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【妄想フィクション小説#2】東大魔法学部頭悪い -課題編-


「ご乗車誠にありがとうございます。この列車は……」


「全く頭悪くないか東大魔法学部ってのはなぁ…」


忘れもしない、この声。


「東大魔法学部頭悪くないかぁ?」


あの時と、変わらない。


「東大魔法学部は頭悪い!」


それが先生の口癖だった。




キーン コーン カーン……


「んーーやっと2限終わったーー!さ、お昼食べ行こう!」

「もうマジで毒薬学の時間ずっと眠かったんだけど、ミナミ今日の内容分かった?」

「まあなんとなくね、毒キノコの写真見てたらお腹すいてきちゃった。」

「うわあ余裕だね~、さすがは前期の成績上位者って感じ。そんじゃあ学食行きますか!」


私の名前は吉川ミナミ。ここ東京魔法大学(略して東大)東ウラワキャンパスに通っているごく普通の女子大生。魔法学部の1年生として、まだ必修で習った防御魔法くらいしか使えないけど、日々勉強に励んでいる。


「今日はカエル肉とピーマンの炒め物にしよっかなー?」

「うわっ!ミナミまたそんなゲテモノ食べんの!」

「え意外と美味しいよ?ミサトは何にするの?」

「ウチは無難にバターチキンカレーにしますわ……」

「このトカゲの尻尾サラダとかさっぱりしてて美味しいのに!」

「絶対彼氏できない!」

この子は大学で知り合った友達のあたらしミサト。同じ学部でとても仲が良く、授業が被ってたり空いた時間があったりしたら、いつも一緒に行動している。


「いやー美味しかったー!こんな寒い日にはやっぱカレーが一番なんよ!でもお昼休みが終わったら次は憂鬱のマホセン……」

「あの先生ほんと怖いからね~、当てられたらどうしよう?」

「こないだ当てられてた男の子ちょっと涙目になってたもんね、さすがにあれは可哀想だった。心の中でずっと頑張れ!ってエール送ってたよ。」


マホセンとは魔法戦術論の略称で、主に魔法を用いて敵と戦闘する為の基礎知識を学ぶ授業である。この授業はAとBに分かれていて、1年次の私たちが受けているAは座学形式だ。しかしBになると具体的に攻撃魔法を取り扱う実戦形式となり、術者によっては安全性が大きく左右されることから、たとえAを履修する場合でも、とりわけ上位の成績を修めた学生しか認められていない。

あちらこちらに小さな亀裂が目立つ廊下を進み、少し狭めの教室に入ると、既に10人前後の学生たちと、例の先生が待機していた。今日は気温が一段と低く、教卓の側では今季初登場の石油ストーブが一生懸命に教室を暖めている。


「全く頭悪くないか東大魔法学部ってのはなあ?」

「今日はいつにもまして機嫌悪そうだね。」

「当てられたらヤバそう...」

「東大魔法学部頭悪くないかぁ?」


先ほどから教卓にもたれかかって一人ブツブツ呟いているあの人がこの授業の担当。黒縁眼鏡をかけ、少し禿げた頭髪と大柄な見た目が特徴であり、腹の底から出したような野太い声がその存在感と威圧感をかき立てる。

休み時間中はさることながら、講義中でもお構いなしに魔法学部の愚痴をべらべら口に出すので、当然あまり生徒からは好かれていない。ミサトの話によれば、あの先生はもともと精神疾患を抱えており、ひどいときは公共の場所でも愚痴を言い始めるんだとか...

