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爆裂愛物語 第十七話 地獄を越える想い

 希望の光……そんなモノがあるのだろうか? 世界が滅んだ後、絶望の中……地下の閉ざされた世界に閉じこもった人々は、言いようもない澱んだ空気の中で暮らしていた。
「ウラぁお前ら!! 勝手しくさってっと放射能まみれの外に追い出すぞ!!!!」
 宮さんの怒号はそんな地下空間でもよく響く。彼はそうやってなんとか澱んだ空気を振り払い、皆をまとめようと必死なのだ。叱咤激励に押されるように皆はギリギリの中を生活していた。朝六時に起床し、食事の支度をし……大食堂で数百人規模で食事を摂る……朝食後も仕事は沢山あり、畑作業をしたり、建物内掃除をしたりと忙しい日々だ。
「今日の夕食はちょっと豪華にしましょう。ひと月の終わりだからちょっぴり贅沢するんです。お疲れ様って。じゃないとまいっちゃいますもんね」
 エプロン姿の静香は手際良く調理器具を準備していく……包丁捌きも慣れたものだ……静香は次々と材料を切っていき、フライパンに油を引いて熱していく……。美味しそうな匂いが立ち込める中、周りの調理班にもテキパキと指示を飛ばしていた。
「静香ちゃん! お米炊けたよ!」
「ありがとう! じゃあ次はサラダの準備をお願いします」
「わかったー」
 一方、ダンと咲夜はアマノイワト中の機器や装置、部品などの整備・管理・点検を行っていた。作業服姿の二人がチェックシートとタブレットを片手に、何人かの人間を引き連れ、万が一の時に備えて徹底した点検をしていた。ダンと咲夜は持ち前の優秀さと勤勉さで皆に信頼されつつあった。機械油と汗の染みついたツナギの作業服姿は彼らにとっての勲章だった。巨大な施設内には沢山の設備があり、それを一つ一つ確認しながら作業をすることは決して容易いことではない。過酷な労働でもあった……それでも懸命に仕事をこなすうちに彼らの技術は上達していった。たくさんの工具を使いこなし、高度な知識を身につけ、新しいことも積極的に学んだ。そうして徐々に自信をつけていったのだ。
 園さんは農場や家畜小屋で野菜作りや家畜の世話を指示しつつ作業にあたっていた。元々身体を動かす事が好きということもあり、彼の動きは軽快だった。畑仕事に関しても熱心に取り組み、自ら進んで土を耕したり、種を植えたり、草取りをしたりと精力的に動いていた。最初はあまり上手くいかなかった農業も次第にコツを掴み始め、収穫も増えていった。牛の乳搾りや鶏の世話も楽しくなったようだ。毎日食べる新鮮な食材をつくる喜びもあった。今では率先して農作業をしたり、作業を分担するようにもなったのである。最近では釣り堀の開発にも力を入れていた。農業や畜産以外に、新たに漁業も始めようと言うのだ。
 宮さんは全体の管理をしつつ、生産プラントや加工工場、食糧庫の管理を行っていた。彼は基本的に現場で指揮を取ることが多いので、実際に動くことは滅多になかった。代わりに現場監督のような役割をこなし、全体を把握しつつ、各班に適切な指示を出すという重要な役割を担っていた。そのリーダーシップは流石で、細かな部分まで眼が届く上、緊張感を皆に与るように指導していた。挙句皆からのあだ名は『鬼教官』と呼ばれるようになったほどだった……本人はまんざらでもない様子だったけれど……。
 並さんは……アイと夏凛と共にアマノイワトでも中心部になる巨大管理室で全体の管理をしていた。そこには無数のモニターやPCが並び、膨大な量の情報がリアルタイムで更新されて表示されていく……まるでサイバーパンクの世界のようだ……。そんな光景の中でアイと夏凛は、脅威の演算力と解析力でアマノイワト全体のシステムの安定化を図るのだった。彼女達がいなかったらとっくに破綻していてもおかしくないだろう……それほど彼女たちの力には信頼があったのだ……。並さんは持ち前の高い構築能力でアマノイワト全体のリーダーとなり、巨大管理室からアマノイワト全体の状況を把握しつつ、各部署に的確な指示を送っていた。最初こそうまくまとまらなかったが、なんとかこの数ヵ月で秩序が築かれていった。今やここは一つの共同体となりつつあるのだ。皆で力を合わせて、生き抜いていくための場所と。だが……
「お疲れ様です、並さん」
「うむ」
 宮さんがコーヒーを両手に管理室に入って来た。
「これよかったら」
「ああ、すまんな」
 並さんは宮さんからコーヒーを受け取ると、口に含んだ。甘党の並さんには丁度よい甘さだ……
「旨いな、宮の淹れるコーヒーは」
「あざます」
 そう言うと並さんは煙草を取り出す。
「吸うか?」
「はい。頂きます」
 二人は煙草に火を付けると静かに煙を吐きだした。薄暗い空間に煙がゆらりと舞う……。
「とりあえず秩序は出来上がって来たな」
 並さんはふぅっと息を吐いた。
「プラントの方も順調です。ただ……」
 宮さんは煙草の煙をふっ……と吐くと、少し間を置いた
「……問題が?」
「ええ、怠ける奴やだらける奴が日に日に目立ちますね」
「うむ……」
「力で抑えつけてるんすけど。やっぱ不安があるみたいっすよ」
 宮さんはチラッとあるモニターを見た……そこにはアマノイワトの外の景色が映し出されている。死と放射能に汚染された世界。荒廃した大地。死の灰に覆われた空。荒涼とした風景だ……。救世主の影も形も見えない地平線。惑星全体が滅んでしまったような印象さえ与える……そんな終末的な光景が広がっていた……。
「限られた食料に、ゆーて閉鎖的な地下。ストレスもたまりますし、なんよりホンマに第三次世界大戦が起きてもうたんですからね。当然っちゃ当然でしょうけど……」
 確かにそうかもしれない……狭い地下の空間に閉ざされて、すぐ外には死と放射能の脅威が待ち受けているのだから……ひっそりとだが、不安と恐怖が渦を巻きはじめているのは事実だった。誰もが口にはしないが、肌で感じ取っていた……いつ来るかわからない死に怯えながら暮らすことに……
「いつか予期せぬカタチで爆発しなけばよいが」
 並さんの言葉が重く響く……。

