い、少し癖のある文体、
そういったイメージが先行するかもしれない。

けれど「むかし・あけぼの」は
田辺さんのエッセンスが盛り込まれつつも、清少納言という女性の視点・感性が多分に影響しているのか、スッキリとしてより切れ味の鋭い印象だ。

すらすらと読みやすい。
私はその文章の中毒性にハマった。
作中で描かれる、人生の美しさや喜びに魅せられ
人物に憧れを持ち続けている。

“生きること”を丸ごと肯定するような
明るいパワーに溢れた小説。

美味しく味わうみたいに
ひとつひとつの文字を追う楽しさ。
読書の深い喜びを教えてくれた小説でもある。

物語は、海松子(みるこ)という
一人の女性が主人公だ。
著名な歌人・清原元輔(きよはらのもとすけ)の娘として生まれ、父に溺愛されて育った。

情趣やもののあはれを全く理解しない
朴念仁だが憎めない、可愛げのある男、
橘則光(たちばなののりみつ)を夫とし、
当時の女性の通例どおり、主婦として家に籠もり平凡で幸福な日々を送っていたが、
日々の何気ない雑感を書きためたものを知人の弁のおもとという女性に見せた事がきっかけで、外へ出て宮仕えすることとなる。

彼女が仕えるのは今をときめく
後宮の后、定子(さだこ)中宮。
中宮というのは天皇の后、女御の中で最も位が高い。

彼女は関白・藤原道隆
(ふじわらのみちたか)を父に持ち、
天性の美しさと気高さを備え、明るく賢くて冗談が大好き…という、
いわば最強の理想の女性として描かれている。

定子中宮は、海松子がつれづれに書いたあの文章を弁のおもとから手に入れて読み、その感性に深く共鳴している。
“清少納言”として仕える海松子と
定子中宮のあいだに、友情と親愛が育まれてゆく…。

けれど時間が経つにつれ、政治・権力の移り変わりによって定子を取り巻く環境の変化が顕著になる。

時代の流れに翻弄されながらも海松子は定子に親愛を捧げ、定子とその身辺の輝き、美しさ、素晴らしさを草子に書き残そうとするのだ。
清少納言は、千年以上の時を経て読みつがれる
「枕草子」を残した。…


この小説には、清少納言の恋愛も
多く描かれている。
元夫、貴族の美男子、老成した魅力を持つ受領のおじさま、
滑稽で笑えるけれど忠誠心一途な家臣のオジサンなど、色んな男性が登場する。

田辺聖子さんによる創作が多いと思うのだが、実在した人物・話を織り交ぜ、生き生きと描き出されている。
現実と、作者の紡ぐ想像がないまぜになって独自の世界観を作り出している。

私はこの小説を読むと、田辺さんが
心から楽しんで想像を拡げてゆく、
創作の息づかいを感じるような気がしてとても嬉しくなる。

作者の心のときめきに触れられる作品は読者の心をも幸せにしてくれるのだ。
(私の大好きなBUMP OF CHICKENの「新世界」も、同じ理由でキラキラしていて好きなのです)


そしてこの小説は、
「女の世界」を明るく華やかでポジティブなイメージで描いているのだ。

女性同士の絆、親愛感、友情を
作品の中心に据えている。
それは閉鎖的なものではない。
読んでいてとても気持ちがいいもの。

自分を理解してくれ、心から憧れを捧げられる人に出会う奇跡。

「むかし・あけぼの」は私に、
人間同士の連帯感や繋がりの素敵さを
読むたび示してくれる。

文章を読むのが好きな方、
田辺聖子さんに興味がある方、
この記事を読んで少しでも
興味をそそられた方は、
よかったら本を手に取ってみてください。

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