とにもかくにも今日だけは当てられるまいというミサトのはからいで、普段は一番前の席で受講していたが、今回は最後列の席で受けることにした。

私はふと、先生が授業の時間以外にずっと同じものを読んでいるのが気になってミサトに尋ねた。


「あの先生ってさ、ひょっとしてすごい人だったりするのかな?いつも難しそうな書類を読んでるみたいだけど…」

「聞いた話だとあの先生、公認魔術師の資格持ってるらしいよ。」

「え、そうなの?」

「あくまで噂だけどね。正式な魔法使いの資格ですら取るのがすごく難しくて、大学の先生でも持ってる人は少ないっていうけど、あの貫禄ならありえそうだよねぇ…」

「そんなに難しいんだ。でもこの間、ミサトのサークルの顧問の秋津先生が魔法使いになったって聞いたよ?」

「いやそれはあの人が30歳になるまでど」

「それでは出席カードを配る。」


銅像のように鎮座していた先生が開始1分前に動き出し、最前列の学生に人数分のカードを配り始める。


「てかミナミさ、この間の小テストどうだった?」

「うーん微妙かな~、前半はいけたけど、最後の記述問題全く出来なかったし。」

「『あなたが正しい根拠を書きなさい』だっけ?あれ意味わかんないよね~。無駄に配点高いし。私は呪文書くところがキツかった。呪文って意外とどれもダサいじゃん?家で声に出して覚えようとしたらお母さんに聞かれててマジ恥ずかしかったもん。」

「ウケる笑 ラッコがスットコドッコイみたいな名前の呪文もあったよね確か。」

「あーあった!あれ何の魔法だっけえーと... ハクション!」

「大丈夫?」

「平気平気!ここストーブから遠いから寒くて...」

「それな~、あ!出席カード出してくるよ。」

「さんきゅ!」

「前回の小テストの結果、まだ全員付け終わってないから返却は次回になるが、今のところ平均点は46点。東大魔法学部は頭悪すぎる!」

「うわあ~ひっく!そりゃあんだけ難しけりゃそうなるよ。」

「尚、暫定一位は吉川で75点だ。」

「えぇ!ミナミ1位凄いじゃん!」

「いや全然だよ...」

「平均の半分も取れてないやつは補修を行うので、そのつもりでいるように。」


キーン コーン カーン…



「それでは授業に入る。教科書848ページを開きなさい。第46章"精霊種の概要"から、精霊型の魔物とはその生態が現時点で───」


私は全然すごくなんかない。
ただ目の前の問題を解くだけのことを、他の人より多く達成したまでだ。

友達やクラスメイトからはよく頭良いねと言われるけど、昔から私は勉強をすることの意味が全く見出せないでいた。

子どもの頃、テストで30点を取ったある日、私は親にこっぴどく叱られた。その日の夕飯は抜きになり、暗い部屋の中でずっと泣きじゃくっていたのをよく覚えている。隣の席の子からはバカってあだ名を付けられて笑われたっけ。

でもテストで80点を取ったある日、周りの皆がすごく褒めてくれた。親には欲しいものを買ってもらえたし、好きなものも食べさせてくれた。なんで点数が上がっただけでそこまでしてくれるのか分からなかったけど、私はとても幸せだった。

ただの紙切れに書いてある問題に、より多くの正しい答えを書くだけで、人生はこうも変わるのか。大人たちはみな勉強をしなさいと口酸っぱく言うし、事実勉強をすれば、こんな風に幸せになれる。だったら下手に怠けて痛い目を見るよりも、ちゃんと言うことを聞いて勉強した方が得じゃないか。そう考え出してから私は、毎日必死で計算問題や漢字ドリルを解くようになった。

中学・高校生にもなると、大人から言われる"勉強しなさい"の意味合いが少し変わってくる。どうやら良い成績を修めて、良い大学に入って、良い会社に就職して、良い家庭を築くと幸せな人生が送れるらしい。参考書の内容を理解するだけでそんな人生に少しでも近づけるというのなら、いくらでもやってやる。その一心で私は、部活にも入らず、友達と遊ぶこともあまりせず、ただひたすら机に向かう日々を送っていた。

この大学に入ったのだってそんな理由。全国にある魔法大学の中でも屈指の名門校だし、学生一人一人のレベルも高い。この大学を出たという事実は、将来のキャリアに大きなアドバンテージをもたらすだろう。

だから正味な話、魔法なんて別にどうでもいいのだ。興味があるだとか、面白そうだとか、そういう思いも無かったわけではないが、特段それにこだわる理由も無かった。割と特殊な学問ではあるけど、入学したらやることは大抵同じ。与えられた書物を読みこんで予習復習を徹底する、それだけで何とかなってしまうことに気づくと、やはり私はいつもように機械になってしまうのだった。