 一方その頃、凪は静香と共に食事の支度をしていた……。
「……ふぅ……ようやくできたね……今日は疲れたよ……」
 そう言って台所から出てきた凪の顔には疲れが見えた。
「そうだね……大変だったね……でも美味しいと思うよ? きっと喜ぶよ……」
 そう言って静香はおにぎりを持ってきた。
「はい、軽く食べましょう」
 凪はそれを受け取ると頬張った……塩加減もよく、ちょうどいい味だった……
「……はぁ~美味しい~」
 凪は大きくため息をつくと、椅子にもたれかかった……
「寮の時と違ってたくさんいるから大変だよね」
「でもあの時より台所大きいし、調理器機も増えたから大分楽!よね?」
「ふふ……凪ちゃん大分元気になったね」
「え?」
「我路とお別れしたバカリの時は心配だったけど、今じゃすっかり元気にしてるじゃない?」
 静香は凪の顔を覗き込むように見た
「そ、そうかな? えへへ……嬉しいなぁ……」
「あ! ほら、また照れちゃって!」
 静香はそう言うと凪の頭を優しく撫でた
「うにゃ!? ちょ、ちょっとやめてよぉ~!」
 凪は照れ笑いしながらバタバタと手を振り回した。
「ふふっ! あははっ! もう凪ちゃんってばぁ~」
 静香もおかしそうに笑った。

