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■とびっきりの美人の先輩


音もたてずに年を重ねて私も気づいたら50歳になりました。

4人の子どもを子育てすることになって、私の親の気持ちが少しずつ分かり始めた今日この頃。そして、この年になり、医学生の指導をするようになると、医学生時代に全否定していた教官の気持ちもわかってくるのかと言えば、本人の気持ちは本人に聞かなければ結局はわかりません。子育てのようにはいかないものです。

さて学生時代に、◎◎科にとても美人の先輩がいました。見かけただけでしたが、「とても美人」と言うのは言い過ぎではないほどの美人。でもその存在を知っている人は、なぜだか少ないのでした。
私:「◎◎科にとても美人の先生がいたよね?」
友人:「え? そうか?」
私:「いたよ。いたよ」
友人:「お前、なんか女医って職業に憧れすぎてんじゃない? そんな女医いなかったよ」
あれ?

しかし、私が4年生のときの県人会に先輩は出席していました。思い切って話しかけることに。
「先輩、私は4年生です。よろしくお願いします」
しかし、先輩は私をちらりとも見ずに立ち去ってしまいました。ガン無視です。
え?
まさか無視されるとは思っていなかったので驚きましたが、先輩に無視されたのだからどうしようもありません。追いかけて反応してもらうまで話しかけるなんてことはできません。ただ先輩は、気づいたら会の途中で帰っていました。

■反骨心の塊の私


それから4年生、5年生と病棟実習で何度かその美人の先輩にクルズスを受けました。正直なところ辻褄が合わない説明もあります。しかし、先輩のような美人が話していると、ついつい聞き惚れてしまうと言うか、納得させられてしまうのでした。

その場では納得しても、帰ってからあれ?と思うのです。これは男女関わらず。女性さえも見とれてしまうような美人なので、他の人たちも男女問わずそうだったでしょう。ただ先輩がそこにいると、凛とした立ち振る舞いにみんな緊張感に包まれてしまいます。実は先輩は、決して笑う姿を見せなかったのです。

しかし、私は以前にガン無視された経験もあり、つねにしかめっ面に見える先輩を、基本的に陰では全否定でした。
「あー。いーよな。美人だからって得してばっかじゃねーか」
みんながデレている先輩への評価に対しての反骨心しかありません。先輩には患者さんにも熱烈なファンが山ほどいるそうです。そして彼女の説明は、患者も医療従事者も医師もみんな反論することなく受諾ししてしまうそうです。ですが私は両親に、それはそれは厳しくしつけられていましたから、根が反骨心の塊です。陰で先輩に対して悪態ばかりついていました。

■人は話してみないとわからないもの


医師になってから、それとなく知ったのですが、先輩は金銭的に苦労して学生時代を過ごし、今もその奨学金の返済に追われているそうです。医学博士になるため大学院に進学し、無給のため、通常勤務に加えて昼間も夜もバイトに明け暮れ、さらに研究をしているそうでした。

地方私立医科大学では、たいていが医師もしくは裕福な家庭で生まれ育っていた中で、先輩は稀有な存在。むしろ先輩の方が反骨心の塊だったでしょう。それから15年ほどして、地元の神奈川県で偶然出会った先輩は相変わらずの美人。私は当時のことを懐かしく思い、話しかけました。

「そうよ。毎日毎日お金のことしか考えていなかったわ。奨学金って返済が始まったら地獄なのよ。親には医学部なんてやめて地元で公務員するのが一番だって言われていたし」
「周りが遊んでいる中、学生時代からずっとバイトばっか。大学→バイト→家→大学の無限ループだったのよ。ほんとどこでも影薄かった」
「留年なんてできないからさー。でも医学の勉強は楽しかったんだ。でも食生活もひどかったものよ。睡眠もあまりとれなかったし」

美人だからと言って胡坐をかいていたわけじゃなかったんだ。人の気持ちは話さないとわからない。私が上から目線で言うのもおこがましいですが、今では彼女のことを全否定どころか全肯定です。むしろストイックなことを知ったので、尊敬しています。先輩と一緒に勤務をしていれば怒られることもあれば褒められることもあります。でも先輩に褒められるとやる気が出るのでした。

賞賛の言葉をかけることで相手に自発的なやる気が出る心理現象を、心理学ではエンハンシング効果と言います。やっぱり人を育てるには怒るよりも、褒めることなのだなと先輩といると思います。そして私も、やっぱりなんだかんだ言って美人には弱いのでした。

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