人間、好きな事と出来る事は必ずしも一致するわけではない。本当は勉強なんか全然好きじゃないし、学ぶ内容にも意味を感じていない。何で三角形の面積の求め方を知ることが将来の幸せに繋がるのか、いくら考えても理解できなかった。でもやらないよりはやったほうがマシ。延いては将来のためになる。ただそれだけの理由で取り組んでいる。

こんなことを考える人は私以外にもたくさんいるだろう。この教室の学生ですら、本気で魔法を学びたいという人は半分もいないんじゃなかろうか。

変な話、私は勉強に関しては無敵だと思っている。この分厚い教科書の内容もほとんど覚えてしまったし、学年末試験も余裕でクリアできるだろう。

ただ、私にはどうしても心残りがある。あの先生が出した小テスト。私でも7割しか取れなかった。落としてしまった残りの3割、原因は確実にあの問題。

そう、私の唯一、致命的な弱点といえば……


「それじゃあ今日は吉川、呪魔じゅまとは一体どんな魔物なのか、詳細を答えなさい。」

「あ、はい!」


まさかの当てられちゃった~!
後ろの席なら大丈夫ってミサト言ってたのに!
これは後でジュース奢りだな…


「えっと、呪魔とは精霊型の魔物で、幼体の間は無色透明で肉眼で見ることはできませんが、直接的に人間に危害を加えるほどの力もなく、人に取り憑き、その魔力を吸い取ることによって成長します。尚、成体になると我々でも姿を目視できるようになります。」

「では呪魔の成体と遭遇した場合、どのように対処すればいいか、君の考えを述べなさい。」

「はい。成体の場合は憑依されると命に危険が及ぶため、呪魔に視線を向けながら退散するか、弱点となる炎で対抗するのが有効とされています。」

「根拠は?」

「はい?」

「今貴方が言ったことが正しい根拠を言いなさい。」

「それはこの教科書に書いてあったことで…」

「教科書に書いてあることなんか所詮は先人たちの経験則に過ぎない。もし君が、書いてある通りの手段をとったにも関わらず魔物に殺されたとして、著者たちは責任をとってくれるのか?」

「それは……」

「根拠だよ!教科書がどうとかではなく、お前がそれを正しいと主張する根拠をゆ・え!」

「………分かりません」

「そうか、では前に来なさい。」

「はい…」


周囲からの憐れみの視線を浴びながら前へ進むと、先生から一枚のプリントを渡された。


「宿題だ。次の講義までにそのプリントに、先程の私の質問に対する答えをまとめてきなさい。もし書いてこなかったら、君は落第だ。」

「そ、そんな!」

「理不尽だと思うか?だが世の中はこんな理不尽なことだらけだ。ただ受動的に知識だけを蓄えて、いざという時に何も行動できないようでは、遅かれ早かれ君は必ず破滅する。今まではそれでまかり通って来たかもしれないが、私の授業ではそうはいかんぞ。他の生徒たちも、彼女を決して他人事と思わず、明日は我が身だと心に留め、きちんと自分の考えをまとめておく癖をつけておくように。もう結構、戻りなさい。」

「はい……」


そう、私は、教科書に載っていないような事柄について答えるのが極度に苦手だ。正答が最初に定められていて、それを導き出す行為こそが勉強だと思って生きてきたから、そんな幾つも答えようがありそうな、或いはどこにも答えがないようなことを導き出させる問題がとにかく嫌いだった。今回に限らず、昨今のテストで点を落としたのは全部そういうところだ。


キーン コーン カーン……


「あちゃ〜派手にやられちゃったね〜」

「もうほんっと最悪。ちょっと答えられなかったくらいであそこまでする必要なくない?しかも特別課題なんて出されたの私が初めてだよ?絶対できる気しない…」

「まあ本当に災難だったよ。お詫びに私も手伝うからさ!ね?」

「とりあえずこの宿題のことは鞄にしまって忘れましょ……ってあれ?」

「どうかした?あ!ミナミの杖折れてんじゃん!」

「えーどうしよう!宿題といいホントついてない…」

「たしかレイク街に杖の専門店があるからさ、そこで直してもらいなよ。」

「うーん、でも今日は夜まで授業あるし、明日の空きコマにでも行ってみようかな。」

「そっか、あ!ウチこの後別の授業があるから、またあとで落ち合お!」

「おけ!」


そのまま私は4限と5限の授業に出席したが、さっき立て続けに起こった悲劇の連続であまり集中できなかった。杖が折れたのは直せばいいからまだいいにしても、先生に問い詰められて無力な様を晒してしまった恥ずかしさと、次の授業までに一番苦手なタイプの課題を片付けなければならないという焦燥感に苛まれ、帰るころには精神的に疲れ果てていた。




