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2023年9月の記事一覧

ホットケーキ

ホットケーキ

「ホットケーキが食べたいのよ」と彼女が言い出したのは八月の末の土曜日で、時刻は昼の十時半を過ぎた頃だった。
「急にどうしたの」と僕は言った。彼女はベージュのソファに身体を横たえて、天井を眺めたままクッションを抱きしめている。テレビニュースは三日前に自殺した男子高校生の話題が取り上げられていた。 
「きみは昨日の月を見た?」彼女はうっとりするような声音で云った。
「それがどうしたのさ」高い木々の影に

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今夜は鳴かない猫のために

今夜は鳴かない猫のために

 夜空が遠く、暗いその中で未熟な月が皎々と光った。月のひかりは朝には消えてしまう夜空の国の宝珠だ。
 まるでどこまでも一人でいるような気がした。窓の先へ目を馳せれば、灯りの漏れる部屋々々がぽつりぽつりと光の波を立て、そこから浮き立つ建物の影が輪郭を露わにする。その姿が怪獣のようで恐ろしい。
 僕はベッドに寝転がり、アパートの近くにいた黒猫の姿を思い出した。ハイエースの下から大きな瞳でこちらを見つめ

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夜雨

夜雨

 夜半の中途覚醒だった。夜のぬるさに肉体の輪郭が溶け出していた。自然と意識が目覚め、僕の意識は闇の天井を見つめ出した。
 窓の外からはぱたぱたと雨音が聞こえていて、まどろみの浮くような感覚は特別な高揚感をともなう。時間の支配のない、この全く希少な感覚を損なわないように、僕は部屋を出た。

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