 それからしばらくして……ようやく落ち着いてくると、二人はおにぎりを食べ始めた。凪はモグモグと咀嚼しながらも静香を見た……
「そう言えば……」
 凪は前から思っていたことを口にした。
「静香ちゃん、なんで我路の見送りに来なかったの?」
 そう聞かれると静香は、
「あ~」
 と言い、おにぎりをひと口頬張った。
「私は、たぶん、違うから」
「え?」
 そう答えた静香の横顔は、不思議な微笑を湛えていた。
「凪ちゃん。私、元々オナニーしてる動画無理矢理撮られて家出したって言ったじゃん?」
「うん……。それで我路にdmして連れ出してもらったんだよね?」
「そう、バイクの後ろに乗せてもらってね。海に連れて行ってくれた。そこでテントを張って、ひと晩一緒に寝た」
「……」
「今だから言うけどね、凪ちゃん。全く何にもなかったワケじゃないんだ」
「え?」
 凪は思わず聞き返した。
「一緒にいて正直楽しかった。星が見える海辺で、波の音が聴こえて、海の臭いもして……あの人と一緒にいると安心できた。黙って横にいてくれているだけなんだけど、大人の人がいてくれるだけで違ったし、彼は不思議な包容力があって、頼もしく見えた」
「そうなんだ……」
「でも……私、彼が好きだったのか、それとも誰かにいてほしかっただけなのかは分かんない……」
 静香はそう言っておにぎりを食べ終えると、ポツリと呟いた……
「ただ私は……彼の温もりを感じていたかったのかもしれない……」
 そう言って見上げる彼女の瞳はどこか切なく見えた……
「それから……二人で、テントで寝たって言ったじゃん?」
「……うん」
「実はね……あの日さ、寝れなかった我路が、ふと立ち上がって、私のことジッと見てたんだ」
「え⁉」
「ジーっと見てた。なんかすごく考え込むみたいに。でも……私も実は起きてたんだ。気づいていたのかどうかは分からないけど」
「……」
「正直に言うね。私、あの時、我路が私のこと、襲ってきたとしても、それはそれで良かった気がしてた。それは、動画晒されたから自暴自棄、とかじゃなくて……」
 凪はゴクリと唾を飲み込んで言葉の続きを待った……
「……自分でもよく分からないよ、何でそう思ったのかなんて……でも……」
「……」
「……あの人は手を出さなかった。ただジッと見てた。私のこと……」
「……」
「それで、何もしないまま寝袋に戻って……お互い背中を向けたまま朝まで寝たんだ。不思議な気持ちだった……変な意味じゃなくて、すごく落ち着いた気持ちになれたというか……」
 そこまで言うと、静香は間をおいて、少し寂しそうに笑った。
「私は凪ちゃんが来てくれて良かったと思う」
 “良かった”それは、どういう意味なのだろうか? 男と女に分かれた魂がいて、傷つけ合い、かばい逢い、憎み合い、愛し逢い、求め逢う。すれ違いを繰り返しながら出逢いと別れを繰り返し、やがて大人になる……
「でも……」
 凪は、
「でも私は、静香ちゃんも、いてくれて、良かったと、思う」
 顔を上げ、静香の顔を正面から見つめた。彼女はいつもの真顔ではなく、哀しげに微笑んでいた。
「……私はそう思えたから……それでいいんだと思うんだ……」
 彼女は黙って聞いているだけだったが、内心ではひどく動揺していた。すると静香は、
「“お友達”、ですもんね」
「え?」
「私たち」
 そう言ってニコっと咲った。おしとやかに、静かに、けれど、優しく。凪にとっては初めて見る表情だった。今まで見たこともない静香の笑顔に見とれてしまう。そして、それと同時に彼女が見せた安堵の表情に心が救われた気がしたのだった……
「……ふふ」
 “ありがとう”そんな感謝の気持ちを伝えるように、凪は彼女の頭をポンポンとする……笑顔を見せて。すると静香も安心したのか、微笑みを浮かべて微笑んだ。すると突然……

 ウゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「⁉」
 赤いサイレンが、響き渡る……
「なに?」
 凪が思わず尋ねると……
「え!? わからない……けど……なんか……」
 凪と静香は、急いで部屋を出ると……
「!?」
 そこには……暴徒と化した住民たちが集まっていた! メチャクチャだ……メチャクチャに……今までの秩序と日常が崩壊していく……彼等は秩序を破壊し、日常を略奪していく。ずっと渦巻いていた恐怖や不安が、堰を切ったように溢れ出し始めていた……もう止まらないだろう……。
「なんやこれは!?」
 並さんや園さん、ダンや咲夜、アイと夏凛も慌てて様子を見に来るも……炎が立ち昇り、あちこちから悲鳴が聞こえたかと思うと……暴徒たちが暴れている……! 辺りは阿鼻叫喚に包まれた! 泣き叫ぶ声……怒声……罵声……狂気…………地獄絵図だった……。
「人間の性質……ですね」
 アイは無表情の横顔に炎の輝きを映し出しながら淡々と呟いた……
「狭い場所で見知らぬ人間といると不信を抱く。たとえ協力した方が良いと判っていたとしても。人間の愚かさです」
 彼女の棒読みのように単調な口調には、何の感情も含まれていなかったが、その言葉が余計に痛烈に響いたのだった……

