【妄想フィクション小説#2】東大魔法学部頭悪い -提出編-
※本稿は「東大魔法学部頭悪い」シリーズの後編です。前編を読んでない方はそちらから読むことをお勧めします。
「ほう、誰かと思えば、いつものジジイじゃねえか。最近てめえの声を聞きすぎてうんざりしてたが、まさかこんなところでも会うなんて奇遇だな。」
「奇遇?なにを言ってるのかね。私はお前をずっとつけていたのだよ。」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞクソジジイ!?俺の作戦は完璧だった。見えもしない相手をどうやって特定できたんだよ?」
「……フッ」
先生は小馬鹿にするように笑った。
「何が可笑しい……まさか、お前には俺の姿がずっと見えてたってのか?」
「いや、そんなこと私には出来んよ。確かに私にはお前の姿は見えなかった。それは認めよう。だが、お前の"存在自体"には気づいていた。」
「気づいていた!?一体どういうことだ!」
「私はずっと考えていた。呪魔が人の魔力を餌にするならば、奴らにとって最も都合のいい場所はどこか?それは、人並み以上に魔力はあるものの、魔法の扱いに長けておらず、かつそんな人間が大勢いる場所。つまり、ここ魔法学校であるということをな。そして、全員の視線が一方向に集中し、さらには一人あたりの魔力が大きい特待生のみで集められた私の授業こそが恰好の場所であると踏み、常日頃から警戒をしていたのだ。」
「警戒だと?そんだけで誰に取り憑いてるかを特定するのは不可能だろ!?そもそも本当に教室内に俺が存在するかどうさえわかりゃしねえ!」
「その通り、姿が見えない敵をどうやってあぶり出すか?それが最大の鍵だ。単純に火が弱点なら生徒全員に炎を浴びせることも最初は考えたが、いくら何でも危険すぎる。」
「考えはしたんだ...」
「そもそも運よく呪魔の正体を突き止めたところで、あの狭い教室に、しかも多くの生徒がいる中で派手に魔法を使うことは出来ない。第一の目的は呪魔の討伐ではなく、特定だ。そう考えたとき、私はこれを使うことにしたのだ。」
先生は一枚の小さい紙を取り出した。
「あ、出席カード!」
「そう。この出席カードには不正防止の観点から、毎回の授業で異なる模様の印鑑が押されている。
これは授業前に私が押印したものだが、私はずっとそのタイミングで、ある細工をしていた。」
「細工だと?」
すると先生はポケットから朱肉を取り出して言った。
「押印の際に使うインク、私はこのインクに、火炎系魔法を使って調合した"液体"を微量混ぜた状態で出席カードに押していたのだ。後は普通に授業始めにこのカードを全員に配り、すぐに回収する。すると何が起こったか?なんと毎回カードを配り終えたタイミングで、必ず誰か一人はくしゃみをするようになったではないか。」
「……!」
「そういえばミサトもあの時!」
「おそらく呪魔はたとえ本物の火でなくとも、その要素自体が近くにあると、我々でいうアレルギー反応のようなものを引き起こすのだろう。
もちろん最初は偶然を疑ったさ。だが何回も記録をつけていると、くしゃみの連鎖が法則性を持っていることに気づいた。くしゃみした人間は授業ごとに毎回入れ替わっており、同じ人間が二度目のくしゃみをすることはない。繰り返すが、これは配布から回収までの短時間の間での出来事だ。まるで何者かによって操られてるみたいではないか?
