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【超短編小説21】無限のオーガスト

マモルは本を読むのを止め、静かに走るオーガストの窓から産業廃棄物の森を眺めた。

◇◆◇◆◇◆◇

K市には、人工の島が存在している。K市の北にある山を削ってできた土砂を、南の海岸の沖に運んで埋め立てて造られた島だ。

その人工の島〈テクノアイランド〉は、科学技術系企業のビルや高層マンションが建ち並び、K市の繁栄を象徴する島だった。

また、市の中心部とテクノアイランドを結ぶ高度自動運転旅客輸送交通(Automated Guideway Smart Transport)は、通称〈オーガスト〉と呼ばれ、多くの人びとを乗せて走っていた。

しかし時が経ち、テクノアイランドから撤退する企業が相次ぎ、いつの間にか働く人間も住む人間もいなくなった。

テクノアイランドは現在、産業廃棄物処理施設と膨大な量の産業廃棄物があるのみで、K市の衰退を象徴する島となり、トラッシュアイランド(Trash Island)=ゴミの島、またはアッシュアイランド(Ash Island)=灰の島と呼ばれるようになった。

オーガストは存在意義を失った。人間のいない島を走る理由はない。ところがオーガストは現在も走り続けている。

オーガストは産業廃棄物を処理する際に発生するエネルギーの一部を動力源として走るように改修されていた。なぜそのようなことをする必要があったのか、今となっては説明できる人間はいない。

人間が産業廃棄物を産み出し続ける限りオーガストは走り続ける。

◇◆◇◆◇◆◇

マモルはオーガストに乗るのが好きだ。

冷房の効いた車両は、本を読むのにうってつけの場所だ。休みの日になると、朝から夕方まで本を読みながら、アッシュアイランド(トラッシュアイランド)をぐるぐると何周もする。

「何を読んでるの?」

突然の声に驚いて、窓の外を眺めていたマモルは向かいの座席を振り向く。そこには一人の少女が座っていた。いつからいたのだろう?本を読むのに夢中で気がつかなかった。

マモルは少女に本の表紙を見せる。

「『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹ね」
少女はそう言うと窓の外に目を向けた。

「トラッシュアイランドとかアッシュアイランドじゃなくて、ハードボイルド・ワンダーランドって呼べばいいのに。そう思わない?」
「なるほど。いいね。魅力的な島に思える」
「でしょ」
「でも、世界は終わらない」
「そうね、世界は終わらない。ゴミは増え続けるし、オーガストは走り続ける」

少女はカバンから文庫本を取り出す。

「君は何を読むの?」
「ねえ、そっちに座っていい?」
「いいよ」

少女がマモルの右側に座り、文庫本の表紙を見せる。

「『ダンス・ダンス・ダンス』君も村上春樹が好きなの?」
「うん、好き。特に好きなのはね…」

二人は好きな小説について語り合う。
オーガストは走り続ける。

(おわり)

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