 炎が燃えていく。暴徒たちが暴れまわる。人々は叫び、走り、逃げ惑うしかなかった……そして、そんな光景を見た静香もパニック状態になっていた……
「え!? え!?」
 凪はそんな彼女の手をしっかり握り、
「落ち着いて! 大丈夫、私がいるから……!」
 そう言って励ました。
「ウラぁお前ら!! なにしとんのやボケ!!!!」
 宮さんを筆頭に屈強な男たちが止めに入る! だが……
「うるせぇ!! もう限界なんだよ!!」
「てめえらみたいな偽善者の説教なんざ聞いてられるか!!」
「こんなアナグラみてぇなとこもううんざりだ!! オレたちは外に出る!!」
 暴徒たちはそんなことを叫びながら暴れまわっている……
「アホか!! お前ら外出たら死んでまうねんで!!」
 宮さんが暴徒たちを怒鳴りつけるも……
「どうせここで生きてても死ぬんだろ!? だったら外に出た方がマシなんだよ!!」
「そやそや!! こんなとこにずっといたら病気なるわ!! お前らだってそうだろ? こんなところにずっといて楽しいのかよ? なぁ?」
 暴徒の一人がそう言うと、他の男たちも次々と叫び始める。
「そうだよ! オレらも連れてってくれよ!!」
「ここにいてもいいことなんかなんもねぇよ!! 頼むから連れてってくれよ!!」
 暴徒たちが喚き散らす……宮さんは彼らの前に立ちふさがり、
「あかん!! 今お前らを外に出したらそれこそ無駄死にやないか!! ええ加減にせぇ!!」
 怒鳴って威嚇するが、暴徒たちの耳にはまるで届いておらず、もはや手遅れだった……宮さんの説得も虚しく、暴徒たちは押し寄せてきていた……!! 困惑する一同……そこに……
「みなさん!!」
「!?」
 凪が……信じられない言葉を吐いたのだ……。
(こ……こいつが……!?)
 その瞬間、宮さんたちの表情は凍りついた……皆の顔に緊張が走る……
「……」
 誰もが彼女を見た。そして沈黙する……それは、誰も口を開かないほどの衝撃だったのだ。だがしかし……ただ一人、
「行ってきなさい」
「!」
 パパだ。凪のパパだけが違った。彼は真剣なまなざしのまま、力強く言った……すると凪の表情が明るくなり、満面の笑みを見せた。その笑顔には曇りがなく、輝いていた……そんな姿に静香をはじめ、その場にいた全員の表情も綻んでいた……沈黙の暴徒たちの前に少女が立つ。緊張感と熱気が充満したこの空間を前に、凪は一瞬怯むも、すぐに毅然とした態度を取り戻した。そしてゆっくりと息を吸い込むと、覚悟を決めた表情で暴徒たちを見据えたのだった……凪の脳裏に浮かんだのは、かつての光景……ひとりぼっちで過ごしたあの日々の記憶……それが彼女の心に重くのしかかり、体を縛り付けようとするも、凪はそれを振り払うように一歩を踏み出した。
(大丈夫……怖くない!)
 心の中で自分に言い聞かせながら、凪は暴徒たちの前へと進んでいく……ジッとこちらを睨む暴徒たち……そんな彼らの姿を見て凪は思う……きっと彼らは今までの暮らしに疑問を感じていたのではないだろうか?……もしかしたら彼らなりに苦しんでいるのかもしれない……だけど、
「!」
 上の服を脱ぎ始めたのだ。
「な……!?」
 凪の行動に誰もが驚くのも束の間……彼女は上半身裸になった。

