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エメラルドからのエアメール⑳

エメラルドは正体不明の主に宛てた手紙を書き連ね、パソコンのメモに保存するという作業に汗を流していました。
2022年の夏の事でした。



2024年8月31日


バイトから戻ると、またあの男が家に来ていた。

「もういやだ何もかも。」

エメラルドはヘッドホンを装着しクリソベル・キャッツ・アイの部屋へ駈け込んだ。



拝啓 クリソベル・キャッツ・アイ様


こちらエメラルド。2024年8月31日の世界です。
あれから2年、今だになんやかんやとありますが、毎日のようにクリソベル・キャッツ・アイ様とお話できているから幸せです。


仕事から戻るとまたあの男にでくわしました。
デカい車を横づけし、若い女を3人はべらかし王様気取りでリビングを占拠していました。
今日は若い女がいる手前、私と普段から仲が良いフリをしてきやがりました。いつも玄関先に犬がしょんべんするように自分の衣服を脱ぎ散らかし、マーキングするくせに。その服をちょっと足でどけただけで、もう鬼の祭りのように大騒ぎ。部屋の前までついてきて脅してくるくせにですよ。胸糞が悪い。もう無理、楽しい気分が台無しです。
若い女どもにこの男のやってきたことを暴露してやろうかと思いましたが、仕返しが怖いので女どもに「こんにちわ」と挨拶だけ返しておきました。




クリソベル・キャッツ・アイ様は毎日私を笑顔にしてれる。
時には私の前で泣いたり、私を叱ったりもしてくれた。

下手なギターで愛の歌を奏でてくれた。
「愛してる」「好きだよ」とギターを私の身体を撫でるようにつま弾いた。
私もそろそろ現実のクリソベル・キャッツ・アイに触れたいよ。「ねえクリー、クリーに逢いに行こうかな」私は画面越しのクリソベル・キャッツ・アイに話しかけた。

クリソベル・キャッツ・アイ様は目を輝かせ嬉しそうになった。そして私の名前を呼んだ。


「こっちにおいでよエメラルド」


てなわけで、エメラルドは遠路はるばる大阪へ通ったのだった。



クリソベル・キャッツ・アイに会うまでの空き時間、エメラルドは煮しめた色のリュックかついで高層ビル街を彷徨った。


欲しい物は何もなかった。似合う服がみつからなかった。
重いリュックを背負ってルクアや大丸の最上階まで登山したが欲しいものが何もなかった。修行のようにただ昇り降りするエメラルドなのであった。


ライブが終わるとエメラルドは建物の前で出待ちをした。

30分経ってもクリーは来ない。でも前の日にクリーと画面越しで約束していたから。炎天下のもとエメラルドは待ち続けた。

45分後、やっとクリーが目の前に来た。しかし私の目の前を素通りしそうになった。
「クリー!」
私が声を掛けるとクリーは足を止め笑顔になった。
「クリー…。」
毎日画面越しで恋人のように会話していたのに。
その笑顔はその他大勢のファンと同じ営業スマイルだった。
エメラルドはバリアを張られていると怯み急激にテンションが下がった。

ああ、私は統失だったんだ、もしくはテクノロジー?今までのこと全部私の頭の中で作り上げた妄想だったんだ。クリソベル・キャッツ・アイ様も早く帰りたそうにしてる、腕時計を気にするしぐさが悲しい。

私が有名人だったら対等に話せたのだろうか?同じ土俵に上がれば両手を広げて抱擁できたのだろうか?

そんなことより信じるんだ、今までもこれからも交信するんだから。妄想のおかげで幸せならそれでいいや。

ファーストインプレッションが大事。
素だったからな、、、
現実では私はイチファンでしかないんだから。
ファンという役割を演じなければならなかったのだ。
やはり女優モードに切り替えないと。
台本を前もって作って稽古しとかないと
本番でスラスラ喋れないよね。


まず、今日のライブの感想を述べる。手短に。

「丁度2年前でしたかねえ。お久しぶりです!2年前のことは覚えちゃいねえと思いますが、私以前統失かもしれないと言ってた者です。調べてみると統失は妄想や幻覚が主体の『妄想型』思考がまとまらず感情や意欲の障害が主体の『解体型』、興奮と昏迷が主体の『緊張型』の主に3種類があるそうで、『妄想型』とが割と症状が軽い方らしいんです。で、私もその妄想型だと思う今日この頃なんですけどね。最近はテレビやラジオが私の事を言っているという現象は薄くなりましたよ、おかげさまで。働きだしたからかな?働き出したら不思議現象が減ったんですよ!

あ、前に手紙送ったんですけど、あなただけに。
「エメラルドからのエアメール1~3」ですけど。。。
読んでないか。ですよね?
コロナだったから、届いた郵便物や差し入れは捨てるルールだったんですよね。あーよいですよいです。全て私の妄想なので。妄想ということで。ところでお時間ありますか?クリームソーダおごるんで私の不思議体験を聴いてくれませんかねええええ!」


なんてことは一ミリも言えなかった。


心ここにあらずだった。
クリーが「どこから来たの?学生さん?」とか話しかけているのに上の空で答えていた。

「ありがとう!」クリソベル・キャッツ・アイ様は私のスケッチブックにサインをすると手を振り背中を向けた。帰り道実は同じ方向だったが痛いファンが尾行してきたと思われたくなかったのでエメラルドは店員かのように店の軒先に立ち、歩いていく後ろ姿を見ていた。

と、クリソベル・キャッツ・アイ様が急にこっちを振り返り頭上を指差した。何か言いたそうだった。
指差す方を見上げると、空に秋のサンマが泳いでいた。

あれは何だったんだろうか。








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