この一連の流れが何度も連続して起こる異常性から、私は呪魔の存在を確信した。しかもこの作戦の最大のメリットは、今誰に呪魔が取り憑いているか容易に知れることだ。だから今日くしゃみを起こした新が現在の憑依先であり、彼女に最も近い存在で且つまだ一度もくしゃみをしていない吉川が次の標的だろうと考えたのだ。
今までお前たちは最前列の席に座っていたのに、今日だけは新が後ろに移るよう催促したのも、本当は教卓付近の石油ストーブの炎を避けるためだったのだろう?」
「…………」
「…もしかして、あの時私を当ててずっと問い詰めていたのは、私を視界に入れ続けることで呪魔が憑依するのを阻止するためだったんですか……?」
「まさか上手くいくとは思わなかったがね。前に来なさいという私の呼びかけに応じ、ストーブ側の教卓にやって来た時点で、君が憑依されていないことは確信した。だから、宿題と銘打って位置特定魔法をかけたプリントを渡し、後を追って来たというわけだ。」
先生の話を聞いて鞄のプリントを取り出すと、名前の欄の横で印影が光り輝いているのを発見した。出席カードと同じで、これもただの印じゃなかったんだ。
「最近はプライバシー保護がうるさくなった影響で禁じられた魔法の一種に指定されていたのだが、やむを得ん。安心しなさい、その魔法はものの1時間で切れる。」
先生は安心させるように言ったが、私はそれよりも先生が授業の裏側でそんなことを仕掛けていたことに感心するばかりだった。
しかしその傍らで、呪魔は不敵に笑っていた。
「クックックックック……
アーーーッヒャッヒャッヒャッヒャwwwww おもしれえ奴だなてめえはぁっ!そうだよ!俺は憑依した人間の行動をある程度は操ることができる!つってもせいぜいそいつの無意識に働きかける程度だがなぁ!てめえの推理は完璧だ!だがそれがどうした?俺の実体を暴いたところまでは褒めてやるが、呑気に探偵ごっこしている間に、もう既に俺はてめえの可愛い生徒共から集めに集めた魔力で一杯なんだよ!見ろよこの溢れ出る妖気を。こうなってしまえば誰にも止められやしねえ!」
呪魔の体から黒い霧がさらに大量に放出され、辺り一帯につむじ風が巻き起こった。
「先生!なんだかヤバい感じしかしないよ!」
「ハハハハハ!!そうだろう?嬢ちゃんの魔力を吸えなかったのは残念だが、もはやこれ以上は必要ない、貴様らはここで仲良く皆殺しだぁっ!」
触れただけで即死、そう思わざるを得ないほどただならぬ雰囲気を取り巻く呪魔を前に、私の体は完全に動かなかった。
しかし、恐れ戦く私をよそに、先生は平静を保っていた。
「…………フッ…
言いたいことはそれだけか?」
「…………なに?」
先生は懐から杖を取り出し、呪魔に向けながら私に言った。
「全く、よりにもよってこんな狭い路地で魔法を使わせないでおくれ。魔力のコントロールがしづらいではないか。」
「へ…そうこなくっちゃなあ?」
「……ところで吉川、目の前に呪魔が現れたときはどうするんだ?」
「…そ、それは、火で対抗するか、視線をそらさないようにして逃げる、ですよね?」
「では、その近くで仲間が助けを必要としていた場合は?」
「そんなの……教科書には書いてませんでした。」
「ちがう!お前自身はどうしたいんだ!?
なんでお前は逃げなかったんだ?
お前の根拠を言え!!」
「………!!」
「何を言い出すのかと思えば、こんな時に説教かよ… じゃあ早いとこ殺っちまおうかな……」
「私は……」
そうだ、私はあの時逃げてもよかった。
逃げなければ殺されるなんて百も承知だった。
幸せになるために精一杯努力してきたのに、死んでしまえば全てが水の泡じゃないか。
自分を犠牲にする危険を冒してまで、人を助ける必要なんか、どこにもないじゃないか。
片方が助からないと判断したなら、せめて自分だけでも生き延びるのが、生物として、最も合理的な選択というもの。
それなのに、ミサトが苦しんでる姿を目前にした時、自然と胸に込み上げてきたんだ。今までに感じたこともない、あの衝動が。
「終わりだな、くらえ!黒魔術、
無裟死乃閃禍苦疫帝煮腐蟲奔魔血威──」
「立ち向かいます!仲間を助ける為に!!」
「そういうことだあっ!わかったかぁ!!」
先生は杖を大きく振り、炎の渦を全身に纏わせ、叫んだ。
爆焔魔法───
ララポコストコイ・ケアブレイズ!!!
ブオオオオオオオォォッッッッ!!!