 白い肌に華奢な体つき、小さな乳房に桃色の乳首、そして……傷痕が露わになった。
「……!!」
 男たちは目を見開き、息を吞んだ。少女の胸の傷痕……それは決して消えない傷痕だった……
「……ッ!」
少女の顔にグッと力が入る……そして泣き出しそうな顔になりながらも、精一杯の気持ちを込めて叫んだ……
「みなさん! 私は昔! レイプされました! 胸に傷を憑けられました!」
「!?」
「この傷は……洗っても、消えません!」
「……」
「私は……私は、ほんとは怖いです! とてもとても怖いです! こんな密室で、たくさんの人と一緒にいて、
 心臓がどきどきします! 泣きそうにもなります! 叫び出しそうにもなります!
 でも……でも私は! みなさんを信じます!」
「!」
「だから……だからみなさんも、私を信じてください! 私たちを信じてください! 我路を……」
 凪は涙を零しながらも……それでも、
「我路を信じてください!!!!」
 それでも、凪の心は乱れなかった……強い決意を込めた瞳で、真っ直ぐに訴えたのだ……その必死な姿に心を打たれた人々もいたのだろう……少しずつではあるがざわめきが起き始めていた……そして凪は……膝から崩れ落ちてしまった。
「凪ちゃん!」
 静香が心配そうにそう呼びかけ、寄り添うと……サッと、服を肩からかけてあげた。
「大丈夫?」
「静香ちゃん……ごめんね」
「ううん……よくがんばったね」
 そう言って、二人が抱き逢った。すると……
「⁉」
 なんという事だろう。暴徒たちが落ち着き、それぞれの持ち場に帰っていったではないか! 暴動が、終わったのだ!! 一体なぜ……? そんなことを考える前に、凪たちは安堵の涙を流しながら喜び逢ったのだった……。
「凪が、人間の性質を、越えた……ひとつにした」
 アイはそう呟いた。すると隣で……
「想いや、想いの力や」
「!」
 宮さんが驚き、眼を見開くようにして言った。
「人は最後の最後は気持で動くんや」
 そしてニコリと微笑んだ……。その笑みは全てを包み込むような穏やかなものだった。が、その瞬間!?
「!?」
 
 アマノイワト全体に大きな揺れが起こった! 地面が上下に揺れるほどの激しい衝撃だ!
「な、なんやこれ!」
「うおおおお!?」
 人々は驚愕し慌てふためく!
「落ち着け! 地震だ! 慌てず騒がず、落ち着いて対処しろ!!」
 並さんがそう言い、パニックに陥った人々を落ち着かせるように指示を飛ばす!さすがは大日本翼賛会会長だ!! 並さんはテキパキと指示を出して状況を把握しようとしている! やがて混乱していた人々が落ちついてきて、冷静さを取り戻していく……。すると!
「!?」
 並さんは管理室のモニターを見た。そこには、
「おぉ……」
 富士山が火柱をあげている……
「富士山が……」 
 まるで地獄の門が開いたようだ……
「この国の象徴が」
 巨大な火山灰が、降り注いでいる……
「……まさに、この国の終わり、か」
 並さんが眼を細め、微かに寂しそうな表情を見せたような気がした……そんな時だ!
「!?」
 再び、揺れたのだ……
 ドドーン!! 今度は更に激しく、大きな揺れだった……それと同時に……
 ゴオオオォォォ!! 今まで聞いたことのない、何かが燃えているような音……それが、かすかに聞こえた気がしたのだ……
「何や?」
「地震の揺れとはちがう、何か燃えるような音が……」
「これは……」
 宮さんと並さんがハッとする! すると、
「!?」
 夏凛が、
「大変です!」
 デスクから飛び上がって叫んだ。
「電力システムが! 今の揺れでショート! 大変危険な状況です!」
「なに!?」
 並さんがそう言うと共に、夏凛がモニターを電力システムのある部屋に切り替える。すると、電力システムは赤く光っていた……それは今なお不安定であることを表していた。そして次の瞬間! ガシャーン!!!!!! 突然、轟音とともに凄まじい衝撃が襲う!
「キャアアアァァ!!」
「うわああああぁぁ!!!」
 悲鳴をあげて逃げ惑う人々!
「落ち着け!! 慌てんやない!!」
 宮さんがそう叫びながら指示を飛ばし、スタッフたちが必死に動き回って対応していく……そしてそんな中、夏凛がパソコンを操作する!
「……ッ、今にも爆発しそうな状況です」
「まずいな……」
 並さんがグッと眉をひそめた。あのいつも冷静で、眉ひとつ変えない並さんが。
「電力システムが爆発すれば、アマノイワトは終わりだ!」
 並さんが怒鳴るように言った。その声色には怒りが含まれているのがわかる。それほどまでに緊急事態なのだということがわかる。並さんは続ける……
「ダンと咲夜を呼べ! 今すぐだ!」
「もう来てますよ」
「!?」
 ハッと後ろを振り向くと、そこには……ツナギの作業服に、ありったけの工具を持った、ダンの姿があった。
「オレが今から修理に向かう」
 彼は頭に取りつけたヘッドライトのスイッチを入れた。
「ダン! 無茶よ!」
「!」
 そんな彼に咲夜が駆け寄り、こう言った。
「あたしが手伝うよ」
「駄目だ!」
 しかし彼はそれを拒む!
「危険だ! もう時間がないんだ! 」
 だが咲夜は首を横に振る。そして強い意志を感じる瞳で彼を見つめ、
「お願いだよ! あたしも役にたちたいんだよ! だから手伝わせてくれよ!」
「……」
 彼女は必死になって懇願するが、それでも頑なに拒否する……。
「よく聞け、オレはどのみち寿命がそうない。永遠学園の施術でそうなったんだ。だから、こういう汚れ仕事は、オレこそがするべきなんだ」
 それでも咲夜は首を横に振った! ダンは涙ぐむ彼女の瞳を見つめ、言った……
「……お前はここにいろ」
 冷たく突き放すような言い方だった……
「オレも……我路を見習わなきゃな。いま、ここで」
 そして……キスを……した……。
「……ん……」
「……!」
 もしかしたら最期かもしれない……そんな、悲痛の口づけだった……二人はひとしきりお互いを求めあい……やがて唇を離したときには……二人の間には唾液でできた透明な橋ができあがっていた……
「行ってくるよ、咲夜。だから待っていてくれ」
「……はい」
 そして彼は走っていった……そんな後ろ姿を見つめて、彼女はこう呟いた……
「あなたを待っているわ……」
 彼の後ろ姿に、迷いはなかった。それと同じように……彼女の瞳にも、迷いはない。