外はすっかり暗くなり、雪も降っている。重い足取りで大学を出ようとすると、正門前でミサトが待ってくれていた。

ミサトは私が大学に入ってから初めてできた友達だ。それまで私は友達が多い方ではなかったから、人との上手い付き合い方がよく分からないでいた。そんな私とは反対に、ミサトは私以外にも友達がたくさん居るし、初対面の人ともすぐに打ち解けられる。あまりに人間性が違うから、何でミサトと仲良くやっていけてるんだろうと不思議に思うことが頻繁にある。いや、"何でミサトは私と仲良くしてくれるんだろう"という言い方のほうが正しいか。ミサトは私と一緒にいて楽しいのだろうか。それとも、成績優秀者の私とつるむことで、自分にも何か利益がもたらされることを期待しているのか。ミサトのことは信頼してるつもりだが、気分が落ち込んでしまうとどうしてもそんなことを想像してしまう。


「おつかれ。」


それでも、凍えそうな空気だったからか、ミサトの呼び声はとても温かく感じた。


「めっちゃ疲れたって顔してんじゃん、やっぱマホセンのこと引きずってんの?」

「……ミサトはさ、私のことどう思ってる?」


普段は絶対に訊かないようなことも、心の疲れが先行するあまり普通に口に出ていた。


「え、どうした急に?ヘラっちゃった?」

「いや何となく聞いてみただけ。」

「そりゃあミナミは頭良いしさ、尊敬できる友達だよ。」


そうか…やっぱりミサトもそう思って……


「けどさ、ミナミの本当に良いところって、真っ直ぐなところかなって思うんだよね。決心が固いというか、一度決めたらそこに向かって一直線に突き進んでいく感じ?そうなったら私でも止めれない気するもん。」


彼女の意外な言葉に私は気が揺らいだ。


「えっそんなに??なんかそれ聞いたら私って結構がめついのかなって思っちゃうんだけど。」

「何となくよ何となく。だけど、そんなミナミだから、どっかで落ち込みでもしたらとことん落ちちゃいそうな気もするんだよね。いつかそうなっちゃいそうで放っておけなくてさ。だからその時は私が力になれたらいいなとは思ってるよ。」

「……ミサト…」

「まあでも私、バカだからさ!呪文ろくに覚えられないから教えてもらったり、教科書忘れて見せてもらったりなんて何度もあったじゃん?小学生かっての!」


ミサトは一人ツッコミをかましたが、思った以上に私が真面目に聞いてるのを察し、少し当惑しながら続けた。


「ま、まあそんなこともあって、全然頼りにはならないかもしんないけどさ、こんな私でも出来ることがあったら、何でも良いから言いなよ。困った時はお互い様ってね!」


……そんな風に思ってたんだ。
確かにミサトは私にとって心の拠り所であった。どんなに嫌なことがあっても、彼女と話しているとすぐに忘れられた。成績上位者だからといって特別扱いすることは一切なく、常に分け隔てなく接してくれる。ミサトがいなかったら、私はどんな学校生活を送っていたのだろう。


