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■金髪ピアスの医学生が小児科医局の新人に


学生実習と言っても、臨床実習に出る前のCBT試験よりも前の模擬患者の実習。今は多様性の時代ということもあって、様々な風貌の医学生がいます。しかし、20年近く前ともなると、そうはいきません。だからこそ彼は異質でした。

5人のグループの中に金髪にピアス、金のぶっといネックレスにブレスレット、ピンクのアロハシャツに短パン。
研修医あがりの私が指導医として行く前から、そんな生徒がいるとは噂にも聞いていなかったので、驚きました。病院実習ではないので、誰も注意をしなかったのでしょうか。それとも医学生でもタバコを吸っている者は結構いるため、気にすることないのでしょうか。ですが、やはり私には少し引っかかってしまいます。

「君、金髪ピアスって、君のスタイルなの?」
「……」
「もちろん。病院実習に出るときには、ちゃんとするんだよね?」
「あー。分からないっす」
「そうか。分からないか。でも、その態度も人に教わる前の態度じゃないよな!」
「……」
とにかくトンがっていた私は、何とかねじ伏せてやろうか?ぐらいに思いましたが、ここは大人なんだからと、ぐっと怒りをこらえて粛々と実習をしました。

■噂話と何年たっても忘れられない金髪ピアスの研修医の存在


実習を終えて病院に戻った私は、すでに話題になっていました。

「あの金髪にピアスの学生を怒鳴りつけたんだって?」
「いえ、そんなことしていませんよ」
「俺は先生がぶん殴ったって聞いたぜ?」
「いえ、そんなことしていませんよ」
「先生が学生に飛び蹴りしたって聞いたぞ」
「いえ、そんなことしていませんよ」
「まだ病院実習でもないんだろ? 本当に先生……」
「……」

血気盛んな私が我慢したのに、どうもこうも噂というの……。しかし、翌日彼は黒髪にして私の元にやってきました。グループ5人全員で。
「昨日はすみませんでした」
そんなそこまでしなくていいのに……。と、内心思いましたが、毅然とした態度だけは貫きました。その後、彼はとくに目立った存在でもなく、医学生として実習で何度か指導しました。

それから3年の月日がたった頃、彼がふらっと私のいる小児科医局に入局してきました。入局説明会にも来ていなかったため、油断していたというのもあります。

気まずいなー。
なんだ? お礼参りにでも来ちゃったの?
とてもそんなことは、本人には聞けなかったので、教授に聞くしかありません。
「教授、彼なんで小児科に来たんですか?」
「んー。先生が怒鳴りつけた彼ね。自分で聞いてみなよ。君に責任あるんだから」
結局、他の研修医もいるところで聞きました。私が金髪ピアスを注意した後、グループできていた残りの4人そして同級生から散々注意されたそうです。
「いくら何でも先生の言うように教えてもらう態度じゃないよ」
「先生たちは忙しいんだから、よくないよ」
「もっと真剣に学んだ方がいい」
実際のところ、彼はもともと目立つ存在であったようです。グループでも、そんな風体で浮いていたのでしょう。私よりも同級生たちが、時間をかけて諭したのでした。

■人が変わる瞬間


人は変わる。周囲の人の言葉や環境によって人を変えることができますし、本人が変わることによって、また周囲の人や環境も変わります。そんな単純なことじゃないかも知れませんが、医学生の15%は留年を経験するといいますが、グループ5人は誰1人留年することなく、結束してみな優秀な成績で卒業したそうです。

彼は国家試験が終わっても専門科は決まらず、消去法ではありますが、恩を感じて私のいる小児科に来たそうです。ただ怒鳴られただけではなくて、何が悪いか言ってもらったのがよかったと言っていました。

「いい仲間がいてよかったね。彼らに育ててもらったんだよ」
「はい」
そう返事をする彼の目には、うっすら涙が見えました。
素直な医学生でよかった。素直な研修医は、学ぶ態度は私なんかよりもずっと優れていて、成長した彼はすぐに頼りになる後輩となったのでした。

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