 ダンは走り抜けた。電力システムのある区画へ向かって。やがて梯子を上り、配線を眼で追いながら辿るように進んでいく……薄暗いモノクロームの景色の中で、彼は黙々と走り続け……。扉を開いた! そこは!
「⁉」
 すでに炎の海になっていた……まるで地獄のように!
「クソッ! 消火だ!」
 そう言うと彼は炎に映えるパイプを辿り、電力システム用非常用消火冷却装置を探す! そして発見するとすぐにそこへ急いだ!
「あったぞ!!」
 彼がそこに辿り着くと、すぐさま非常用消火冷却装置のハンドルを握る!
「頼むぜ……」
 そして力一杯回しだす!!
「動けっ!! 動けよっ!!!」
 だがしかし……!! ズガアアアアアアアアアアアァァァァンン!!!!!!!…………!!!!!!!!!!!!
「……ッ!!」
 爆風とともに吹き飛ばされるダン! 空中で受け身を取り、そのまま着地した……
「……」
 ダンはゆっくりと立ち上がると……背後を振り返った……そこには……真赤なシステムエラーを告げる配電盤と、千切れた無数のコードがあった。
「これが原因か……こいつのせいで自動消火システムが動かねぇ……ってワケだ」
 グッと歯を喰いしばるダン! 迷わず炎をかき分け、配電盤へと走り出す!
「あつ!」
 炎に身を焼かれながら、配電盤の前へやってきた! そして手を伸ばす……! 七つ道具を手に、
「……できるだけ早く、でも、正確に」
 千切れた無数のコードを素早く正確に繋ぎ合わせていく。同時に……配電盤の中のシステムも正確に点検していくのだ。
「クソっ……揺れの影響で配電盤までメチャクチャじゃねぇか!」
 ダンは正確な手つきで作業を進めていく……炎に身を焼かれながら、
「……あちい!」
 炎が彼の全身を焼く! だがそれでも作業をやめない! 必死に汗を流し、血を流しながら……火花を散らしながら……作業を続ける! その時……我路の後ろ姿が脳裏によぎった……いつも気がついたら後ろ姿バカリだ。あの大きな背バカリだ……気がついたらいつも独りで突っ走っていた。そしてその背を……護ろうと追いかけ続けた……いや、そうじゃない、護らなければならないのだ……
「あいつの還る場所を護るんだ! 還ったら何もなかった、なんてさせねぇ!!!!」
 だから今……ここで諦めてはならない!! 絶対に! 死んでも!! 生きなければ!!! そう決意した時、彼の手は止まった……最後の配線を終えたのだ!
「やった……あとは……」
 そう言って安堵した瞬間! ゴオオォォォォンンンンン!!!! 耳を劈くような轟音とともに巨大な爆炎が立ち昇った! 同時に……凄まじい衝撃波が彼を襲う! 一瞬で意識を刈り取られ、身体が浮き上がるような感覚に襲われながら、彼は吹き飛び、意識を失ったのだった。その瞬間! 自動消火システムが復帰した!火の手が弱まった!! 消火冷却が始まった!! 部屋を消火液が覆う。電子機器にダメージを与えない消火液だ! 次々に火は消えていき、煙が晴れてゆく……