凄まじい熱を帯びた火柱が立ち昇り、
瞬く間に呪魔を灼き尽くす。
「ぐぎやあああああああああああ!!!!!!
やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!」
激しく燃え盛る炎は直視できないくらいに眩しく、周囲に張った氷を全て溶かしてしまうほどの熱を放った。これが魔法、これが戦い、そしてこれが先生の力なんだということを、熱波とともに体に刻まれた。
私は倒れたミサトを庇うように覆いかぶさることしか出来なかった。
「クソぉぉぉ…!この火力、てめえ、ただの魔法使いじゃねえな!一体何者なんだてめえは……」
「別に大したことない、ただの教職員だ。」
「そんなわけねえだろ…!てめえ、その気になれば…いつだって俺を殺せたんじゃねえのか…!?」
「確かにお前を倒すことなど造作もないことだよ。くしゃみをした生徒に特殊な火炎魔法をかけてもよかった。」
「じゃあ…なぜ……!!」
「私は教授だ。生徒には色んなことを知り、経験してもらいたい。それはただ教室で座って授業するだけでは到底かなわないことだ。だから私は、まだ正気を保っていられる内に、教え子には教科書に載ってないようなことを学んでもらおうと尽力してきた。特にこの子には、魔法を学ぶことがどういうことなのか知ってほしかったのだよ。」
「じゃあなんだ…?俺は…ずっとてめえの身勝手に弄ばれてたってのかよ……!」
「身勝手か、確かにそうだな。だが私は教え子のためならいくらでも身勝手になるさ。何故なら…」
「体が…崩れ……!」
「私にとって教え子は…」
希望だからだ!!
バシュウゥゥゥゥ…………!!
呪魔は激しい閃光とともに消し飛んだ
「……まったく、魔力さえあれば強くなれると思い込んだ馬鹿者め。どいつもこいつも……」
先生が呪魔にとどめをさした直後、私は気を失って倒れていた。
「……わ…………しかわ………!」
………どのくらい経っただろうか
「よしかわ…!大丈夫か……!」
「う、うーん……せ…先生…?あれ……呪魔は…?」
「奴はもう消えたよ。それより、怪我はないかね?」
「私は大丈夫です。先生こそ大丈夫ですか?」
「あの程度の敵、どうってことはない。」
「そうでしたか…良かった……あ!ミサト!ミサトは!?倒れたままなんです!」
「安心しなさい、気絶しているだけだ。だいぶ魔力をもってかれたようだが、暫く休めばもと通りになるだろう。」
「はあ〜〜〜………」
なんだか力が一気に抜けるような感じがして、私は暫くその場で座り込んだままになった。
「だが体力もかなり消耗している。成体になる直前だったから、吉川への憑依が失敗した直後、無理に多く吸収されたのだろう。」
「え、ちょっと待ってください。さっきまでミサトと話してましたけど、呪魔が出てくるまでは全然いつも通りでしたよ?」
「半分程度なら問題ないが、この減り具合だと確実に体調に異変が生じたはずだ。多少無理をしていたのかもしれん。」
「そんな……何で……」
そう言いつつも内心では分かっていた。ミサトが我慢してでも私と普段通りに接してくれたのは、きっと私がとても辛い目に遭っていると感じて、少しでも元気づけようとしてくれたからだと思う。それなのに私は自分のことばかり考えて……
ミサトへの強い罪悪感と、自分だけの力では呪魔から救ってあげることは出来なかったことの無力感が一気に胸にこみ上げ、目から涙が溢れ出た。
「今回は見ているだけだったかもしれんが、これで君も少しは強くなれたはずだ。大丈夫、すぐに慣れるさ。君はとりわけ優秀なんだからな。」
「私……全然優秀なんかじゃないです。」
「…うむ?」
「私、知りませんでした。自分がこんなに弱い存在だったなんて。成績だけは一丁前に良くて、なのにミサトにはいつも助けられてて、なのに私はミサトを助けられなくて!!」
「君は、自分が弱いと思うのか。」
「そうですよ!私、バカでした!先生の言った通りでした!散々勉強してきたのに、いざという時に動けないなんて、最初から何もしてないのと同じじゃないですか!こんなに弱い人間どこにいるんですか!」
感情が滝のように流れ出すあまり、呂律が回らなくなってくる。