「……ありがとう。」


私の素直な言葉にさらに戸惑ったのか、ミサトは急に手を頭に組み、少し足早に歩きだした。


「んあーもう!この話はおしまいっ!さ、ミナミに出された超極悪難問課題を何とかする方法考えなきゃね!」

「別に今日じゃなくたっていいよっ、えい!」


私はフェンスに積もっていた雪を丸めてミサトに投げた。


「あ!やったなこんにゃろ!ウチに雪合戦を挑むとはいい度胸してるわ!どりゃあ!」


ミサトは縁石に積もってた雪を、両手でブルドーザーみたいにかき集めて投げ返してきた。


「ひやあ冷たっ!ねえ首ん中に入ったんだけど!」

「自分が仕掛けてきたんでしょ笑 よし、そこの公園で一対一の真剣勝負だ!」



急な雪の日だったが故に手袋を着けてこなかった私たちは、お互い両手が真っ赤になるまで雪を投げ合った。久しぶりに身体を動かして息が切れるほど疲れた私たちは、しばらく公園のベンチで座って話していた。


「はぁ…まじ疲れた……もう動けない……」

「うん……これ明日くるやつだよ……」

「うちも絶対やばいわ……こんな寒い日に汗かくなんて思わなかったよ……」

「それな……でもありがとう…おかげでリフレッシュできた…」

「え…そう…?それなら良かった……」


ミサトは天を見上げたまま笑った。私もベンチに深く座りこんだまま動けないでいたが、それまでの心労は綺麗さっぱり無くなっていた。


「そろそろ行こっか、汗が冷えたら風邪引いちゃうし。」

「そ、そだね…」


しばらくして、少し息を整えてから再び家路についた。そしてまたさっきのように普通に話しながら歩いていた時のことだった。


「ねえ…今日はそこの裏道から帰らない…?寮までならそっちの方が早いからさ…」

「え?ああうん、いいよ。」


さっきの雪合戦で張り切りすぎたのだろうか?ミサトはまだ息が少し途切れていたが、特に気にかけもせず彼女に言われるがまま脇道へ入った。こっちは街灯がなく人通りも少ないため普段は回り道をしていたのだが、服や靴が濡れて一刻も早く家に帰りたかった私は、何のためらいもなく暗い小道を歩いていた。

物静かな道。地面に張った氷を踏み割る音がよく響く中、次の大通りまであと半分のところで、先を歩いていたミサトが喋り出す。


「ミナミ、私からも一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「え、いいよ?なになに?」


二人で並んで歩くのはギリできないくらいの隘路だったので、私はミサトの背中を見ながら返した。


「いや、やっぱなんでもない」

「なにそれ?めっちゃ気になるんだけど笑 ミサトの話だったら何でも聞くよ?」

「ほんと?」

「どうしたのらしくもない笑 "困った時はお互い様"でしょ?」

「…そうだよね。」

「さっき私の話聞いてくれたんだし、素直に言いなよ。」

「じゃあさ……」


ミサトは不意に立ち止まると、ほほえみを浮かべたままゆっくりと振り向き、私の目を見て言った。






「 い ま こ こ で 、

 し ん で も ら え な い か な ? 」






「……………え?」




ブシャアアアアアアァァァァァ!!


驚いたのも束の間、ミサトの背中から突如として黒い霧のようなものが吹きだし、それは雲のように集まって巨大な何かに形成されていった。黒いものを出しきると、ミサトは抜け殻のようになってその場に倒れこんでしまった。


「ミサト?ミサト!!」

「ヒャハハハハハ!やっと外の空気吸えるぜ!如何せん人間の身体ってのは窮屈だからよお!!」


甲高く耳に突き刺さるような声に思わず体が凍り付く。

恐る恐る声のする方へ目を向けると、そこには蛇のような目と、横に大きく裂けた口、そして光を全て吸い込んだような黒い体の魔物が宙に浮かんでいた。そのあまりにもおぞましい姿に私は身の毛がよだつ思いがしたが、その姿に見覚えがあることにすぐに気づいた。


「そんな目で見んなよ俺のことを、ずっとこの女に取り憑いてたのに気づかなかったのかおい?」


そうだ、教科書の挿絵で見たことがある。私の記憶が正しければ、これは間違いなく呪魔の成体だ!そう気づいたとき、この魔物から決して視線を外してはいけないという強い意志が電気のように体を駆け巡った。


「ふーんそうかぁ…そうやって自分に憑依されないようにしてるってことねえ?中々賢いんじゃねぇの嬢ちゃん?」

「ま、まさか……今までずっと…ミサトにとり憑いてたの?」

「いいや違うな。正しくはあの教室の生徒全員に寄生した。」

「全...員..?」

「そう、お前以外のな。ったく我ながら傑作だぜ!だって俺の姿が人間に見えないってんならさ、力のある魔法使いが居たところでとり憑き放題なワケじゃん?

