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■長らく務めていた病院を辞めた日


2020年4月、私は非常勤・常勤を含めると20年勤め上げた病院を辞めました。私の医師人生のうち、20年を支えてくれた患者さんもいれば同僚もいたので辞めたくない気持ちもありましたが、人間関係の悩みがあればどうしようもありません。辞めたい気持ちもあれば、辞めたくない気持ちもあったということです。

辞める前、私は自分の不安定な気持ちを誰かに聞いてほしいと思い、大学医局の教授にアポを取り、相談をしました。教授は嫌な顔一つせず、真正面から私と向き合い話を聞いてくれました。しかし、教授は最初から私の本当の気持ちを見抜いていたのでしょう。私が教授と20分ほど話をしていると、不安定だった気持ちにケリがつき、答えを導き出せたのですが、それに対して「そうか」とだけ言ったからです。その言葉はとても私の心に響いた一言でした。

金曜日の夜に教授と相談して、そのまま医局と診察室の私物をすべて持ち出し、翌日の土曜日の朝。事務長に辞表を出しました。

その瞬間、私はこれまでのことを思い出しました。
ずっと悩みながら働いていた職場。とくに、ここ3か月は、眠れませんでしたし、食事もまともに取れませんでしたし、食べられたとしても砂の味しかしない毎日。それが、この時評によって、全てが終わるのです。

20年働き続けた場所だからと固執をしていましたが、私の心の安定を考えれば、もっと早くにこうすればよかったのかもしれません。ですが、20年の重みが、そう簡単に行動には移せませんでした。

ぐるぐると回る思考。ですがもう、そんなことは考えなくていいのです。コロナ禍で非常勤勤務先もなくなっていたので、明日いや今日から仕事はありませんが……。

とりあえず家に帰ろう・・。
もう私は誰とも会いたくないのだ・・。

■怖い風体の3人に囲まれて


そう思っていたのに、なぜか足は通勤で使っていた車がある方向ではなく、商店街そして駅の商業施設へと向いていました。しかし、こんな状態で、家に向けて車を運転しなくてよかったのかもしれません。ボーっとしていたので、この状態で運転をしていたら事故っていた可能性があるからです。

ぼんやりしながら商店街を歩いていると、商店街のいろんな店が目に入ってきます。ああ八百屋だ。八百屋では、野菜を買って、ナースステーションの冷蔵庫に入れたりもしていたな。野菜が安いって奥さんも私も喜んでいたな。あそこには本屋があったのに、潰れたんだよな。
よく通っていた商店街なので、辞表を出した日も、商店街の人たちに「先生、今日病院は?」と声をかけられてしまいます。人情溢れる商店街。みんなの笑顔が心にしみました。

久しぶりに気持ちが晴れたように感じました。ですが、この商店街は事業を出した病院から近い場所にあるので、あまり長居をしたくはありません。私は駅の方に向かい、さらにその向こう側にある商業施設に行くことにしました。その商業施設は、関東では人が集まることで有名な場所です。ただこれまで興味がなかったので、一度も行ったことがありませんでした。

「あぁ。こんな有名な店があるんだ」
「あっTVでも有名な店だ」
初めて来た商業施設。色々な店があることがとても新鮮で、つい声が漏れてしまいます。もう来ることはないのですが、勤めている間に家族と一緒に来ればよかったなと思いました。すると、目の前から来た男性3人が私の前で止まって睨みつけてきます。
「ちょっといいかな?」
若い2人と初老の人。目つきの鋭さが尋常ではないので、私は直観でチンピラとその筋の人だと思いました。

ヤバいのに絡まれた…と思いましたが、後の祭りです。3人に囲まれているので、逃げ出すことはできません。
「こういう者だ」
よく、TVで警察手帳を堂々とかざすシーンがありますが、あんなにゆっくりではありません。身分証にもなっているので見られたくないのでしょう。さっとポッケからだし、一瞬見せるという早業を3人が行いました。
「これって職務質問・・?」
「まぁまぁお兄さん何していたのかな?」
「カバンの中見せてくれるかな?」
と話しながら私の服を上からまさぐっていきます。
「これ何かな?」
やばい。私はインスリンを持ち歩いているので、それかなと思いましたが、カバンから取り出したのはミサンガです。患者さんの子どもが作ってくれたのを机の中に入れっぱなしになっていたので、病院を出る時に鞄に入れたものでした。
「ミサンガです……」
「本当?なんかヤバいもんじゃないの? だいたいミサンガっていつの時代だよ」
「まぁまぁ」
「なんだこの懐中電灯は?」
「仕事の道具です」
「か弱い女性が懐中電灯持っていても罪にならないけれども。お兄さんが持っていると武器とみなされることもあるんだぞ」
「まぁまぁ」
若い2人のうち1人が厳しく、もう1人がなだめるというコントのような職務質問でした。そして初老の、その筋の人に見える警察官がつぶやきました。
「なんだ。先生。あそこの病院の小児科の先生じゃないか」
どうやら、私のことを知っていたようです。しかし改めて自分の行動を振り返ると、ぶつぶつつぶやきながら店をのぞき込んでは立ち止まるということを繰り返していた男性。そりゃああやしいですよね。私も、彼らが声をかけてきた理由に納得できました。

■自分の本当の気持ちに気付いたとき


「先生、病院で見たことあるけどどうしたの? フラフラじゃねえか。医者の不養生か?」
「あの病院辞めたんですよ」
「えー。長かったのに。残念だな。でも早く帰った方がいいぜ。そんなザマじゃあんた医者には見えねえよ」

そう言われて、私は彼らから解放されました。
医者には見えないという言葉は、意外と私の心に突き刺さります。病院を辞めた私。次の職場が決まっていない私は、医師免許を持っているだけで医者ではありません。それなのに、見た目も医者ではないのなら、私はいったい何なのでしょうか?

職場を辞めて、改めて自分の価値を考えた時に、自分には何もないのだと思いました。そして以外にも自分が、「医師」というものに絶対的な価値を持っているということにも気づかされました。価値がないと思っていれば、医者に見えないと言われただけで傷つきませんし、医師じゃない今の自分に対しても、こんな感情を抱かないはずだからです。

私はこの後、しばらく負の感情に飲み込まれ自宅に引きこもることになるのですが、「医師」としての私をすくい上げてくれる友人の手によって、現在もまた「医師」をしています。あの職場を辞めたことで、私は改めて自分の本当の気持ちに気付かされました。ただ、もう二度とあんな思いはしたくありませんし、他の方法でちゃんと自分と向き合っていきたいと思っています。

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