「ミサトもミサトですよ……!教科書忘れるし、呪文覚えられないし、定期はよく失くすし、テストは変なところで間違えるし、自分が一番辛い思いしてるのに、私を励ますために無理なんかしちゃうし!ミサトって、本当に本当にバカなんです!なのに……同じバカ同士なのに、ミサトの方が何倍も、何千倍も強いんです!!」
凍ったアスファルトに両手を思いっきり叩きつけて、掌が血と泥で汚れるのも気にならないくらい泣き喚いた。まるで、あの頃の自分のように。
額を地面に摺り付けていたから、先生がどんな表情で見ていたのかは分からない。稚拙な言葉で感情任せに泣き叫ぶ私の姿はこの上なく情けなかっただろう。でもそんな様子を目の前にしながら、先生は一切口を挟むことなく、ただ黙って聞いてくれていた。
どれくらい経っただろう。心の昂りが少しずつ収まってきた頃、やっと先生が口を開いた。
「…最初から強い人間なんかおらんよ。」
それまでの私とは対称的に、先生の言葉は落ち着いていた。
「君がどんな人生を送ってきたのか、どんな悩みを抱えて生きてきたのか、私には分からない。だが、今の君の叫びを聞けば何を言いたいのかは想像つく。きっと、今までの自分の人生は全部間違っていた。そう思っているのだろう?」
すっかり目元を赤くした私は、ふてくされるように答えた。
「…分かっちゃうんですね。そうです。全部間違いでした。私のしてきたことに意味なんてありません。私に、正しい根拠なんて見出だせないです。」
そして、半分やけになりながら、さっき貰った課題を強く握りしめて取り出し、先生の胸に突きつけて言った。
「だから申し訳ないですが、この課題は出せません。落第にしたければ、すればいいじゃないですか。」
言い終える前に涙がまた一滴、頬をつたう。
「君はさっき私に言ったな?仲間を助けるために立ち向かうと。あれは単なる戯言か?」
「確かにあの時は強くそう思いました。でも分かったんです。本当にそんなことが出来るのは、日頃から強く生きてきた先生やミサトみたいな人だけだって。いたずらに知識だけを取り入れてきただけの人間には、そんなの到底無理なんだって。」
「では君はなぜ勉強を頑張ってこれたんだ?」
「そんなの、幸せになりたかったからです。勉強をしたら将来幸せになれるって、子供の頃からそう強く信じてきたから。たったそれだけの理由です。単純ですよね。」
「フッ、確かにな。実に単純だ。今まで見てきた教え子の中でも随一と言っていい。」
「そりゃそうですよ。安直すぎて自分でも嫌になります。」
「だが、それでいいじゃないか。」
「…え?」
「私が普段から正しい根拠をしつこく求めるのは何故か分かるか?」
私は首を大きく横に振った。
「その人が何を軸として、どんな信条を持って答えを出してるのかをはっきりさせておきたいからだ。
人っていうのは大抵、夢や目標を追い求める途中で自分を見失ってしまうものだ。どれだけ立派な志を掲げても、時が経てば経つほど、何の為に自分はこんなことをしているのか、自分は何がしたかったのかを思い出すのが難しくなる。そうなってしまうと、受動的に外部からの情報を何でも信じてしまうようになる。だからそうなる前に、私の質問によって今一度自分を見つめ直してほしかったのだよ。
そりゃ誰だって小さい頃は周りの大人たちに、将来の為になるという理由で勉強をさせられたものさ。だがそれだけで全員がやり続けたかと言ったらそうではない。その反面君は、幸せになりたい、ただそれだけの理由でここまでやって来たではないか。普通人はそんなざっくりとした目標で物事を続けることは出来んよ。君は自分を弱いと言ったが、私から言わせてもらえば、夢を叶えるために一生懸命に努力する強さは君が世界一だと思うがね?」
先生の言葉はミサトのそれと重なるところがあった。
「でも、私はその努力を間違えました。努力しても幸せにはなれませんでした。それどころか、友達を自分もろとも不幸に陥れてしまうところだったんです。」
「努力をすれば報われるなんてのは常に成功した者の言葉でしかない。最後まで思い通りに事を運ぶことの出来る人間なんてのは稀有だし、仮に上手く行ったとしても、それが本人にとって必ずしも満足できる結果であるとは限らないんだ。我々はな、何かを本気で成し遂げようと思ったその瞬間に、ほとんど負けてるんだよ。」
