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■もっとも厄介な運動会での再会


子どもの行事で厄介なのは運動会です。どこの親も出席しますから……と言うよりも、親なら出席すべき行事です。しかし問題なのは雨天順延です。

我が家には子どもが4人いますから、雨天順延で次週なんてことになりましたら大変。奥さんのご両親に声をかけなければいけませんし、職場では運動会の開催される土曜日、雨天順延のための日曜日、そして次週の土日と勤務調整してもらわなければなりません。私は小児科医なので、職場では「いいよいいよ」と休みは早目に出せばみんなOKしてくれるのですが、父親そして母親である小児科医は複数いるわけですから、勤務のしわ寄せが来てしまうわけです。

勤務を調整する医局長の尽力と個々の交渉が必要です。そして、あり得ないぐらい媚びへつらい、普段ならやりたくもない仕事を引き受け……そこまでして、ようやく子どもの運動会へとたどり着くのです。

そんなある年の子どもの運動会。
雨がぱらつき中断と再会を繰り返している秋の小学校の運動会でした。寒い寒いと毛布にくるまって、小学校の運動場でうたた寝していたところ・・。
「せんせい、せんせーい」と言う声に反応してしました。

「はい?」
「ちょっと。何寝ぼけているの? あんたが先生なんて呼ばれるの病院だけだから」
と奥さんに注意をされていると、向こうの柱の陰に同じように反応しているお父さんがいました。父親と父親そっくりの息子さんと娘さん。そして奥さんの4人家族。
「あー!」
すぐには気づきませんでしたが、私のかつての上司です。

■医局にいた時とは雰囲気が変わった上司


私立小学校の運動会ですから、これまでも先輩後輩同僚と会うことはあるのですが、久しぶりの上司の姿を見つけて声をあげてしまいました。医局にいたころとは、似ても似つかないフォルム。上司は教授が昔のツテから引き抜いてきた、他大学出身の素晴らしい頭脳の持ち主です。なんでも記憶し何でも分析できる細身の、都会出身・都会育ちの完璧な医師でした。泥臭く努力に努力を重ねて地方医科大学に滑り込んだ我々とは一線を画す、汗をかくことなど知らないようなシティボーイ。

その上司は結婚とともに医局を辞めて開業医となったのですが、今では昔の面影は少ししか残っていません。私など上司に憧れすぎて口調まで寄せすぎて、医局員に「真似しすぎだろ」と言われていたぐらいです。それがすっかりとふくよかになられて、髪の毛もすっかりと薄くなっていました。

私の視線に上司は気づいたのでしょう。
「いやー。奥さんのご飯がおいしくてさー」
上司からそんな言葉が出るとは思いませんでした。父親そっくりの息子さんからは、「お母さんのご飯じゃないじゃん。肉まんに、チョコアイス。いっつもゴロゴロしているし!」と言われ、上司の何だか分からない見栄は、簡単に息子さんに打ち崩されていました。

上司の家に遊びに行ったとき、医局の同僚に私が「さっきの発言、上司に失礼じゃなかったかな?」と確認しまくっていた光景を思い出します。そんな風に私が気を配っているのを知ってか知らずか、上司は私たち若手にたくさん食べさせようとピザやグラタンのデリバリーを頼みました。そして料理が並ぶと、全く手をつけず自分の部屋に……。若手の私たちは、上司がいなくなるや否や、ものすごい勢いで料理を食べた記憶があります。上司が傍にいると、若手が思う存分食べられない、ということを配慮していたのでしょう。当時は何で食べないんだろうと思っていましたが、今はその行動の意味が分かります。

■幸せな人生を奥様と歩んできた上司


昔はおしゃれだった上司は、どこのブランドか分からない、だぼだぼのジャージに身を包んでいます。ブランド物のジャージを着ている私よりも何だか「おじさん」でした。かつては私のことを、田舎者がブランド物着て背伸びしていると酷評したのとは大違いです。

私は挨拶をするために上司たちがいる場所に移動をし、和やかな時間を過ごしました。そして「君のお父さん凄いんだよ。すっごい頭よくって、僕の憧れの先生なんだよ」と言うと、息子さんと娘さんはうそだーと笑っていました。

たしかに運動会の昼休みにも、お弁当をがつがつ。昔はストイックで自分にも周りにも厳しかったのに、自分の子どもには怒りません。そして親子競技にヘロヘロな様子で参加し、今では私にまで笑顔で話しかけてくる。上司がうちの息子に、「君はお父さんに似て賢そうだね」という言葉を聞いた時、本当に驚きました。10年前なら考えられもしないことだからです。

「医局をやめてから楽しいんだ」
奥様はニコニコして私とは話すことは、ほとんどありませんでしたが、しっかりと目を見て話す方でした。私はいつも奥さまのように高身長の上司を見上げて、一言一句聞き漏らさないようにしていました。今の奥さまの姿はかつての私のようです。あの上司があれだけ楽しく過ごしている。凄くいい夫婦なんだと思いました。

ただ、上司が医局を辞めたとき、まだまだ教わりたかったのに、結婚するからとだけ言って辞められたのはショックでした。私は、上司がいずれ教授にまで上り詰める人だと思っていたからです。そんな上司から、「医局やめてから楽しいんだ」というセリフを聞けるとも思っても見ませんでした。

人はそう変わるものではありません。しかし、上司がこんなにも変わったということは、きっと家族の支えがあったからでしょう。医局にいた時に、上司が何を抱えていたのかを私は知ることができませんが、しっかりと人の目を見て話す奥様に助けられてきたのだろうということは予想がつきます。上司と奥様の姿を見て、本当にいい夫婦なんだなと思いました。

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