マガジンのカバー画像

作品まとめ

18
運営しているクリエイター

#掌編

駄堕

駄堕

 人生は後悔だ。
 気に入りの皿を割ってしまった今朝とか、勉強を放って遊んでいた過去とか、自分可愛さに吐いた嘘とか、故人に言えなかった言葉だとか、好きよ、なんて言い合っても数ヶ月後には倦怠抱えたり、意図せず殺してしまった虫に今更慈悲かけたり、老いれば若いうちにできなかったことを悔い始める。
 くだらないもんだ。
 人間なんてのは薄情なもんで、気紛れに湧き出る利他主義によって他者と関係を繋ぐ生き物の

もっとみる
ひとまねへび

ひとまねへび

 いつまで続くだろう?
 生活の浅ましさに眩暈がした。スカートのファスナーが壊れてもむりして穿きつづけたり、朝食は六四円の納豆パックとバナナだし、抜け出せない貧乏のつましさを思い知っては自分の小ささが情けない。季節は冬に差し掛かろうとしているのに、帰りの電車窓から眺める景色も、人の表情も変わらずくすんでいる。そのうちの一人に私も含まれていた。
『あの子、ほんとはひとまねへびなんだよ』
 ひやりとし

もっとみる
化け物

化け物

 茸沢果子がしんだ。先週に起きた誘拐事件の被害者だった。
 彼女とは長い付き合いだった。物静かで髪の短い、一月の雪みたいに肌の白い子だった。好きなものは花と恐竜と靴で、嫌いなものは血の出る映画とトマト、そんな子だった。僕らは六年もの間付き合っていたけれど、結局は退屈な恋愛の果てに別れたのだ。十月のはじめ、切り出した別れ話に彼女は鼻をすすってうなずくだけで、言い終わりに顔を覗いたら、彼女は顔をそむけ

もっとみる
夜雨

夜雨

 夜半の中途覚醒だった。夜のぬるさに肉体の輪郭が溶け出していた。自然と意識が目覚め、僕の意識は闇の天井を見つめ出した。
 窓の外からはぱたぱたと雨音が聞こえていて、まどろみの浮くような感覚は特別な高揚感をともなう。時間の支配のない、この全く希少な感覚を損なわないように、僕は暗い部屋の中から玄関へ向かった。
 外の雨は柔らかい霧のようにひやりとした。身一つで見やる外の景色は平面的で、部屋のアパートも

もっとみる