「……じゃあ、どうすればいいんですか?」
「だがな吉川。私たちは人間だ。我々は考えることが出来、選択することが出来る。努力で理想の結果を手繰り寄せることは出来ないが、その使い道を変えることは出来るんじゃないか?」
「使い道、ですか…?」
「そうだ。君が幸せになる為に努力できたのなら、これからは立ち向かう為に努力したっていいではないか?君が今までの自分を間違いだと思うのなら、今から変えていけばいい。それは何も恥ずかしいことではない。本当の間違いとは、過ちから何も学ばず、ただ無かったことにしてしまうことだ。」
「私……変われるでしょうか…?強くなれるでしょうか?」
「なれるとも。この私が言うんだ、間違いない。まあ少なくとも、さっきの課題くらいは出来るようにならんといけないがね。」
「私の、正しい、根拠。」
「授業ではああ言ったが、別に急いで次回に間に合わせようとしなくていいさ。ゆっくり自分で考えて、自身を持てる答えが書けたらその時提出しなさい。それとも、やっぱり私の授業は履修放棄するかね?」
私の答えは決まっていた。
「私……受けます。先生の授業。誰かを助けられるくらいに、私も強くなりたいです!お願いします!」
「フッ、やっと良い顔になったではないか。いいだろう。その意気で来なさい。」
「はい!」
「それにしても今回は思った以上に派手な事態になってしまった。これではまた教務課に怒られてしまうな。」
「先生、1ついいですか?」
「なんだね?」
「私、強くなりたいとは言いましたけど、幸せになりたいって夢も捨ててはないです。でもそれは自分だけじゃなくて、周りの人も幸せにできるような、そんな人間になりたいと思ったんですけど……どうでしょうか?」
先生は微笑みながら答えた。
「そう思えたなら、それも1つの学びだ。」
その後、私たちは意識を失ったままのミサトを医務室まで連れていき、朝まで付きっきりで看病をした。お医者さんによるとミサトの容態は安定したらしく、再び安心した私はそのまま眠り込んでしまった。
「ん……あ…あれ……?ここは……って、ミナミもいるし……」
「あらま、目を覚ましたのね。昨晩は大変だったと話を聞いてるけど大丈夫?」
「昨晩……?ああ、そういえば。ずっと体が重たくて、途中から覚えてないんですけど、私、倒れちゃったんですかね。」
「あの先生も少しは加減というものを知ってほしいものよねえ。いつも生徒の課外授業があるといっては、誰かしらがここに運ばれてきて私が面倒を見るハメにあってるんだから。でもあなた、いい友達を持ったわね。その子、ずっとそこで看病してくれてたのよ。」
「え…ミナミがですか……?」
「ええ。さっきも寝言で『私が守るから』とか言ってたわね。あら、今のは彼女にはナイショよ?」
「そうなんですか………結局は、私も守られてたんですね……でもよかった……」
「そういえば、その子が昨日、あなたが目を覚ましたら食べさせてあげたいって、これを持ってきてたわよ。」
「こ、これは……?」
「トカゲのしっぽサラダね。滋養強壮作用があるし、食べればすぐ元気になるわよ。」
「もう……なんなん笑」
それからというもの、私の授業に対する取り組み方は、以前とはまるで変わっていた。ただ教えられたことを鵜呑みにするのではなく、なぜそうなるのか、なぜそれが正しいと言えるのかを、私なりの切り口で考えるようになった。何となく無心でやっていた勉強が、気づけばとても楽しいものになっていた。
ミサトとも変わらず仲良くやっているが、それまでよりもさらに前向きに関わるようになったと思う。あいも変わらずおっちょこちょいだなと思うこともあるけれど、あの時のことを思い出して、私が出来ることなら力になりたいと強く感じていた。
一方、あの先生はというと、呪魔の件から半年も経たないうちに、持病の悪化を理由に離任してしまった。あれだけ自分についてこいと豪語していたのに、それだけ病が深刻だったのだろう。いつしか先生の力にもなれたらいいなと思っていたのに、叶わずじまいになってしまった。私の学生生活は充実していたが、先生が居なくなったことによる物寂しさも少し感じていた。
三年後
ピピーーーーッ!