 数十分後……咲夜率いる整備班がやってきた。
「……」
 火柱のように燃え盛っていた炎が消え、真っ黒焦げになった部屋に一同は驚愕する!
「マジであの火の手の中整備したんかよ……」
 驚きつつも一同は修理に入る……もしあの時、火の手を止められずに爆発していたら……こんな風に修理する事もできず、アマノイワトの電力は吹き飛んでいただろう……それを思うとゾッとした……
「……」
 咲夜は、黒コゲの配電や基盤、消火液の跡が散乱する床を歩いていく。ゆっくりと、冷静に、でも……不安と心配を隠せない足取りで、
「!?」
 やがて見つけた……配電盤の下に横たわる……黒コゲのツナギに、ススと血と汗にまみれた……男の姿を……
「……」
 涙がポタポタと零れた……心が壊れそうなほど悲しかった……涙が溢れて止まらなかった……同時に、夢を、思い出した……小学生の自分の息子が、泣き疲れた顔で自分に言ってくる……

“大人になる意味なんて、あるの?”

「儚さが息子と重なった、なんて……言わなきゃよかった……」
 咲夜はダンの手を握る。その手には……最後まで工具が握りしめられていた。その手を両手で包むように握っている。彼女の頬にはまだ涙の跡が残っていた……すると、
「!?」
 ゆっくりと、本当に、ゆっくりと……まるで死んだかのように寝ていた男の、手が……握り返してきた。
「ただいま」
 こちらを見て微笑むのだ……。
「おかえり……」
 咲夜は泣きながら微笑んだ。それから一時間ほどして整備が終わった。電源を入れると、正常に稼働しだしたようだ。異常な電圧がかかっていたためかまだ少し煙を出しているが問題はないだろう……。ああ……電力が、甦る。アマノイワトの日常に、灯が灯る。人々の表情に、安心の笑顔が浮かぶのだった……。

 その頃……我路とハンスは荒野を歩く。黙々と歩く姿はまさに無口で静かな巨人のような佇まいだった……ボロボロの布切れを全身に巻き付け、流木の杖をつき、二人とも顔は土埃と泥まみれだが不思議と汚い印象はない……むしろ美しいくらいだ……二人が無言で歩いて行く姿はなんとも不思議な光景だった……まるで、この世の終わりにふたりぼっちになったかのような錯覚すら憶える……。ハンスは歩きながらずっと空を見ていた……時折り立ち止まっては見上げるその様はどこか物悲しく見える……
 我路が足を止めた……その視線を追うと……そこには赤い夕陽があった……それは沈みかけ、空は朱色に染まっていた……地平線の向こうへと落ちていく光は今にも消えてしまいそうだった……それでも、美しく輝いていた……思わず見惚れてしまうほどに美しかった……真赤な夕陽が我路をシルエットに染める。その時、不意に風が吹いた。砂埃をまき散らすそよ風に、我路の髪が舞い上がる……その瞬間、髪の隙間から覗いたその瞳には、なにか儚げなものがあった気がした……。
「凪」
 その言葉はシンプルだけど温かくて優しかった。我路の瞳に夕陽がうつる。真赤な夕陽が……まるで燃えているようだ……その炎は激しく、そして綺麗だった……夕陽が沈んでいく。真赤に、儚く、されど力強く、その心を支えるのだった。

最終回につづく

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“大人たちに翻弄された子供達の物語” Twitterで出逢った少女との想い出をモチーフに描いた超大作恋愛小説 あの日自殺するハズだった彼…

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