あの教室はやたら魔力の高い生徒が密集してたから、授業中に誰かに乗り移って魔力を多めに奪うことなんて楽勝で出来んのよ。

とはいえ、取り憑いた奴の魔力を一気に吸い尽くしてそいつがぶっ倒れでもしたら流石にあのジジイも怪しむだろうし、そもそも幼体の間は吸収できる早さに限界がある。

てなわけで、寄生する相手は一授業一人と限定して、終わった後もそいつの魔力が半分になるまでゆっくりじわじわと力を奪っていき、次の授業んときに新しい奴にひょいと移り替えちゃえば?

ねwww単純でしょwwwすんげえ気の遠くなる作戦だったけど、目立った行動して殺されてった馬鹿共みたいにはなりたくねえからさあw おかげでこうして成体にもなれたし、寄生なんてみみっちい真似は卒業して、晴れて人間殺し放題よ!

んでおめえが最初のターゲット。見た感じ君が一番魔力持ってそうじゃん?この際だから魔力ごとかっさらってこうかなーってwww あ、なんならオプションでこの小娘も殺しといてやろうか?最後に二人仲良く天国へ行かせてあげるなんて、俺やさしいいいぃっ!」


だめだ...逃げなきゃ...でもそしたらミサトが…


「怯えてんのかよ。でも安心しな?痛いようにはしないから」


せめてミサトだけは、助けなきゃ!

私は杖を取り出して呪魔に向けた。


「......おいマジかよ...俺と戦うつもりか...?その折れた杖で。」


しまった!そういえば直すのを忘れてた
これじゃ防御魔法すら使えない...… ってやば!

動揺して思わず折れた杖に目が行ってしまい、
即座に視線を戻したが、遅かった。

「 ざ・ん・ね・ん 」

「んぐ......!!」


背後を取られてしまった。上手くしゃべれないし、身体も動かない。呪魔はそのまま私の身体に半分入り込み、耳元で囁いた。


「まずは君の魔力を一気に全部頂いて、完全に気を失ったところで安らかに殺してあげるからね?」

「...ゃ...め...」

だんだん意識が薄れ、視界がぼやけていく。
もう、助からない。


「それじゃあ無事に成体を迎えた記念を祝しまして…

い・た・だ・き・まーーーーーーーーす!!」


ああ、これは罰なんだ

ただ適当に進学して、

ただ知識だけを詰め込んで

自分に何が出来るかなんて考えたこともない

杖が折れてることさえ忘れ

こんな肝心な時に

大切な友達も助けられずに

何もできないまま死んでいく

なんて無様な最期だろう

成績優秀者が聞いて呆れる

わたしがここで死ねば

あんな風になっちゃいけないよって

きっとみんなのわるいお手本として

しょうらいにわたってかたりつがれるだろう

わたしみたいなひとは、あらわれないだろう

それでいいんだ

そのために、うまれてきたんだ

だからもう

このまま


ゥゥゥウウズドーンッッ!!!


...? いま、光のようなものがとんできて...

「あぢいいいいいいい!!
はっ、な、なんだこれ!!あぢいよおおおお!!!」

「うっ...ゲホッゲホ!!」


突然呪魔が顔を抑えながら悶え苦しみだし、
私の身体から飛び上がるように抜け出した。
私はその場でうずくまりながら光の来た方向に目を遣ると、暗い道の奥にうっすら人影のようなものが近づいてくるのが見えた。



ザッ…ザッ…


「だ、誰だ!」


足音は次第に大きくなる。


「それですべて上手くやったつもりか…?」


こ、この声は……


「誰なんだよてめえ!ぶち殺すぞ!!」


ザッ ザッ


「私を騙せると思ったか…?」


太く低い声、ぼんやり見える大きな人影
間違いない。あの人は……


「てめえ…まさか……!」







「まったく頭悪くないか呪魔ってのはなあ?」








後編に続く



※本作はフィクションであり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。

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