「東京行き発車しまーす!」
プオオォォォォォォォォ!
シュゥゥゥ…ガタン…ゴトン……ガタンゴトン…
あーあ、ミナミ行っちゃった。
大学を首席で卒業したかと思えば、今度は魔法の国家資格を取るために東京の大学院に進学。ずっと隣で見てきたけど、あの子の凄さには毎日驚かされるばかりだよ。
あの時はミナミに頼ってほしいなんて言ったけど、本当は私の方が、1つのことに真っ直ぐに取り組むミナミを心から尊敬してたし、憧れを抱いてもいた。私は昔からいい加減な性格で、色んなことに手を出してはすぐに飽きるってことを繰り返してきたから、自分とは全然違うタイプの人を、あの子は受け入れてくれてるのか不安に思うこともあった。
でも、きっとそれはあの子も同じだったんだよね。お互いが自分をどう思っているのかなんて、実際は分からない。けどあの事件から、全然違うはずの私たちは1つの共通する信念を持っている気がした。それが何なのかは上手く言い表せないけど、それだけで私はミナミと本当の意味で友達になれたんだと思う。
そんなミナミとも、今日でしばらくのお別れ。
私は私で、自分の行きたい道へ進むことになる。
少し不安もあるけれど、二人の目標は同じだから。
私も自分の正しい根拠を見つけられると良いな。
さようならミナミ、お元気で。私も頑張るよ。
ガタンゴトン、ガタンゴトン…
窓から吹き抜ける風。優しく照り付ける太陽の光。そのどれもがとても心地よい。足繫く通っていた大きな学び舎は、見る見るうちに小さくなっていく。
座席につき、暇つぶしがてらに昔のノートをペラペラめくっていると、一枚の紙切れが落ちてきた。
「これは、あの時の……」
そういえば、先生から貰ったこの課題、自分なりに答えをまとめてはいたけど、結局出せないままだったな。先生の連絡先を聞き出しても電話は繋がらなかったし、向こうからの音沙汰も何も無い。あれから先生はどこで何をしているのだろうか。ノートにびっしり書かれた筆跡に圧されて黒く汚れたプリントを片手に、行き場のない気持ちを抱えながら車窓を眺めていた。
「次は〜、南コシガヤ〜、南コシガヤで〜す。」
ガヤガヤ…ガヤガヤ…
「まじであのジジイひとり言デカすぎんだろ」
「もっと奥のほう行こう」
……?
そういえばさっきから、デッキの方がやけに騒がしい。乗客同士でのトラブルでもあったのだろうか。そう考えていると、私の足は自然とそっちの方へ動き出していた。
「……学部頭悪くないか?」
音のする方へ近づいてみると、まるで怒号のような威圧感のある声、それでいてどこか懐かしい声がして、私はハッとした。
「東大魔法学部は頭悪い!」
「うるさい!」
「本当だからだ!」
間違いない。あの人の声だ。
「馬鹿野郎うるせえぞ」
「本当のことを言って何が悪いんだこのバァカ!」
この感じ、あの時と変わらない。
「知らねえよおっ!」
「知らねえじゃねえ!…………コラ、お前なんで正しいんだ!なんでお前は正しいんだ!た…」
"正しい根拠を言え" ……でしょ?
「…………!!」
私の声に振り向いた先生は驚いたような顔をしていたが、やがて微かな笑みを浮かべて、こう言った。
「……そういうことだ。」
汽車は煙を勢いよく吹かしながら、春風とともに南東の方角へ進んだ。
---END---
※本作はフィクションであり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。
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